20話 「宿の家族たち」 前編

 リアンたちは公園内をしばらく歩き、先ほどの広場よりも少し狭いもうひとつの広場にやってきていた。

 この広場にも、中央にこじんまりとした噴水があり、周囲にベンチがあった。

 ここでは騒々しいデモ隊の姿もなく、ベンチに腰掛ける人々も本を読んだり刺繍をしていたりと自分の世界に没頭していた。

 リアンたちが腰掛けたベンチの噴水の向こうには、変わった建築様式の公衆トイレがあり、清掃員が清掃中のようだった。

 公衆トイレの後ろには緩い勾配を持つ綺麗な花畑があり、花がフォール王国の国旗を描いていた。

 実際に歩くと小汚かった地元住民の住む住宅街も、この広場から見ると趣を感じる街並みだとわかった。


「この辺りは、静かでいいですね~」

 ヨーベルが、ベンチに腰掛けてまったりという。

「この公園、本来はこんな落ちつく空間だったんですね」

 周囲を眺めてリアンは苦笑いする。

「確かにさっきのは、場違いで下品な連中だったわね。さっさと全員、撃ち殺されればいいのにさ!」

 アモスは、相変わらず物騒なことを平然という。

 しかしそういうものいいにも、リアンとヨーベルももう慣れたようで、いちいち反応しない。


「そういえばさ!」

「そういえばです」

 ここでリアンとアモスが、同時に発声した。

 照れ臭そうな表情のリアンは、アモスに発言を先に譲る。

「あら、悪いわね。で、ヨーベル?」

 タバコをくわえ、アモスはヨーベルに話しかける。

「火ならいつでも!」

 サッとヨーベルは、懐からライターを取りだして火を点ける。

「手馴れてきたわね、いい反応速度よ」

「勉強させてもらっています!」

 ヨーベルの素直さに、「よしっ」とアモスは納得する。

「で、なんでしょうアモスちゃん?」

 ヨーベルは、アモスに要件が何なのかを尋ねる。


「あの宿の主人っ! 確か、バッツとかいったわよね。あいつには、絶対気をつけるのよ!」

 アモスの突然の言葉に、ヨーベルが不思議がる。

「ど、どうしたの急に?」

 いきなりアモスが恩人でもある、宿の主人を警戒するようにいいだしたのでリアンも驚く。

「あのオッサン、間違いなくヨーベルを狙ってるわよ」

「まぁ……」

 煙を吐きだしながら、アモスが忌々しそうにそんなことを断言する。

 いきなりいわれても、ヨーベルはどう反応していいのかわからずにいる。


「ね、狙ってる?」

 ヨーベルではなく、リアンが不思議そうに訊き返す。

「もちろん、性的にって意味でね! あいつのあの目は、間違いないわっ!」

 そういってアモスは、ヨーベルの胸を鷲掴みにする。

「そ、そんな、良くしてくれた恩人に対して……」

 リアンが、アモスのヨーベルへの行為から目を逸らし弱々しくつぶやく。

「あれが相当な、色魔に違いないのは確かだから! あたし、出掛ける前に見たからねっ!」

「何を見たんですか?」

 何事もなかったように、胸を揉むアモスの手を押し返したヨーベルが尋ねる。

「娘ぐらいの若い女と、朝っぱらからイチャついてたわ。隣の売春宿の娼婦ね、あれは!」

 手を払われたことには対して何もリアクションせず、アモスが憤慨したようにいう。

「ヒロトちゃんと、同じぐらいの子!?」

 ヨーベルがビックリしたようにいう。

「それは、事案の臭いがしますね~」

 アモスに迫るヨーベル。

「そうじゃないわよ……」

 ヨーベルの額に、アモスが軽く手刀をかます。



 アモスは、宿を出発する前の光景を思いだす。

 隣の売春宿の入り口にいた若い女に金を払い、そこから女と腕を組んで市街地に消えていく宿の主人。

 まだ午前中だというのに、仕事もせずに堂々と遊びに向かうのだ。

 アモスのような人間から見ても、バッツという男が家庭人としても社会人としても、最悪の人種と判断しても不思議ではない行為だった。

「従業員のオバハンに訊いたら、いつものことだとかいってたわ。嫁さんに宿押しつけて、自分は午前中から堂々と道端の売女漁ってるなんて。碌な男じゃないわよっ!」

 アモスが、声を大にしてそういう。

 この手の話題には、どう反応していいかわからないリアンが困惑する。


「あたしとヨーベルを、そういう目つきで見るのは普通かもしれないけどさ! 隙を見せたらあいつ、いいよってくるのは間違いないわよ。だから、気をつけるのよ!」

 アモスの語気が、だんだん熱を帯びてくる。

「一宿一飯の恩義があるからって、油断しないこと! わかった?」

 ポカーンとしているヨーベルにアモスが、チョップをくわえるとともにいう。

「でも、とても親切にしてくれてるし……」

 情に弱いリアンが、宿の主人をフォローする。

 例えアモスの言葉が真実だとしても、リアンは宿にタダで泊めてくれた恩人への悪口は、聞きたくない感じだった。

「それはそれ! 親切は、受けとけばいいわよ。でも、それ以上の接触は、絶対避けることっ! いいわねっ! リアンくんも、あの親父がヨーベルに近づかないように守ってあげるのよ」

 アモスにそういわれるが、リアンはいまいち乗り気ではない。


「とにかくあの親父は、人の親としても最低よ。あんな親父の姿見りゃ……。そりゃ、娘も反発しまくるわよ」

 アモスが、不敵な笑いを浮かべていう。

「娘さん? ヒロトちゃんのことですか~?」

 ヨーベルが、朝、ひどい目に合わせてきた少女のことを訊いてくる。

 相当ひどい狼藉を働かれたというのに、ヨーベルはその件について、やはり恨んでいるような感じでもないようだった。

「他に誰がいるのよ」

 アモスがそんなヨーベルに、若干不満そうにつぶやく。


「ヒロトちゃんは、元気な女の子ですよ。素直になれない、恥ずかしがり屋なお年頃なんですよ~。ああいう形でしか、感情を表現できない猫ちゃんみたいな女の子なんですよ」

 本心でそう思っているのかは不明だが、ヨーベルはこんなおおらかな言葉でヒロトをフォローする。

「あのクソガキを、そこまで好意的に見られるとはね。あんた朝何されたのかとか、もう忘れてるんじゃないの? その空っぽな頭の、幸せ回路たいしたものね」

 アモスが呆れたような驚いたような表情で、ニコニコしているヨーベルの顔を見る。

「それほどでも~」

 アモスの言葉に含まれた悪意を気にすることもなく、無邪気に笑うヨーベルという女性。


「っていうか、本気でいってるの?」

「もちろん~!」

 即答すると同時にヨーベルはサムアップする。

「あの……」

 そこでリアンが、手をいちいち挙げて会話に参加しようとしてくる。

 アモスの話しが一段落したようなので、リアンも先ほどいおうとしたことを話しだす。

「僕の話しも、そのヒロトっていう娘のこと、なんだけどね……」

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