16話 「偽りの一団」 後編

 一方、リアンたちの会話は、隣のフロアにも聞こえていた。

 休憩室のテーブルの上で、銃の手入れをしていた宿泊客のゲンブ。

 作業をしながら黙って、リアンたち一行の会話を一部始終聞いていたのだ。

 コトリと薬莢をテーブルに置くと、ゲンブはゆっくり立ち上がる。

 そして隣の食堂で盛り上がってる、劇団員といっていた連中と、宿の人間との会話をのぞき見ようとする。

「……エングラスに行く予定か。劇団員ねぇ。どんな連中だよ……」

 ゲンブは敷居の隙間から、食堂の一団を眺める。

 盛り上がる劇団員と宿の従業員を目に止める。

 そしてゲンブは驚く。

 アモスとヨーベル、ふたりの美女が目に飛び込んできたのだ。

「ほうっ! これはなかなか! なるほど、あのドスケベ亭主のトーンがおかしなわけか。ふたりとも相当な上玉じゃないか」

 ゲンブがニヤニヤとしながら、アモスとヨーベルの顔を交互に眺める。



 リアンたち一行は、宿の三階にある一番広い部屋に通されていた。

「上手くいったでしょ? どうよっ!」

 アモスが部屋のふかふかのベッドに腰掛けると、ドヤ顔で誇らしげにいう。

「しかも! 一番いい部屋ゲットしたわよ! まったく、あんたらあたしの機転に感謝なさいよ!」

 アモスはそういうが、リアンたちはどこか冷めた感じで聞いている。

 黙々と、部屋の様子をチェックするリアンたち。

 リビングと地続きの部屋に、大きなダブルのベッドがあった。

 中二階に上がる階段があり、そちらにもふたつの小さめの部屋があるようだった。

 浴室は広く、リアンの実家にあったものよりも大きくて立派だった。

 内装がピンク一色というのが若干落ち着かないリアンだが、ヨーベルは目を輝かせている。

 桃色が相変わらず好きなヨーベルだった。

 さっそく、バークとアートンは荷物の整理をする。

 リビングのソファーに荷物をまとめて置くと、バークは側にあったハンガーラックに上着をかける。


「あの?」

 ここでリアンが、アモスに声をかける。

「なあに? リアンくん? おねえさんとぉ、同じベットで寝たい?」

 アモスが、近づいてきたリアンの手をつかむ。

 困惑するリアンが、手をつかまれたままアモスに尋ねる。

「なんで急に、劇団なんて嘘を?」

 リアンが素朴な疑問を尋ねる。

 バークも訊きたかったことだが、リアンが率先して訊いてくれたのでその回答を待とうと思い、荷物の整理をしながら耳をそば立てる。

「そ、そうだぜ。どっから出てきたんだよ、そんなハッタ……」

 また空気の読めないアートンが、アモスの逆鱗に触れそうな口調で質問しようとする。

 しかし、あとのセリフをアートンはつづけられない。

 アモスにものすごい目つきでにらまれて、言葉を飲み込んだのだ。


 一方ヨーベルは、ウキウキしながら部屋をいろいろ調べまわっていた。

 階段を登り、中二階の部分にあるふたつの寝室を確認する。

 部屋の廊下の窓からは、例の目立つ市庁舎がよく見える。

 しばらく、北の方角にそびえる市庁舎をヨーベルは眺める。


「さっきのが、宿に泊めてもらうための嘘ってのは、なんとなく理解できるんですけど。どうして、劇団なんて設定にしたんですか?」

 リアンがアモスに尋ねる。

「そうだぜ、おまえ芝居に造詣でもあったのか……」

 リアンに追従するようにアートンが質問するも、またにらまれてしまい口ごもる。

「芝居のことなんて、知ってるわけないじゃん。……これよ」

 リアンの問いに、アモスはポーチから一枚の紙切れを出してくる。

 折りたたまれた紙を広げるアモス。

 その紙は、劇団のポスターだった。

 フォール王家を題材にした演劇らしく、中央には大きく描かれた主演女優と男優が抱き合う姿が描かれていた。

 タイトルの下に、エングラス王立劇団の文字が見える。

 リアン、バーク、アートンの三人が、不思議そうにアモスの広げたポスターを眺める。


「朝、散歩してたら見つけたのよ」

 アモスがポイと、ポスターをバークに投げつける。

 慌ててポスターを受け取るバークが、怪訝な顔をする。

「エングラス王立劇団? おまえがいってた、劇団のものか?」

「宿の人が、すごい有名な劇団らしいって、いってましたけど……」

 リアンがいうと同時に、バークがあることに気がつく。

「公演は、もうとっくに終ってるじゃないか」

 半年前に終わった公演日を目にし、チラシをくまなく確認しながらバークがいう。


 アモスは、ため息をひとつ漏らす。

「もうっ! 公演日だとか関係ないわよ……。見るのはそこじゃなくて、こいつよ! ほんと節穴ね、うちの軍師さまは! この主演女優を、よく見てみなさいよ!」

 そういってアモスは、チラシに描かれている主演女優を指で弾く。

「女優?」

 バークたちが同時に首をかしげて、ポスターに描かれた女優の顔を見る。

「どう思うよ? この女?」

 アモスにそういわれて、バークは考え込む。

 リアンとアートンも、アモスのいわんとすることがよくわからない。


「どう、っていわれても……」

 バークが困惑したようにいう。

「不細工じゃんっ!」

 すかさずアモスが、そうハッキリと断言する。

「はぁ?」

 バークたちは、アモスの言葉の意味がわからず唖然とする。

「どう見ても、厚化粧のケバいババァじゃない」

 アモスがまた、女優の絵を指でパンパンと弾く。

 アモスのいわんとするところは、なんとなく理解できるが、バークたちは真意まではまだわからない。

「……で?」

 バークが、ポカーンとしてアモスに訊き返す。

「おいおい、あんたその反応本気かよ? ったくよぉ! ヨーベルのほうが、段違いで可愛いでしょ?」

 アモスはヨーベルを探すが、ヨーベルは今室内を散策中で、姿を見つけられなかった。

 ヨーベルの姿を探すのを諦めたアモスが、さらに言葉をつづける。


「あのバカのが、このババァよりもさ!」

「し、か、も……」と、意味有りげにニヤリと笑う。

 そして、ベッドの上に肩肘をついてアモスが横たわる。

「あたしでも、全然余裕で勝ってるじゃ~ん?」

「だ、だから……?」

 バークがさらに、混乱したようにアモスに聞く。

「だから? じゃないわよ! あんたやっぱ、予想以上に頭悪いでしょ? パーティーの真性バカ枠は、アートンとヨーベルだけにしてよね! あんたまで、ここまで鈍感だとは思わなかったわ!」

 アモスの言葉に、アートンとバークは困惑するしかない。

「あ、リアンくんは、別よ~」

 リアンのフォローだけは、アモスはすかさずする。

 ここでアモスがもう一度上体を起こして、バークたちに向き直る。

 ベッドの上で、あぐらをかくとキッパリという。

「だぁからっ! こんなブスでも、女優になれんだったら。うちらだって、女優名乗ったって、問題ないでしょっ!」


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演劇をディスってるわけではありませんので。

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