17話 「日雇い労働」 後編

「本来なら、あと“ 二十年 ”はあの島に閉じ込められていた身さ。それがこんなに早く、娑婆に出られているんだ。それだけで、ありがたいって話しさ」

 アートンはやや自嘲気味だが、それでも弱気を感じさせない口調でつぶやく。

「その人に会うのも、特に急ぐ必要はないよ……、ん?」

 見ると、バークがちょっと意外そうな顔をしていた。

「ど、どうした?」とアートンが尋ねる。

「あ、いやすまん……。ずいぶん刑期、長いんだなって思ってな」

 バークは自分で、場の空気を一瞬沈ませたことに責任を感じて、無理やりに乾いた笑いを浮かべる。

 その笑い声を聞いて、周囲の労働者が眉をしかめる。

「すまない、詳しくは訊かないようにしておくよ。俺だっていいたくないことあるし、たたけばほこりも出てくるもんさ。お互い詮索し合うのはよそうって、いっておきながら、なんかこんな話ししてしまうの悪い癖だよな。ほんとすまないな!」

 バークが一方的に謝り話題を中断する。


「気、使わせて悪いな」と、アートンがいう。

「こういう後ろ向きな会話は止めとこう。今は早く仕事に打ち込んで、これからのことを考えられる余裕を、得られるよう頑張るよ」

 アートンが前向きにそう決意する。

「お、その意気だぜ!」

 バークがサムアップする。

「おい、誰だうるさいぞっ!」と、バスの前方に同乗していた本社の人間が怒鳴る。

 怒声を受けてアートンとバークは黙るが、ふたりとももう後ろ向きな思考は消去するようにしていたので、気にも止めず流すことができた。


 アートンとバークを乗せたバスは、十分ほど走っただけでもう作業現場に到着した。

 現場の風景を、アートンとバークは窓から見る。

 すぐ側には川が流れ、遠目に市庁舎の姿も臨めた。

 バスから降りてきたふたりは確信する。

「おい、ここって……」

 アートンが、川の上流方向を眺めていう。

「ああ、間違いないな」

 バークもすぐに気がつく。

「あの宿から、川沿いを辿った場所だな」と、バークが川の向こうを指差す。

「本当だ、この川に沿って歩けば、徒歩で宿に直帰できるな」

「労働環境も大当たりじゃないか」バークが指を鳴らす。

 アートンとバークが今見下ろす川は、自分たちが宿泊させてもらっているファニール亭の、目の前を流れる川だった。

 ここからはさすがに宿は見えないが、少し歩けば簡単に帰れる距離であるのは間違いなさそうだった。

 どうやら仕事の内容は、現地に来てはじめて判明したが土手の舗装作業らしかった。


「おいっ! こらぁっ!」

 ふたりが話し合っていると、突然の大声がする。

 周囲の労働者たちにも緊張が走る。

「日雇いどもっ! こっちに集合だっ! さっさと来いっ!」

 メガホンを通して聞こえる、声の方向にアートンとバークが向かう。

「こういうのは慣れっこだな」

 アートンが、姿が見えないが口汚い怒号を上げている現場の人間の声を聞き、懐かしいといった感じで少し笑う。

「違いないだろうな。さてさて、現場の指揮官さまは、メビーを超える逸材だろうかな?」

 バークがそんな軽口を笑いながらいい、集合場所に向かう。

「ムショ帰りだ、どんな人間だろうと、特に怖いこともないさ」

 アートンがそんなことをいうと、バークが苦笑いする。

「そういう悪ぶったセリフ吐くと失笑されるぞ、その話題は口にしないようにな!」

 バークがアートンの胸を軽くたたき、彼の失言を諌める。

「そ、そうだな……」

 思わずアートンは赤面してしまう。


「持ち場を割り当てる! トロいぞっ! さっさと集まれっ!」

 そう怒鳴っているのは、やけに身長の低い髭面の小太りした男だった。

 踏み台の上に乗り、メガホンを振り回し、大声を出して威嚇するようにわめいている。

 しかしアートンとバークは、リアル刑務所出身。

 その小男からは、一切の威厳も畏怖も感じられなかった。

「おまえ、笑うなよ」

 バークがそういい、「おまえこそ」とアートンも返す。

 小馬鹿にする気は毛頭ないのだが、やたら威張り散らしている現場主任らしき男の態度が、不釣り合いで滑稽に思えたのだ。


「役割は、事前に決めてるはずだな! 名前を呼んだら、すぐ番号の書いてある場所にダッシュだ! すぐに働けるように準備しておけっ! 金が欲しいならなっ! 現場ではすぐ身体を動かせよ! 何したらいいんですか~? 聞いてきた時点で、貴様はもう用済みだからなっ!」

 やはり舐められるわけにはいかない職種なのだろう、必死に強面を演出している言動の現場主任だが、どうしても無理してる感が強い。

 実際気性は荒いのかもしれないが、体型が体型なだけに迫力も威厳も半減以上といった感じだった。

「なんか可愛いらしいヤツだな」

 アートンが、こっそりとバークにいう。

「そういってやんなって。立場上、ああいうキャラでなきゃダメなんだろうよ」

 気を抜くと、問題に発展しそうな軽口を時折口にするアートンに不安になるが、バークはあえて注意せず黙っておいた。


「でだっ! アートン・ロフェスってのはどいつだっ! 重機の扱いが、できるヤツがいるんだろっ! 出てこいやっ!」

 現場監督が踏み台の上で、声を必要以上に張り上げアートンを呼びつける。

「ほら、呼んでるぜ」

 バークがちょっと笑いそうなのを我慢して、アートンの肩をたたく。

「ああ、じゃあ稼いできますか」

 アートンが、労働者をかき分けて現場主任と対面する。

 現場主任は台の上からピョンと降りてくると、アートンに一枚の紙を突きつける。

「おまえがアートンがぁっ!!」

 やけに機敏な動きに、一瞬面食らったアートンだが丁寧に肯定する。

 身長差が大人と子供ほどあり、かなり滑稽な絵面に、周囲の労働者は含み笑いを必死に押し殺しているようだ。


「戦争で、重機の扱いができる人間が足りてないっ! これだが、当然扱えるなっ!」

 紙は仕事で扱う重機の、取り扱い説明書のようだった。

「ああ、そのタイプなら問題ないよ」

 紙に書かれていたタイプの重機は、ジャルダンで使用していたのよりはるかに旧スペックだったが、アートンには特に問題はなかった。

「よしっ! その言葉、信じてやる! あと俺よりデカいからって、いい気になるなよ!」

 現場主任がそう怒鳴ると、川辺にある重機を指差しさっさと走れとアートンに怒鳴る。


 一方バークは、土砂の運搬やセメントの準備といった、雑用に回されていた。

 そこで現場の作業着を支給してもらい、着ると同時に集められた労働者同様に、バークはさっそく働かされる。

「さて、稼ぎの面での問題は、いったんこれでクリアかな? だとすると……」

 ここでバークは、土砂を積んだ荷車を押しながら、しばらく考え込む。


(これで、現時点での一番の不安材料は……。やっぱり、あの女の存在だろうな……)


 バークはアモスという、正体がよくわからない凶暴な女の顔を思いだす。

 強引な性格と、女とは思えないほど獰猛な行動力。

 味方である内は心強い存在かもしれない。

 しかし、どこでタガが外れて暴走するかわからない、不確定な脅威も備えているのだ。

 ジャルダン島での正体不明の大女への、躊躇ない惨殺行為。

 ズネミン号でのクルツニーデだったスパスに対する、真相は不明だが拷問で、航海の目的を尋問したという残虐性。

 アートンがこっそり話してくれた情報によると、ジャルダン刑務所の同じ房の仲間を、有無をいわさず殺害したともいう。


 そもそも、彼女自身クルツニーデの人間としてジャルダンに滞在していたというが、それすら嘘臭い。

 怪しげな術を使う人間が、この世界には確実にいて、ジャルダンに突如やってきた謎の武装集団がおそらくそうだったように、アモスも何かしら恐ろしい術を扱うのではないかという危機感を抱いていたバーク。

 そのことにバークは薄々気づいてはいたのだが、あえて触れないようにしていたのだ。

 その恐怖の原因に、ジャルダン脱出の際にあの女が、「バークの存在を最初から知っている」というのも影響していた。

 ジャルダン島でまったく会ったこともない、初対面のはずの女だったのに、どうしてか自分のことを知っていたのだ。

 アモスの謎を考えだすと、とにかく不安が、次から次へと湧き上がるのだ。


 これからの帰路、金さえあれば交通機関の整備された区間の移動は、比較的楽に進行できるだろうと思う。

 おそらくクウィン要塞までは、エンドールの統治方法を見る限りは問題ないかもしれない。

 しかし未だ、反エンドール勢力が跋扈しているらしい旧マイルトロン王国領を通るのは、多くの危険が待ち構えているのが予想できる。

 アモスという凶暴な女が、旅にとって頼もしい味方となるか、突如危険な存在になるかは未知数だった。

 リアンを無事にエンドールに届けるという使命に今は執着しているが、彼女の人間性がまだ完全に信用できないバークにしたら、爆弾を抱えているのと同じような気持ちだった。


 そんな不安を考えながら黙々と荷車を押し、バークは斜面に足を取られないように慎重に土砂を運ぶ。

 仕事をはじめてからまだ午前中だというのに、足や腕の痛みを感じだし、肉体労働のつらさと、加齢による体力低下をバークは否が応でも実感する。

「アモス云々よりも、俺の体力と精神力が持つのか、っていう問題もあるわな……」

 バークは自虐的にそんなことをつぶやき、荷車をまた押しはじめる。

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