19話 「反エンドール集会」 後編

エンドールの裏方さんたちのお話しになります。

特に、ヒュードという人物は今後も登場してくるので、記憶に留めていただけるとありがたいです。


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 公園の集会場付近にある路地裏に、労働者風の男たちが十数人集まっていた。

 屈強そうな男が階段に腰掛け、まとめられたファイルを眺めている。

 部下らしき男が、追加のファイルを渡し耳打ちしてくる。

 労働者の容姿こそしているが全員の姿勢は良く、どこか整然とした印象を与える、アンバランスな集団だった。


 その様子を一歩離れた先で、ラフな格好をした中年の男たち三人が見ている。

 労働者風の連中同様、この三人の男たちもやけに姿勢が良く、微動たりともせず起立している。

 三人の中のリーダー格は派手な柄のシャツを着て、一番目立っていた。

 ファイルを読み込んでいた、この集団の柄シャツの男が、路地裏にやってきた男の存在に気がつく。


 それに他の連中も気がつき、一瞬投げかけた、殺気を込めた視線をすぐに消す。

 やってきた男は、反エンドールのたすきにダサい愛国鉢巻を着用した、デモ隊の参加者のようだった。

 この男先程まで公園内に残り、フォール警察とデモの打ち合わせをしていた男で、リアンたちににらみを利かせていたのと同一人物だった。

 そのデモ隊の男が、座ってファイルを読む屈強な男の前に立つと、すぐさま敬礼をする。

「ヒュードさま、わざわざご足労です!」

 狭い路地裏に、デモ隊の男の丁寧な言葉が響く。

 その瞬間、ヒュードと呼ばれた男がため息をする。

 そして、おもむろに懐からタバコを出してくる。


「……任務中ですよ。現状を理解なさい。なんのためにこんな惨めな衣装で、我々が集まっていると思っているんですか」

 呆れたようにヒュードにそういわれ、デモ隊の男がハッとする。

 すぐさま敬礼を解き、出されたタバコを一本取る。

 ヒュードが隣に座れとジェスチャーし、デモ隊の男が黙って座る。

 ヒュードは、デモ隊の男のタバコに火を点ける。

「……報告を」

 ヒュードにいわれ、とりあえず一服するデモ隊の男。

 それに合わせて他の連中も周囲を警戒しつつ、また記事を読んだりメモ帳を眺めだす。


「今回の集まりは、予想通りといった感じです」

 男はヒュードに、ヒソヒソと報告を開始する。

「前日告知にも関わらず、あの人数が集まりました。我らの統治を、大人しく受け入れているとはいえ、潜在的な反発心はやはり強いのでしょう」

「うむ、ここの猿たちは、元気があって大変よろしい。この近辺が移民ではなく、長くから住み続けている、地元民というのも大きいのでしょうね」

 自分の予想が当たったことに対して、ニヤニヤするヒュード。

「今後もこの調子で、予定地域であらゆる手法を使い、扇動していくのです……。この工作は、今後も統治後の街での通常業務と思ってください。その陣頭指揮は、今後もあなた方にお任せしますよ」

 ヒュードにいわれ、うれしそうな顔を一瞬見せるデモ隊の男。

 すぐさま真顔になると「かしこまりました」と小さくつぶやく。


「では、戻りなさい」

 ヒュードにいわれデモ隊の男は立ち上がると、タバコをくわえたまま、振り返りもせず立ち去っていく。

 その男の背中が消えるまで待ち、ここでラフな格好の三人の男のひとりがはじめて口を開く。

 年齢は四十代半ばで、丸坊主に派手な柄シャツを着た、ひと目で堅気とは思えないチンピラ風だが、姿勢の良さがとにかく不釣り合いだった。

「なるほど、だいたい理解しました。あなた方のやりたいことが……」

「それは意外なお言葉です。もっと否定的な御意見をいただけるかと、ビクビクしていたんですけどね」

 そういって、わざとらしくクククとヒュードが笑う。

 その反応に微動すらせず、見た目だけチンピラ風の男は軽く流す。


「まあ、本心はうかがい知れませんが……。ではこの計画の補足のようなもの、お話ししてもいいですか?」

「是非……」

 口調まで丁寧で、容姿に似合わないチンピラ風の男がヒュードにいう。

 ヒュードは、納得したようにうなずくと話しだす。

「フォールの民衆は、特に北部の民衆は、祖国に対しての愛国心はほぼ皆無です。それは、この国が発展してきた理由に、大きく関係しているからです。愛国心のなさについては、マイルトロンも同様ですが。フォールとでは、その性質が違います」

 黙って聞いている、三人のラフな格好の男たち。


「王族や貴族から、長い間奴隷のごとく虐げられつづけていたマイルトロンの民衆たち。マイルトロンが支配者への憎悪を源にした、愛国心という概念のなさだとすれば。フォールの民衆は、無関心から来るそれでしょう……。たいていの市民が、フォールという国家に無関心なのは、“ 閣下 ”もご存知の通りでしょうが。この国の無関心の正体は、国民の大部分が、移民により占められているからです。特にこのサイギンは、フォールの中でも、もっとも移民率の高い街」

 ヒュードはフォール王国という国家の、特殊な国民事情を語る。



 フォールという国は、このヒュードがいう通り移民が多い国家だった。

 しかもフォール王国は、建国されてまだ七十年ほどの新興国家なのだ。

 これは約八十年前に起きた、「ハーネロ戦役」という大事件に起因することでもあった。

 突如現れ、自らを破壊神と名乗る「ハーネロ」という正体不明の存在が、おぞましいバケモノの軍団を率い、現フォール領土の国土を荒らし回ったのだ。

 そのため多くの人々が虐殺され大地は腐り、当時のフォール王国領部分に存在していたいくつもの国家、自治領は滅ぼされたのだ。

 しかし、エンドール王国の英雄アーレハイリーン率いる討伐軍により、「ハーネロ神国」は崩壊するにいたる。


 そのアーレハイリーンの腹心として軍を率いていた将軍が、フォール王国を建国したのだ。

 初代国王ブロブ・フォールは荒廃した国土の回復のため、生き残った人々を束ね、フォール王国として奇跡の復興を果たしたのだ。

 初代フォール王は復興計画の一端として、積極的な移民政策を行ったのだ。

 こうして、フォール王国は多民族国家として、異例の復興を遂げて現在にいたるのだ。

 そんなかつては盟友として同盟国だったエンドールが、今回こうしてフォールを滅ぼそうと侵攻してきたのは歴史の皮肉だろう。

 ちなみに開戦にいたる経緯については、本編が進めば自然と判明するので、今回はフォールの勃興についてのみ、焦点を当てて説明するに留めておくことに。



「いくら移民が多く、愛国心も少ないとはいえ、中には例外がいます。今回見ていただいた、彼らのようにね……」

 ヒュードのドヤ顔の説明だが、そんなのは三人のチンピラ風の男たちも、わかりきっていることだった。

「彼ら」の顔を立てる感じで好きにやらせていたのだが、ゴチャゴチャやっているところを一度近くで視察したいと思い、今回合流させてもらったのだ。

 ヒュードはまるで黒幕気取りの表情で、特に新鮮味のない持論をまだ継続させる。

「潜在的な脅威を浮かび上がらせ、端的にいえばガス抜きをさせるわけです。そういった工作……。あなたがたから見れば、小細工かもしれませんが」

 ヒュードは、胡散臭げにクククと笑う。


 まるで自分に酔っているようだな、と思ったチンピラ風の男だが、当然口にはしないし表情にも出さない。

 彼らの好きにさせろというのは上層部の判断で決定している事柄なので、いまさらどうすることもできないのが現状なのだ。

「ですが、そういった策も必要になってくるわけですよ。フォールという国を、これから統治する前段階としてね。ですから軍部の皆さんは、戦闘にだけ集中しておいて下さい。我々内務省のやり方に、疑問を持たれるのも理解できますが、政は我々の領分です。お互いなるべく干渉せずに、この覇道を成功させようではありませんか」

 ヒュードという男は、自らを内務省の人間といった。

 そしてチンピラ風の三人の男は、エンドール軍の軍人だった。


 ヒュードは挑発的な表情でさらにいう。

「軍部の中でも、我々に賛同してくれている人物も多いのですよ。その辺り、よくよく御理解していただけると、ありがたいものです。今後のことを考えて、“ 閣下 ”も、お仲間とよく話し合っておいてください。一枚岩の組織などあり得ないのは理解できますが、地平に乱を起こすようなことは、エンドールという国家にとって、マイナスにしかならないのですからね」

 ヒュードの目が光り、閣下と呼ぶエンドール軍人に不敵な笑みを投げかける。

「わたしは、一介の武人にすぎませんよ。与えられた職務を全力で果たすのみ、それ以外望みません……。今回の見学は単に興味本位です。まあいちおう軍議では、有りのまま報告させてもらいますが」

 チンピラ風のエンドール軍人が、ヒュードの挑発的な言葉に反応せずにサラリといってのける。


「まあ、“ 司令官代理閣下 ”なら、御理解いただけることと信じていますよ。どうせなら、“ あなた方とも ”、良い関係でありたいものです」

 ヒュードはそんな含みのあるいい方をして、微動たりせずにいるエンドール軍人三人に笑いかける。

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