29話 「眠る死霊」
同時刻、リアンたちはカーナー邸の地下室にまた来ていた。
展示されている調度品が、相も変わらずおどろおどろしい空気を演出している。
うれしそうにアモスは鍵束を、指にはめてチャラチャラ回していた。
「倉庫って場所に何があるか見学よ。あたしのおかげで見れるのよ。感謝なさい」
アモスがヨーベルとミアリーに、恩着せがましくいいはなつ。
うれしさから、ヨーベルとミアリーがニコニコしている。
「お目付役がいないが、本当にいいのかな? 俺たちいちおう、信頼されているんだろうな。この信頼を裏切るような愚行は、アモス勘弁してくれよ」
バークがアモスに対して話しかける。
「大丈夫よ! ほんとしつこいわね。何遍同じこといえば気が済むのよ」
アモスがうんざりしたようにいう。
アモスがカギを、おどろおどろしい扉の鍵穴に突き刺す。
ガチャリと、解錠された音が地下室全体に響き渡る。
その音を聞いて、リアンは思わず唾を飲み込む。
「お宝部屋さん、こんにちはっと!」
きしむ音を響かせながら、アモスが倉庫の扉を開ける。
開けた瞬間、何かの薬品の臭いが漂ってくる。
「嫌な臭いだな、人体に悪影響のある薬品じゃないだろうな」
アートンが鼻をつまみながら、開いた部屋を眺める。
部屋には燭台がいくつかあり、そこにアモスが火を点けていく。
真っ暗だった部屋に、明かりがほのかに灯る。
「やっぱり調度品が多いわね。さて、珍しいものはないかしら?」
アモスが周囲を見渡して、気になるお宝を探す。
「原型を留めていないのが多いですね。だから表に陳列されずに、この部屋にしまわれてたんでしょうね」
リアンが、近くの調度品の側まで歩く。
リアンの指差した調度品は、半分が崩れ原型を留めていなかった。
「壊れた調度品とはいえ、ハーネロ期のものには違いないから保管してるんだろうな」
バークも壊れた調度品を確認しながら、それらに少し触れてみたりする。
「ここにあるのは、ほとんど半壊しているのばっかりじゃないか。あんまり面白いものでもないんじゃないか?」
アートンが調度品の壊れた箇所を手でさする。
「奥に面白いのがあるに、ワンチャンです!」
ヨーベルが部屋の奥に向かって走っていく。
「走ると危ないぞ」バークが声をかける。
「大丈夫です~」
バークの注意を無視し、ライターを灯りにしてヨーベルが走る。
それを追いかけるミアリーの顔は、とてもうれしそうだった。
「まったく、しょうがないなぁ……」
バークとアートンが顔を見合わせて、ため息をつく。
「こっちに甲冑がありますよ。でも表に陳列されていたのとは違って、こっちのはボロボロですね。やっぱり原型を留めているものが、ほとんどないですね」
リアンが、部屋の東側に置かれていた甲冑を見つける。
「ほんとうだな。ボロボロじゃないか。剣も刃こぼれしまくってるな」
アートンが、朽ち果てた剣や甲冑を眺める。
「これもエーリックの装備品なのかな? あれ? こいつはなんか違う感じだな」
バークが置かれていた甲冑の中に、少し毛色の違うものを発見した。
その鎧と兜には、深緑の縁取りのようなフレームが装飾されているのだ。
兜はまるで、フルフェイスのヘルメットのようだった。
他の甲冑とは違うタイプの鎧に思えたバークが、それを少し触ってみる。
すると……。
ガチャン! と音を立てて兜が地面に落ちる。
驚くバークとアートン。
「すまない! あれだけ注意していた俺がやっちまった。申し訳ない!」
バークが声を上げて謝る。
アモスがニヤニヤと笑いながら、無言でバークに指を差している。
ばつが悪そうにバークが苦笑する。
「みなさ~ん!」
ヨーベルの呼ぶ声が聞こえる。
「こっちに、すごいものがありますよ!」
ヨーベルの声が部屋に響き渡る。
ヨーベルが、部屋の奥で見つけた樽を指差していた。
「なんだ? この樽は?」
アートンがその樽に近づく。
樽はワインを貯蔵するようなタイプの樽ではなく、見たことのない円柱型をしていて、横ではなく縦に立てられるように数個並べて置かれていた。
その側面に、かすかに文字が書かれているが、ほとんどかすれて判読不能だった。
「この中を見てください~」
ヨーベルがそういい、円柱の上にある蓋を開けて中を見せてくる。
興奮気味のヨーベルは鼻息が荒い。
隣にいるミアリーも、うれしそうな顔をしていた。
「何があるっていうんだ?」
バークが樽の中をのぞき込む。
樽の上部はガラス張りになっていて、中が見れるような作りになっていた。
ガラスが拭き取られた跡がある。
おそらく、ヨーベルが拭きとったのだろう。
ヨーベルは服の袖を真っ黒にして、期待を込めた目でバークとアートンを見ている。
「うわっ! なんだこれは!」
バークとアートンが、ふたりして口を押さえて驚く。
「何があったんですか?」
リアンも興味深そうに、樽の中をのぞいてみる。
「ひゃっ!」
リアンが小さな悲鳴を上げる。
樽の中には、ミイラのようなひからびた人型の物体が押し込められていたのだ。
「人が入っている!」
リアンが驚いて声を上げる。
「見てください。ここに書いてあります」
ミアリーが別の樽を指差す。
「死霊の軍団、ここに眠るってあります」
ヨーベルが目を輝かせながら、樽に書いてある文字を読む。
その挙動は、興奮を隠し通せないといった感じで、胸にある壊れた懐中時計をいじくり回していた。
「これは……、ミイラってヤツ?」
リアンがおそるおそる、樽の中の人型を見ながらいう。
「確か、死霊を操るテンバールがいたっけな……」
バークが、思いだしたようにつぶやく。
「テンバールのひとり、死霊医師ケニールですね! すごいです! これってケニールが操っていた死霊さんですよ!」
ヨーベルが興奮してその場で飛び跳ねる。
隣にいるミアリーも、やはり同じように興奮している。
トゥーライザに登場するテンバールのひとりに、死霊医師ケニールと呼ばれていた幹部がいたのだ。
彼はその能力で、死体を自分の意のままに動かせたという。
彼の操る不死の部隊は、ハーネロ期の人々にとって驚異そのものだったのだ。
四肢を切断しても動き、頭を完全に破壊しないと、その動きを止めなかったという。
「わたしは、そのテンバールさんを知らなかったのですが、そんなすごい人がいたんですね! 死体を意のままに操るなんて、反則級の能力ですね」
ミアリーが興奮気味に話す。
「本当にケニールの操っていた死霊なの? 普通に人の死体を押し込んだだけじゃないの?」
アモスが胡散臭そうに、樽の中の死体を見つめる。
「けっこうな数があるな……。ちょうど十体あるのか」
バークが、そこにある樽の数を数える。
「この死霊も表に陳列したらいいのに、なんでここに放置してるのかしらね。ケニールの操っていた死霊っていうなら、けっこうな見世物じゃない」
アモスの言葉に、うなずいているヨーベル。
「死霊とはいえ、いちおう元人間なんだろ。見世物にするのははばかられたんじゃないか?」
アートンが、軽くオールズに祈る仕草をする。
「確かハーネロが滅んだ後、操られていた死霊たちは、主を失ってからは動かなくなったんですよね?」
リアンが、ハーネロ戦役のストーリーを思いだす。
「戦後その死体は、焼却処分されたっていう話しを聞いたことがあるな。オールズ教会が、哀れな死霊を弔う意味で焼き払ったらしいよ」
バークがそんなことを思いだす。
「なんで、ここに残ってるのよ?」アモスがバークに訊く。
「そんなのわからないよ。焼却処分を免れたのも中にはあるんだろ、それがここのじゃないのか?」
バークも中に入っている、死霊だったらしい死体をチラリとのぞき込む。
「しかし、死霊を操るって能力、エーリックと被ってないか? なんで同じような能力を持つテンバールが、同じ組織にふたりもいるんだろうな?」
アートンが素朴な疑問を口にする。
アートンのいう通り、魔剣士エーリックも自ら殺めた人を、自在に操る能力を有していたのだ。
確かに同じような能力が、被ることになっていたのだ。
「そんなこと、ハーネロに訊きなさいよ。あたしらが、わかるわけないじゃないの」
アモスがつまらなさそうにいう。
「なんであれ、こうして残っているのは奇跡ね。いい見世物になるじゃない、しまっておくなんてもったいないわね」
アモスが樽をバンとたたく。
「おい、樽が壊れたらどうするんだよ。乱暴な扱いはやめとけって!」
慌ててアートンがアモスにいう。
「何びびってるのよ。樽が壊れて中からこいつが蘇るとでも思ってるの? それはそれで面白い展開かもしれないけどさ」
「ちょっと期待してしまいます。名作とされるホラー小説に、そういった物語があったような気がします。蘇った死霊は、なんと人間の脳みそを欲しがるんですよ」
アモスの言葉のあとに、ヨーベルがまた妙なことをいってくる。
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