17話 「日雇い労働」 前編

 アートンとバークは宿を出ると、さっそく求人募集にあった住所に向かっていた。

 場所は日雇い労働者が集まる、便所の臭いを漂わせた職業斡旋の施設だった。

 施設に着き、簡単な事務手続きと面談を済ませると、身元を照会するようなこともなく、ふたりはあっさりと目的の職を斡旋された。

 建物内から出てきて、バークとアートンはすぐに目的の職場に向かうことになる。

 施設の外の広場には、くたびれた労働者たちが集まっている。

 今日を生きるために集まった労働者たちの多くは、一日のはじまりだというのにすでに生気がない。

 そんな半死人のような労働者たちの中を、アートンとバークが歩く。

 土木建築の仕事は多いらしく、アートンとバークが働くことになった会社以外も、いろいろ募集していた。

 集まっている労働者は、異国情緒あふれるサイギンという街並みにピッタリで、その人種も多種多様だった。


「かなりいい労働条件を、引きだせたな。アートンのスキルさまさまだよ」

 バークが労働者の人波をかき分けながら、目的の待合場所に向かいつつアートンにいう。

 ふたりが働くことになった土建屋は、斡旋所のすぐ隣に、本社を構えているためすぐに見つけられた。

 待合場所には大型バスが停まっている。

「いや、あんたの交渉も良かったよ。俺ひとりじゃ、あんなに上手く売り込めなかっただろうよ。自分を上げてアピールするとか、気恥ずかしくってな」

 歳の割に妙なてらいを持つ、精神年齢の幼さを自ら語るアートン。

 やればできるタイプで統率力も有りそうだが、自己アピールが苦手らしいんだなとバークは思う。

 どこか遠慮がちな気質で押しの弱い部分が、アートンの自信の無さげな態度に直結してるようだ。

 あとやはり、サイギン初っ端でやらかした負い目もあって、それが彼の自信喪失にも繋がったのだろう。

 バークは、アートンの本来持っているであろうポテンシャルを引きだすため、なるべく彼を持ち上げるようにしておこうと思っていた。


 仕事で金を稼ぐことで、きっとアートンは本来の自分の能力の高さに気づいて、自信も取り戻せるとバークは信じていた。

 そんなことを考えながら、くたびれた労働者の中で、ひときわ目立つ容姿を持つアートンを見てみる。

 こいつなら、もっと人生に対して前向きであってもいいと思うんだがなと、余計なお世話ながら考えてしまう。

 するとアートンは、バークのやろうとしてくれる御膳立てを無為にするような、どこか情けない表情で口を開く。

「案外、あの女の嘘も間違っていないかもな」

 アートンの言葉に、バークは不思議な顔をする。


「バークは、けっこう役者向きかもなって。言葉に説得力もあるし、感情に訴えかける話術を持ってるよ」

「おいおい、勘弁してくれ……」

 アートンの言葉を、バークはすぐに否定する。

「俺程度が役者だっていうなら、おまえのほうが条件いろいろ整ってるだろ。見た目もいいんだし、もっと自信持ちなって。せっかく高いスキルも持ってるんだから、現場では頼むぞ。あんまりしょぼくれてると、荒くれな労働者に揉まれて潰されちまうぞ。例の失態の件はもう心配ないから、汚名返上するために頑張ろうや!」

 バークは、まだ本調子ではないようなアートンに発破をかけると、彼の背中をポンとたたく。

「きっと働きだしたら、おまえも本来の自分を思いだすさ。何もしないでいると、自分に自信が持てなくなるものだからな。きちんと働いて稼ぎを持って帰れば、みなもおまえのこと再評価してくれるさ」

「だから!」と、バークは大きな声でいう。

「自信持っていこうぜ! 俺たちの旅は、まだはじまったばかりじゃないか」

 バークはそういってアートンに笑いかける。


 バークが自分を励ましてくれているのを感じ取り、アートンも少し気分を入れ替える。

「そうだな、いつまでもしょぼくれてるわけにも、いかないからな……」

「そうそう、その意気だって!」

 アートンの前向きになった表情に、バークが激励の言葉をかける。

 目的の場所に着く頃には、どこか伏し目がちだったアートンが、しっかり前を見据えて歩いていた。

 その様子を確認して、バークはほっと一安心する。


 アートンとバークが集合場所にやってきた。

 すでに数十人の屈強そうだが、やはりくたびれた労働者たちが集まって、出発を待っていた。

 少し離れた場所では、他の現場に向かう大型バスが、さっそく労働者を乗せている。

 駐車場から現場に向かい、バスは出発していく。

 アートンとバークが向かう職場への出向えは、まだ来ていないようだった。

 出発まで待たされている間、その場で座り込み眠り込んでいる労働者もいれば、仲間と談笑をしているものもいる。

 風俗関連の雑誌を回し読みして、盛り上がってる男臭い連中も目についた。

 真面目そうな見かけの労働者もいて、新聞を黙って熟読していた。

 バークはその新聞記事が気になる。


 出発前に、宿の主人から街の現状を少し尋ねて、バークはいくつかの疑問を解消することはできた。

 街に兵士が少ないのは、街の住人感情に配慮してエンドール側が、兵士を特定の場所にしか常駐させていないからだった。

 軍隊の大部分は街の郊外に駐屯しているらしく、次の戦場になるかもしれないキタカイ方面に集まっているとのことだった。

 この街が占領下でありながら、平穏無事な理由はそういうことらしかった。


 しかし一番知りたかった、どうやってクウィン要塞を突破したのかということは、宿の主人もやはり知らないようだった。

 もっと情報を知りたいなと、バークは空白の期間の情報を得たい欲求に満ちていた。

 活字中毒者でもあるバークは、情報収集のための新聞や雑誌を、もっと読みたかったのだ。

 バークが、労働者たちの手にする新聞を眺めていると、アートンが話しかけてきた。

「この街でのエンドール軍って、住人からどういう風に、思われてるんだろうな?」

 アートンが、そんな素朴な疑問を口にする。


「侵略者ってのは、間違いないんだろうが……。宿の主人がいうには、住人感情に配慮して、あまり街に兵士をいさせてないってことだよな。平和で安心とかいってはいたが、本当にすんなり受け入れられてるのかな?」

 周りの労働者を見る分には、占領下であることなど気にする余裕もなく、日々の生活に追われて、それどころではないだけなのかも知れない。

 でも、街を歩いた初日の様子を思いだしても、人々は何も抑圧されたような気配はなく、いたって普通に暮らしていた。

 平和に日々を送れているのなら、何も問題はないようにも思えるが、やはりどこか違和感を覚えるのは、アートンもバーク同様のようだった。

 特に元軍属であるアートンにしたら、占領下での治安維持を、完全に街に委譲しているのが不思議なようだった。

「やっぱ、その辺り気になるよな? 帰ったら、いろいろ情報収集してみよう」

 バークがいい、初日の給料で新聞や雑誌を購入することをアートンに話す。


「でもさっ!」

 ここでアートンが、結んだ労働契約書を出してくる。

「この日給、ほんとすごいよな! この金額なら、一週間働くだけでけっこうな額になるよな」

 アートンが先ほどとは別人のように、目を輝かせながらいってきた。

 その変化にバークも安心して、アートンに同調する。

「ああ、いい求人に有り着けたよな! 一週間ぐらいなら、どうってこと……」

 バークが言葉をつづけようとしたら、アートンが急に暗いトーンで話しだす。

「でもさ……。本来ならこんな寄り道しなくても、先に進めてたんだがな……」

 ちょっと気を抜くと、アートンはすぐにネガティブになる。


「……もうそのことは、終ったことだよ。気にすんなって! アモスも、この街を観光するってことで、気持ち切り替えてくれたんだしさ」

 バークはすかさずアートンの後ろ向きな思考を、吹き飛ばさせようと激励する。

「そ、そうだな……」

 バークにいわれ、アートンの表情が明るくなる。

 すると、ふたりが働く現場の関係者が現れ、号令をかけて呼び集めだした。

「ようやくみたいだな。さっ! 頑張って労働しようぜ! 稼ぎはおまえ頼みなとこあるんだ、頼んだぜアートン」

 バークは発破をかけるようにいうと、アートンと一緒に集合場所に向けて歩いていく。


 アートンとバークを乗せたバスが、作業現場に向けて道を進む。

 ふたりは座席に並んで座り、ヒソヒソと話していた。

 このバスの労働者の大半が、くたびれた労働者ばかりで、バス内が重苦しい空気に満ちていたからだ。

 ヤル気を取り戻したアートンと働く気満々のバークは、変に騒ぐと悪目立ちすると思って、空気を読んで大人しくしていた。

 窓際のアートンが、車窓から同じ会社のバスを見つける。

「あのトラックの連中は、クウィン方面の仕事みたいだな」

 ふたりは、郊外に向かって走り去るバスを視線で追う。

「そうみたいだな」と、バークがつぶやく。

「戦闘の起きなかったサイギンでも、適度に復旧作業があるんだな」

「あれは、フォール軍が駐屯していた陣地の撤去と整備らしいな」

 アートンの言葉に、バークが宿の主人から聞いたサイギン陥落の経緯を思いだしていう。



 サイギンの街はクウィン要塞陥落後、一時的な混乱に陥ったらしかった。

 軍の抗戦派が市街戦を主張して、市側と対立したという。

 しかし、エンドールの降伏勧告に街側があっさり従う。

 フォール軍の指揮官も市街戦は避けたかったらしく、抗戦派を抑えてサイギンから撤退して無血開城したというのだ。

 現在フォール軍の残存兵力は、南の街キタカイに駐屯しているらしかった。

 宿の主人や従業員の話しによれば、キタカイを巡りエンドール軍との全面対決も予想されるとのことだった。

 今は平穏そのもののサイギンだが、フォールでの泥沼の攻城戦で多くの血が流れたように、今後も激しい戦闘による死者は発生する可能性があった。

 戦争状態なのに平和な今が、ある種異常でもあったのだ。



「この街でも仕事は、それなりにあるってことは……。戦禍の多かったクウィン以降は、もっと復興関連の仕事があるだろうな」

 車窓から見える景色を眺めながら、アートンがそうつぶやく。

「だろうな、稼いでリアンたち食わせつつ、ゆっくりエンドールに向かえそうだな。焦ることも、ないんだろうが……」

 ここでバークが、アートンに配慮したように小声で尋ねてくる。

「おまえは、それでも構わないのか?」

 バークの遠慮気味の質問に、どこかバツが悪そうにアートンが答える。

「特に問題ないよ……」

 バークはさらに突っ込むか悩んだが、思い切って訊くことにしてみた。

「会いたい人がいるから、あの島から出たんじゃないのか? そんなゆっくりしてて、大丈夫なのか?」

 バークの質問に、しばらく無言の間がつづく。

 ズネミン号でアートン自ら話したこととはいえ、やはり訊かれたくない話題だったか? と思い、バークは口にしたのを若干後悔した。


 そんなバークの不安そうな表情を安心させるように、アートンは決意を込めたようにうなずく。

「問題ないよ、俺のことならさ!」

 アートンの、しっかりした口調と表情でバークは安堵する。

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