19話 「反エンドール集会」 前編
公園の中にやってきたリアンたちは、たくさんの人々が広場に集まっているのを目撃する。
大きな噴水がある広場には、何やらプラカードや横断幕を手にした人々が、これからデモ行進をしようとしているようだった。
周囲には野次馬が集まり、カメラを構えた記者らしき人物も多くいて、その集団を撮影している。
フォール警察の姿も多く見られ、デモ隊の周囲を警戒するように取り囲んでいる。
唖然と、リアンたちはその群衆を眺めていた。
するとデモ集団はプラカードを掲げ、シュプレヒコールを叫びながら行進を開始する。
さらに先頭付近を歩く数人が、やたらとうるさい太鼓をたたいてリズムに合わせている。
その周囲を、フォールの警察が取り囲んで並走していた。一気に公園内が、さらに騒がしくなる。
リアンたちは開いているベンチに座り、この行進している集団を呆然と眺めていた。
デモ隊らしいのはすぐわかったが、ヨーベルはこういうのを実際に見るのは初めてだったらしく興味深そうだった。
リアンたちは、しばらくその集団を黙って視線で追う。
アモスですら、無言でその集団を黙って眺めていたほどだった。
「侵略者エンドールは、今すぐサイギンから出ていけ~!」ドンドン!
「フォール王国への侵略を、今すぐ止めろ~!」ドンドン!
「立ち上がれサイギンの市民たち~!」ドンドン!
「エンドールをたたきだせ~!」ドンドン!
「エンドールの軍国主義に断固抗議する~!」ドンドン!
「フォール王国バンザ~~イっ!」ドンドン!
太鼓の音色に合わせて、デモ隊はそんな文言を繰り返し叫びながら、公園から街に向けて出発する。
どうやらデモ隊は、今まで不思議と見かけなかった反エンドールの活動家たちらしかった。
占領下でありながら、平穏な街しか見ていなかったリアンたちだが、こういた人々も実は存在していたようだった。
騒々しい群衆と厳重な警備がそこにはあったが、彼らは整然とした行動をしており、不思議と危険性をあまり感じなかった。
デモ隊の最後尾が見えてきたぐらいになり、ようやくリアンたちも口を開く。
「まあ、こういう連中がいるのは、別に不思議じゃないわよね」
アモスが珍しく、面食らったような感じでつぶやく。
「で、ですね……。この街が占領されているってのを、ようやく実感した感じです」
リアンがデモ隊の行き先を、ずっと視線で追いながらいう。
「あんまりジロジロ見てると、リアンくんまで怪しまれるわよ。あんな有象無象、もう無視しときな」
アモスが厄介事を回避するような、彼女らしくないかなりレアな忠告をしてくる。
噴水付近にはまだデモ隊の一部と警備にあたる警察隊が残り、何やら打ち合わせのようなことをしている。
いちおう許可を得てのデモらしく、決して突発的な暴動ではないようなので、両者の間で話しがついている平和的な活動なのだろう。
「あのデモは、エンドールへの抗議なんですね。すごい数の参加者でしたね……」
リアンがそうつぶやいて、視線をデモ隊から外す。
「まったくね。それにしても暇な連中ねぇ。無意味なことに、情熱注いでんじゃないわよ」
アモスがつまらなそうに毒づく。
「警備していた人は、フォールの警察ですよね……」
リアンが、デモ隊を囲んでいる警官たちを見る。
「エンドールの兵隊さんは、まったくいないよね?」
「エンドールの兵士が警備なんかしたら、それこそ衝突必至でしょ。エンドール側は融和政策をお望みなんだし、武力で鎮圧なんてしようものなら、全部御破算になっちゃうわよ」
アモスのもっともな言葉に、リアンはしばらく考え込んでみる。
「エンドールの兵隊さんは、どこにいるんでしょうか?」
そこへヨーベルが、不思議そうに訊いてくる。
「街中には兵隊、極力街にいさせないようにしてるって話しね。郊外に駐屯させて、街の治安維持にはノータッチって話しらしいわね」
「そうなんですね~、アモスちゃんは物知りです」
ヨーベルが関心したように、アモスに喝采を送る。
「朝、宿のドスケベ親父と、バークが話してたのよ。そういや、バークから新聞や情報誌を、買っておいて欲しいとか頼まれてたわね。この街の情勢や統治体制なんかは、あたしも多少興味あるわ。リアンくん、地図で本屋が近くにないか探しておいてよ」
アモスにいわれ、リアンは地図を広げて本屋を探す。
公園を抜けた先、デモ隊が向かった方向に別の繁華街があるらしく、そこで本屋の位置をリアンは確認した。
デモ隊のシュプレヒコールと太鼓の音は、姿が見えなくなってもまだ聞こえてくる。
ヨーベルが首をかしげ、デモ隊のシュプレヒコールを黙って聞く。
そして、腕を組んで考え込む。
「あの人たちは……。どうしてあんなに、怒ってらっしゃるんでしょうか?」
ヨーベルが、そんな疑問を口にする。
「祖国を滅ぼそうとする連中に対して、そりゃ怒りもするでしょうよ。国がなくなる、危機なわけなんだしね」
アモスがタバコの煙を吐きながらそういうが、あまり興味なさそうな感じの口調だった。
「祖国ですか……。そういうもの、なのですか?」
アモスの言葉に、ヨーベルはふむふむとうなずきながらつぶやく。
「あんたは、そういうのどうでも良さそうね?」
ヨーベルはアモスにいわれ、照れ笑いをして肯定する。
自分の所属する宗派にも無頓着なヨーベルだし、祖国の概念も存在してなくて当然といった感じだった。
「リアンくんも、なんかそんな感じね?」
「そ、そうですね……。愛国心っていうものですか? 小さくて辺鄙な村出身だから、僕もそういうのにはどうも疎くって……。だから僕なんかには、いろいろ理解できないかも。エンドールの戦争が、民族の再統一とかいうのを掲げていたらしいけど。正直アムネークに引っ越すまでは、そういった思想とは無縁だったから」
アモスの問いかけに、リアンは申し訳なさそうにいう。
グランティル地方の、エンドール王国による全土支配。
実はこれがこの戦争の、エンドール側が目論んでいた野望でもあったのだ。
国際社会に広がりだした、戦争による実力行使の版図拡大の帝国主義思想。
グランティル地方は地形的に隔離された僻地でありながらも、古くから資源と自然が豊富な清浄の大地として知られていた。
そのため過去何度か大きな侵略を受けては、血みどろの戦争を経験してきた。
しかしその都度、奇跡的に押し返し他国の蹂躙を許さなかった。
帝国主義が主流になりだした頃、エンドール国内でもグランティル地方の統一国家必要論が出だしたのだ。
かつてこの地方には、「グランティル王国」という国家が全土を支配していた歴史があった。
しかしその国も内乱により滅び、国家はいくつもに分裂。
グランティルの名前は、地図上の地名として残るだけになってしまっていたのだ。
いちおう古い王家はまだ細々と存在しており、旧マイルトロン王国領の僻地に押し込まれているという。
「アモスちゃんは、どうなんですか~? 愛国心~」
ヨーベルがうれしそうに、ベンチにふんぞり返りタバコを吹かしているアモスに訊いてくる。
「あたし? そんなもん、あるわけないじゃん!」
「だと思いました~、アハハ」
アモスの即答に、ヨーベルがクスクス笑う。
アモスはタバコの煙を大きく吐きだし、ちょっと考える。
「でもさ……。占領されてから抗議して、どうすんだって話しよね。現状に納得できないからって、騒ぐぐらいなら……。その情熱を、戦場で発揮して戦えばよかったのよ!」
「ついでにいえば……」と、アモスが口元を歪める。
「戦死でもしてれば、街が占拠される瞬間にも立ち遭わなくて済んだのよ。フフフ、今後フォールが滅ぶのを見ることも、ないでしょうしね」
そしてアモスは、いつもの悪そうな笑顔を見せる。
「あれ? フォールさん、もう負けちゃうの確定ですか?」
ヨーベルが、アモスに驚いたように訊く。
すると、それと同時にリアンは気配を感じる。
警察と打ち合わせをして残っていたデモ隊の人間が数人、自分たちのことを見ているのに気がついたのだ。
その視線に、なんだか危なそうな印象を直感した、リアンの全身の毛が逆立つ。
彼らはこちらを眺め、指差して何かをコソコソ話し込んでいる様子だった。
「負けるでしょ! どう考えても! クウィン陥ちてから、敗色濃厚って記事も、身内から出だしてるみたいらしいじゃない。宿の主人も、クウィン陥落後のフォール軍の士気が、だだ下がりとかいってたしね。軍から逃げだすように、志願兵の多くが故郷に帰ったとかいう情報もあったみたいだしね。残ってる職業軍人は、圧倒的に絶対数少ないみたいな話しらしいからね。数で勝るエンドールに、これからの戦闘、勝ち目なんかあるものですか。現に、市街戦を嫌がって、街側がサイギンを明け渡したっていう話しじゃない。愛国心で、どうこうできる戦況じゃないでしょうよ」
アモスが朝、宿の主人やバークとの会話で得た知識から、戦況分析を自分なりに披露してみせた。
「ちなみにさっきの、有象無象のデモ隊どもだけどさ! 戦いもせず、占領後にギャーギャー騒ぐなんて、バカ丸出しでしょ。しかも大嫌いなエンドール軍なら、郊外にいるだろ。なんでそいつらじゃなく、身内のフォール警察相手に抗議してるのよ。相手が違うだろ、あのバカどもはよぉ!」
アモスがそういってデモ隊を嘲笑う。
「そういえばそうですね、アハハ~」
ヨーベルも、アモスの言葉に納得したように笑う。
すると、リアンが急にベンチから立ち上がる。
「アモス、もうここ離れよう……」
突然のリアンの言葉に、アモスとヨーベルは不思議そうな顔をする。
「なんだか、物騒だし……」
リアンは、アモスとヨーベルの手を引いてベンチから離れる。
立ち去るリアンたちを、公園内にまだ残るデモ隊の連中がにらみつけている。
デモ隊の男たちは、薄汚い作業着を羽織り反エンドールのたすきをかけ、頭にフォール国旗の鉢巻を巻いていた。
その場から消えるリアンたちの背後を見つめる視線は、殺気に満ちていた。
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