28話 「ポーラーの決意」

 同日、時刻は正午を回ったところだった。

 ポーラーは同志からの電話を待っていた。

 そして電話を受け取り、その報告を聞く。

 報告によると、ミナミカイ港にエンドールがやってきて占拠したとのことだった。

 港は、蜂の巣をつついたような混乱ぶりだということだった。

 部下から、その報告を聞くポーラーの口元が歪むと同時に、目つきが鋭くなる。

「ついに来たか……。この混乱している時期を逃してはならない! おまえたち当然、覚悟と準備はできているな!」

「もちろんです!」

 ポーラーの言葉に、その場に集まっていたクルツニーデの職員全員が声をそろえる。

「遺跡を破壊した、フォールの馬鹿どもに対する鉄槌はいつでも」

 ポーラーの部下たちの目つきも、どこかヤバげで攻撃色に満ちていた。

 部下たちもポーラー同様、長くティチュウジョ遺跡の調査に従事していたので、遺跡への思い入れがポーラー同様半端ない人たちだったのだ。


 復讐に燃える彼らのその後ろで、レンロが密かにニヤニヤしている。

「やはり景気づけに効くわね、これは」

 レンロは怪しい薬を持っていた。

 小瓶に入れられたその顆粒の薬は、ニカ研が開発した興奮剤のようなものだった。

 鎮静剤と偽り、先日ポーラーたちに渡したのと同じ興奮剤だった。

 レンロは誰からも許可を取らず、食事にその興奮剤を勝手に混ぜ込んでいたのだ。

 薬を過剰摂取させられたクルツニーデの職員たちは、目を血走らせて銃器を手にしている。

 怒りで正気を失っている、ポーラーとクルツニーデの職員たち。

 今、彼らの頭の中には、ティチュウジョ遺跡に対して狼藉を働いたものに対する復讐心しかなかった。


 しかし今回ターゲットにされた人物は、まったくのとばっちりなのだが……。


 銃を手にしたポーラーたちが、用意された船舶に乗り込む。

「カーナーは、わたし自身の手で引導を渡す。それ以外の人間は、貴様らが皆殺しにしろ!」

 ポーラーが作戦と呼ぶにはあまりにも直接的な、号令を声高に叫ぶ。

「グニーク! おまえはカーナーのご立派な屋敷をすべて灰にしろ!」

 ポーラーにいわれ、コクリとうなずくグニークという大柄な男。


 レンロはこのグニークの存在に、一番注目していた。

 クルツニーデが持つという、独自の強化人間。

 通称エルディオンと呼ばれる、異能の力エルディを持つ戦士だった。

 その存在はクルツニーデでは極秘扱いされ、その生成方法も謎に包まれているのだ。

 レンロの秘められた使命の中に、この謎に包まれたエルディの力の調査も含まれていた。

 レンロ自身は興奮剤を服用していないのに、今回ひどく興奮していた。

 シルヴァベヒールの中で、クルツニーデの秘密に一番肉薄しているのが自分だからだった。

 シルヴァベヒール内で密かに競い合っている、クルツニーデの秘密を暴くというミッション。

 クルツニーデの内部にガッチリ入り込んでいるレンロが、誰よりも一番核心に近づいていたりするのだ。


 やけくそ気味な復讐に燃えるポーラーたちを乗せた船が、狭い運河を突き進む。

 街はエンドールに今まさに占拠されようとしているのだが、まだ平穏な空気を保っていたミナミカイの市民たちは、日常と変わらず過ごしているようだった。

 そんな平穏な市民を見て、レンロはガッカリした気分が強かった。

 クウィンのような泥沼の殺し合いが展開されると期待していたのに、サイギン、キタカイ、そしてミナミカイまでもが、ほぼ無血で戦闘が終了したのだ。

 当初考えていた、凄惨さがまるで感じられない今回の戦争に、失望すらしていたのだ。

 グランティル全土を巻き込んだ大戦を期待していたのに、まったく血の流れない戦争に、レンロは退屈でうんざりしていた。


 しかし、事態は急展開を迎える。

 ポーラーたちが怒りで我を忘れ、遺跡攻撃への報復行動を“ 誘導する ”こともなく、率先して取りだしたのだ。

 直接的な殺しがゲームを盛り上げる!

 考えもしなかった展開に、レンロは含み笑いが止まらなかったのだ。

「レンロくん、こんなわたしを愚かだと笑うか?」

 いきなりポーラーが話しかけてきたので、レンロは表情を締める。

 冷笑していたのがバレたのかと一瞬焦ったが、どうやらそれは勘違いだったようだった。

 内心レンロはほっとする。

 騒乱の最前線にいながら、レンロはことが露見することをひどく恐れるといった、小心者の一面も持っていたのだ。


「激情にとらわれ、恐ろしい報復に向かうわたしに幻滅したかね……」

 ポーラーが、レンロの細い腰に腕を回してくる。

 ポーラーの行為にいっさい抗うこともなく、されるがままのレンロが彼に向けてほほえむ。

「あなたの決められた選択ですわ。わたしはそれに従うまでですわ」

「そういってもらえると、わたしも救われるよ……」

 ポーラーの腕は、レンロにもわかるほどガクガクと震えていたりした。

 これから起こすであろう凶行に、本人も恐怖を感じているようだったが、レンロは内心笑っていた。


「ポーラーさま! そろそろ目的の館に着きます。準備は万全でしょうか?」

 船を操作している職員が、大声で尋ねてくる。

「もちろんだ! もはや迷いなどあるものか! ティチュウジョの恨み、必ずや晴らしてみせるぞ!」

 震えていたポーラーがレンロから離れ、銃を持ち檄を飛ばす。

 そう宣言することで、自分自身を高ぶらせているようだ。

 これからやることに怯えながらも、相反して興奮しているポーラーの目は、爛々と輝いていた。

 目的の建物がどんどん近づいてくる。

 ミナミカイ市長の大きな邸宅がそこにあった。

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