18話 「街を歩く」
バークから、密かに危険視されているアモス。
しかしそんなことは、彼女自身もとうに気づいていた。
アモスはどうでもいい男連中から、何を思われようが気にもしていなかった。
警戒されているからといって、だから何? という感じだった。
アモスにとって、アートンもバークも恐れるに足りない小物だったのだ。
アートンについては、ただのバカだと見下してはいたが、それなりに使えるスキルを持つ男だという点は評価していた。
一方バークについては、アモスの中である興味を引く一点があったのだ。
その一点を確認するまでは、もう少し同行させて推移を見ておきたい、という好奇心が勝ったたのだ。
アモスはタバコを吸いながら、サイギンの街並みを歩いていた。
アモスの目の前には先頭を歩くヨーベルと、何か珍しいモノがあると突撃しようとする彼女を制止するために、リアンが側につき添っていた。
一行は賑やかだった観光地らしき商店街を抜けた先にある、少し閑静な町並みの区域に出てきていた。
この辺りはサイギンの中では、昔から街に住む地元民が多い地区らしかった。
昨日見たような、異国情緒あふれる賑やかさや華やかさとも無縁で、無骨で質素な感じの建物が多かった。
それでも治安が悪いという感じもせず、女性と子供でも普通に歩ける安全さがあった。
気さくに声をかけてくれる地元の住人の穏やかさと、時間が止まったような静かな町並みに、独特の情緒が存在していた。
リアンとヨーベルが、この地区を抜けた先にあるという、大きな自然公園に行きたいといったのだ。
アモスはタバコの煙を吐く。
(スラムって感じの場所ではなさそうね、このまま突っ切るか)
アモスは前方を歩く、ウキウキしてるヨーベルと不安げなリアンを見る。
彼女なりに、ふたりの同行者の安全を考えて実は護衛も兼任していたのだ。
「ねぇねぇ、アモス?」
すると、リアンがアモスに振り返り不安そうに話しかけてきた。
「どうしたの? なんかヤバそうなヤツでもいた?」
アモスの目つきが険しくなり、周囲に目を光らせる。
「ううん、違うよ」
慌ててリアンが否定する。
「えっとね……。例の、劇団なんて嘘ついた件。あれが僕、やっぱり不安なんだけど」
「あらぁ? リアンくん、まぁだ気にしてたの?」
リアンは宿に泊まってから、ずっとアモスの嘘について不安を口にしていたのだ。
表情も心なしか暗く、せっかくの観光だというのに、心ここにあらずといった感じだった。
雰囲気が悪くなりそうなリアンの消極的な態度だが、アモスはリアンにはその辺りを注意したりしない。
性格に類似点などないアモスとリアンだが、リアンのそういった弱さ含めて、アモスの歪な母性本能は刺激され、むしろ守ってあげたいと思わせるからだった。
宿を出てからしょぼくれているリアンに何もいわず、むしろ彼の心を強くするには、もっと荒療治が必要かもねともアモスは思っていた。
口には出さなかったが、あえて荒事が起きれば強引に対処して、リアンに耐性をつけさせようとまでアモスは考えていた。
この発想は、極度に攻撃性の高いアモスならではのものだった。
リアンにしてみればいい迷惑だったかもしれないが、彼もまだ完全に、アモスの異常な性格と思考回路を理解していなかった。
「誰も、あたしらの素性なんか知らないんだしさぁ。そんなに、オドオドしなくてもいいじゃない。別に本気で役者なんか目指してるわけでもないんだし、適当にやっててもバレやしないわよ。キョドってると、むしろ怪しまれるわよ。せいぜい一週間程度の滞在じゃない、気にする必要ないわよ。あのハッタリで、誰かを不幸にするってわけでもないでしょ?」
アモスは、リアンの肩をポンとたたいて強引に安心させる。
どこまでも自分勝手な理論で、リアンは逆に何もいい返せなかった。
「バレることが、怖いってのもあるけど……。僕としては騙している、って事実に後ろめたさが……」
リアンのこの言葉は、アモスにも当然わかっていた彼の心情だった。
彼が嘘に対して耐性がない、誠実なお坊ちゃんなのはアモスはじゅうぶん理解していた。
「やっぱり、リアンくんはいい子ちゃんなのねぇ」
わかっているにも関わらず、アモスは驚いて感心したようにいうが顔はニヤニヤしている。
「だって、あの宿の人たち、急に僕らにチヤホヤしだしてきたし。それもすごく重荷だよ。ぼ、僕は、演技なんかできないし。嘘、つき通せるかどうか不安で……」
リアンはどこまでも強気なアモスに、自分の弱さを隠そうともせずに訴えかける。
本気で不安なのだろう、リアンの言葉は震え、泣きだしてしまうのではないかと思うほどだった。
「その気弱なところを、リアンくんは克服していかなきゃね!」
しかしアモスは、リアンの弱気な発言をあえて無視して、旅の間中常に強引にことを進めるつもりだった。
アモスの言葉に、リアンはまた不安な顔になる。
「生きていく上で、多少のハッタリは必要なんだからさ! 鋼鉄の心臓と狡猾なスキル、これから身につけていくべきだわ。そういう生き方ができるように、あたしもいろいろ教えてあげるわ」
ありがた迷惑そうな表情のリアンの頭を、アモスは強引になでる。
「リアンくんを、悪い道に引き込んだらダメですよ~。リアンくんは、未来ある若者なんですからね~」
「社会勉強よっ!」
話しかけてきたヨーベルに、アモスがすぐさま反論する。
「いい子しかいないエリート学校なんかじゃ、教えてもらえないことよ! これからの帰路、きっと、いろいろあるだろうしさ。道中、ヤバい状況も出てくるかもしれないのよ。悪に染まれとか、あんたがよろこびそうな言葉じゃないけど、多少の強引さも必須よ」
アモスは、リアンから初日に購入した地図を借りる。
パラパラとページをめくり、アモスはクウィン要塞付近の地図を開く。
「今は、フォールっていう比較的平穏な文明国にいるわ。このクウィンまでの道のりも、今のところ安全っていうしね」
地図のクウィン要塞までの路線図を、アモスは指でなぞる。
「でもねっ! その後は旧マイルトロン領っていう、時代錯誤な、土人だらけの封建国家を横断することになるのよ! 治安の面でも、きっとフォールなんかの比じゃないわ!」
アモスは次のページをめくり、旧マイルトロン王国領の地図を指し示す。
「その国って、滅んだんじゃないのですか~?」
ヨーベルが素朴な疑問を訊いてくる。
確かにマイルトロンという王国は、今この街を占拠しているエンドール王国により、すでに滅ぼされていた。
「滅んだせいで、無政府状態の危険地帯になってる場所も、多くあるのよ。混乱に乗じて勝手に独立した地方領主だったり、野盗化した軍閥とかね。エンドールですら、完全にそういった危険分子は、潰しきれてないって話しらしいしね」
アモスの言葉に納得するヨーベルだが、本当に理解できてるのかわからない。
「なるほどです~」というヨーベルだが、視線は地図の挿絵にあるクウィン高架鉄道を凝視している。
アモスは、ヨーベルに難しいことをいってもほぼ無意味と察して、諦め気味にくわえたタバコを深く吸い込む。
「とにかくマイルトロン以降じゃ、何が起きるかわかったもんじゃないわ。今のいい子ちゃんのままだと、きっと苦労するわよ?」
「そ、そうだね……」
煙を吐きだしながらいうアモスに、リアンはかなり無理をして返事をする。
「あんたもよっ! ヨーベル!」
「かしこまりっ!」
いつの間にか怪しげな路地裏に興味津々で、そこをのぞき込んでいたヨーベルの頭頂部に、チョップを一閃する。
古い住宅街を抜けた先、目的の公園の外苑にやってきたリアンたち。
高い柵と樹木が、周囲を取り囲んでした。
看板を見ると、東にもう少し進んだ先に公園への入り口があるようだった。
気のせいか、公園内から何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「なんだろう? この声」
リアンが気になって耳をすます。
「お祭りでしょうか!」
ヨーベルの目が、期待に満ちた光で輝く。
「せっかく静かな場所に来たのに、騒がしいのは勘弁して欲しいわね。あたし無駄に馬鹿騒ぎしてるだけの祭り事、そんなに好きじゃないのよ」
アモスが気だるそうにいう。
「そういわず、アモスちゃんさっそく見に行ってみましょう~」
ヨーベルが、アモスの手をつかんで引っ張ろうとする。
「そういやさ~……。例の嘘で一番ノリノリなのは、あんたよねぇ?」
アモスはヨーベルに引きずられながら、そんなことを訊く。
「そうですか~?」
何事もなくヨーベルはそう返すが、スッとアモスから目を逸らす。
「誰が見ても、そう思うわよ。リアンくんもそう思うでしょ?」
アモスから、リアンにいきなり話しが振られる。
リアンは一瞬戸惑う。
「ど、どうなんだろう?」
さらにヨーベルは、リアンからの視線も逸らして、とぼけるようなリアクションをする。
「っていうかさ……。あんた自分が可愛いってこと、思いっきり自覚しているでしょ? それを絶対、武器にしてるわよね?」
アモスが、ジットリとした目つきでヨーベルを見つめる。
「な、なんのことでしょ……」
ヨーベルはまた視線を逸らすと、アモスの手を離しモジモジとする。
連続したとぼけっぷりを見せつけられて、アモスは確信したようにヨーベルに迫る。
「うわ、この女っ! なんか一番、タチ悪そっ! 絶対、計算で動いてるとこあるでしょ! リアンくんも、この娘の魔性に騙されないように気をつけるのよ」
アモスが、リアンにヒソヒソと耳打ちするように話す。
それをヨーベルが不安そうに眺めている。
「ヨーベルは、そんな悪い人じゃないよ……」
そういったリアンだが……。ジャルダン島の洞窟でヨーベルが話した告白が、また頭の中に去来してくる。
(あの時、彼女がいったのって……)
リアンは絶対に、口にしないでおこうと思っている話題だが、気を抜くとあの洞窟でのヨーベルをリアンは思いだしてしまう。
忘れようにも忘れられない、ヨーベルの見たことのない一面だったから、脳裏から消えないのだ。
リアンが、たった一度だけ見せた怪しげなヨーベルの姿を反芻していると、アモスは冗談めかしてヨーベルをいじりまくっている。
「すっとぼけちゃってっ! そうやって、今までたくさんの男どもを籠絡してきたのね! そして! これからも! この身体も当然、武器なんでしょ?」
そういってアモスは、ヨーベルの胸を鷲掴みにする。
「や、やめてくださ~い。アモスちゃん、ダメですって~」
ヨーベルが身悶えしながら声を上げる。
その様子を、周りの人々が物珍しげに注目してくる。
「ふ、ふたりとも、目立ちすぎだって……」
リアンが慌てて、ふたりのじゃれ合いを止めさせる。
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