30話 「カーナー邸襲撃事件」

 執事のギアスンが、裏口をノックする音を聞き、そちらに向かう。

 裏口から来客があるなんてはじめてのことだったのだが、とりあえずギアスンは客人を迎えに向かう。

「どちらさまでしょうか?」

 ギアスンがそういいながら、ドアを開ける。

 開いたドアの先には、数人の黒スーツを着た男たちがいた。

 ギアスンがギョッとする。

 自分に銃を向けた男の姿が、目の前にあった。


 パスパスッと、サイレンサーから発射される銃撃の音が響く。

 ギアスンがその場に倒れ込む。

 胸から血を流し、動かなくなる。

 その上を、黒いスーツの男たちが通り過ぎる。

 男たちは銃を取りだすと、次々に屋敷の中になだれ込む。

「なんだ! おまえたちは!」

 屋敷にもうひとりいた若い執事が、乱入者を見て声を荒げる。

 しかし、この執事も容赦なく射殺されてしまう。

 胸に銃撃を受けて、後ろに吹き飛ぶ若い執事。


 ポーラーたち侵入者一味が大広間にやってくる。

 ジェドルンとカーナーが、料理人と会話をしていたところだった。

「な、なんだね、きみたちは……」

 カーナーが侵入者たちを見て絶句する。

「あ、あなたは、ポーラー博士……?」

 カーナーのグラサン越しの瞳が、侵入者の中に見知った顔を見つける。

「カーナー市長。貴殿にはわたしの怒りは、到底理解できないだろう。何もいわず、この場で死になさい」

 そういってポーラーが、サイレンサーつきの銃でカーナー市長へ発砲する。

 カーナーは体中に銃撃を受けて、後ろに倒れ込む。

 カーナーが血溜まりに沈む。


「だ、旦那さま……」

 ジェドルンがカーナー市長の死を、まるで他人事のように眺めている。

 そのジェドルンも、侵入者の銃撃を受ける。

 その場に倒れ込むジェドルンは、頭から血溜まりを作って倒れ込む。

 逃げ出した料理人も、同様に容赦なく射殺されてしまう。

 ポーラーは放心したような表情で、カーナーの死体を見下ろす。

 自分で殺したのだが、ポーラーにはまったく現実味がない。

 ゴーという轟音で、ポーラーが我に返る。

 見ると部下のグニークの口から、炎が吹きでていた。


「よ、よし、グニーク。この建物を焼き尽くせ!」

 ポーラーにそういわれたグニークは、口から火炎放射を放つ。

 それと同時にグニークの黒いスーツが破れる。

 グニークの身体が、一瞬で膨張する。

 その皮膚は硬い岩のような質感だった。

 あっという間に、グニークは岩石の鎧をまとったようなバケモノの姿になる。

 グニークは三メートル超に巨大化すると、口からさらなる火炎を放射する。

 炎が屋敷のあちこちに燃え移る。

 屋敷が一瞬にして火の海になる。


 その様子を、レンロがうっとりした表情で眺めていた。

「フフフ……。けっこう良くできた、おもちゃじゃない……」

 レンロがグニークを見てほくそ笑むと、燃え上がる屋敷をゆっくりと歩く。

 レンロは炎上していない方面に歩くと、奥のほうを眺める。

 改装工事をしようとしているような、現場が目につく。

 ポーラーたちはグニークの炎に注目していて、レンロの動きに気づいていないようだった。

 レンロは、改装工事をするであろう一室のドアを開ける。

 すると。

「うわっ! 驚いた! どちら様ですかい?」

 その部屋にいたのは、改装業者のバーリーだった。

 手にファイルを持ち、現場のチェックをしていたようだった。


「うぐっ!」

 しかし、突然バーリーが胸を押さえて苦しみだす。

 そのままバーリーは地面に倒れると、口から血を流す。

 地面に伏したバーリーは、ピクピクと身体を震わせる。

「驚いたのこっちですわ、急に出てくるのが悪いのよ」

 レンロが薄ら笑いを浮かべながらいう。

 地面に倒れるバーリーを、足で軽く小突く。

「改装中だったのね。お仕事ご苦労様。あなたなかなか運が悪いわね」

 何事もなかったかのように、レンロがドアを締める。

 殺戮が行われた広間を見ると、もう辺り一面が炎上していた。

 レンロは、悪鬼のように炎を吐きだしているグニークの姿を眺める。

「なかなか絵になるじゃない。エルディオン、悪くないわ……」

 炎の中で聳え立つ、異形と化したグニークの姿を見て、レンロは口角を歪める。


「何をしているんだ、レンロくん! 脱出するぞ! 早くこっちに!」

 ポーラーがレンロを手招きしている。

 強襲作戦は成功した。

 あとはバレないように、急いで帰路につくのが残された目的だ。

 ポーラーたちは、入ってきた裏口に向けて走る。

 そのあとを、炎を避けながらレンロが追いかける。

「グニーク! 元に戻れ! その格好のまま帰るわけにはいかない!」

 ポーラーが焦ったようにグニークに叫ぶ。

 グニークはその巨体を、元の人間の姿に戻す。

 服が完全に破れたグニークは、生まれたままの姿だった。

 ポーラーの部下が、近くにあったカーテンを引きちぎりグニークに渡す。

 グニークはカーテンを身にまとって、慌てたように脱出する。

 勢いよくやってきたまでは良かったが、ことが終わった瞬間焦りだすポーラーの表情は、恐怖と緊張で固まっていた。


「今、街はエンドールの来襲で混乱している。逃げるのも容易だろう! 走れ! 早くしろ!」

 希望的観測でものをいい、一番後ろを歩くグニークを、ポーラーが必死に手招きする。

 襲撃者が逃げだしたカーナーの屋敷は、今や完全に炎に包まれていた。

 燃えた柱が倒壊し、地面に倒れているカーナーと、執事のジェドルンの身体を炎が飲み込む。

 屋敷に放たれた炎は風に煽られ、西館のほうにも延焼する。

 炎上する屋敷をバックに、ポーラーたちが船舶に乗ってその場から逃走する。

「ティチュウジョの借りは返したぞ。残るはレニエだ! しかし、レニエの襲撃は難易度が高い! だが、なんとしてでも確実に息の根を止めるぞ」

 ポーラーが、血走った目をしながらそう怒鳴る。

 しかし目撃者がいないか不安で、鳥のように首を動かし、ポーラーは視線をキョロキョロさせる。

 ポーラーは、まだレニエが殺されてしまったことを、知り得ていなかった。

 復讐者として血を滾らせるポーラーは、興奮気味に肩で大きく息をしていた。


 ゴトリと、カーナー市長の屋敷が崩れる音がする

 燃え上がる屋敷を背景に、ポーラーたちを載せた船はその場を離れていく。

 火災を見つけた野次馬の姿が船から見えるが、彼らは船で逃げるポーラーたちを、特に気に留めていないようだった。

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