16話 「偽りの一団」 前編
「そこの一見イケメン風のバカが、大事な全財産をなくしちゃったのよ! 旅の全財産よ! 全財産!」
塞ぎこんでいるアートンを指差して、アモスが糾弾するように結論をいった。
言葉をこれから選んで、慎重に話そうと思っていたバークの考えなど、無視したアモスの発言だった。
アモスの発言に、従業員と宿の主人バッツが同時に驚く。
同様に、バークも驚いてアモスの顔を見る。
「た、旅のお方なんでしょ?」
「これから、どうされるんですか?」
「あてはあるのですか?」
バッツと女性従業員ふたりが、驚いて声を上げる。
「それがなくってさ! 昨日は、それで大ゲンカよ! これからどうすんだ! ってね!」
アモスの語気が、荒くなってきそうなのを察した隣の席のリアンが、いつでもなだめられるように待機している。
リアンにしても、アモスがこういう切り出しをするとは思ってもいなかったので驚いていた。
「でもほらっ! 表にあった求人に、けっこういい日雇いの仕事がありましてね! 今日はそこを、当たってみようかと思っているんですよ!」
アモスが本格的に激昂する前に、バークはすぐに対策を披露した。
昨日表でメモった求人票を、アートンから受け取りバッツに見せる。
「それは大変だ……」
バッツはメモをのぞき込み、バークたち一団を眺める。
「まったくですねぇ……」
女性従業員も、バークの手にした求人をのぞき込んで、心配そうにいう。
「でさぁ、ご主人?」
いきなり聞こえた、アモスの妖艶な声にバッツが超反応する。
「あたしたち、この街に何しに来たと思う?」
どこか挑発的な口調のアモスに、バッツの中の下衆な琴線が触れる。
アモスはバッツに向き直り、ニヤニヤとしながら怪しげな笑顔を見せる。
そのアモスの表情に、バッツの下心がさらに刺激される。
さらにアモスは昨日までと違い、いつの間にか胸の谷間がハッキリ見えるようなシャツに着替えていた。
そして座ったまま、主人に対して、その胸元を見せつけるような仕草をする。
「えっ?」
宿の主人は、明らかに下心を露骨に表した顔になり、アモスの顔と胸元に注目する。
「サ、サイギンに、観光されに来たのではないのですか?」
若干興奮を抑えきれない口調で、バッツはアモスに尋ねる。
「なんだよ、いきなりそのミニクイズは?」
空気の読めないアートンが、怪訝な顔をしてアモスにいう。
「バカは黙ってなっ! 誰のせいで、こうなったと思ってんだよ! 責任感じてるなら、パンしゃぶったまま黙ってろ!」
刹那、当然のごとくアモスはアートンにまくし立てる。
唖然とするアートンと、驚く従業員のオバチャンふたり。
怒号で沈黙が訪れるより早く、アモスは再びバッツに怪しい声で語りかける。
「ねぇねぇ? どうしてだと思う? この街に来た理由よ」
アモスのいきなりの問いかけに、バッツは困惑する。
「な、何故でしょうか?」
「なんでもいいからさぁ、予想で答えてみてよ」
アモスが怪しい口調で催促する。
「す、すみません、ちょっとわかりません……」
本当に解答が見つからないバッツが、申し訳なさげに頭をかく。
「んもうっ! ボケてもいいから、せめて何かいいなさいよね」
アモスの無茶振りに、バッツがしゅんとして謝る。
「実はね、あたしたち“ 旅の劇団員 ”なんだ」
いきなりアモスが、そんなことをいう。
アモスの言葉に、その場にいた全員が固まる。
「おおっ!」
バッツと女性従業員は妙に納得してる感じだが、リアンたち一行は、突然のアモスの虚言に困惑する。
何かいいたげなバークとアートンに、先制してアモスは鋭い視線を送りつけ黙らせる。
バークとアートンは何もいい返すことができない。
「実は、このことはさ、黙ってろ、っていう話しだったんだけどね。どっかのバカのせいで、状況変わったもんだからね」
そういうや、アモスは椅子から立ち上がる。
「いいっ? 作戦変更よっ! っていうことで、あたしの提案聞きな!」
アモスは、勝手に話しを進行させていく。
まずアモスは、歩いてヨーベルの後ろまでいく。
「ほら、見てよ! いい女でしょ? 頭はかなり弱いんだけどね!」
そういってポカポカと、ヨーベルの頭をチョップする。
乱暴なアモスの行為だが、ヨーベルはまったく嫌がっていない感じだった。
「この娘がうちの看板女優よ! だから顔、傷物にされなくて、ほんと運が良かったわ」
「そっちのバカも、見た目だけいいでしょ? 中身は粗大ゴミなんだけどさ!」
アートンを指差して、アモスは最大限にバカにしたようにいう。
アートンが何かいおうとしたのを、慌ててバークが止める。
「まあ、ここはあいつに……」
アモスなりに、何か策があると察したバークが、ここは彼女に任せてみようと思ったのだ。
次にアモスは、状況に戸惑いつつも、パンを食べているリアンを指差す。
「こっちの可愛い子は、うちの子役なのよ」
リアンはアモスの突然の設定にむせて、食べていたパンを吐きだしそうになる。
「あたしら、エングラスにある“ 王立劇団 ”ってのに、参加する予定だったのよ」
アモスが、そんなハッタリをさらりといってのける。
エングラスとは、フォール王国の王都でこの街のはるか南にある都市だった。
王立劇団というものの存在は、一行ではバークを含め誰も知らなかったが、宿の人間は知っているようなリアクションだった。
「ほうっ! エングラス王立劇団ですか!」
「それはすごい!」
バッツと女性従業員が驚嘆の声を上げる。
「でしょ?」
バッツの反応を見て、アモスが満足気にうなずく。
そしてアモスは、つかつかと宿の主人の元まで歩いていく。
「でねぇ……」
ここでアモスは甘えたような声を出し、主人の胸元に指を差して、円を描くような仕草をする。
「その旅の途中にぃ、そこのゴミクズがさぁ。大事な全財産、なくしたわけよぉ」
もう何も、アートンはいい返すこともしない。
好きにしてくれと思い、無言で食事を再開していた。
「でっ! しばらくこいつが、責任とって日雇いで働くんだけどさ。その間の、住む場所がないのよぅ」
アモスが上目使いで、主人に訴えかけるような視線を投げかける。
「ああ、なるほど! それで橋の下で一晩……」
バッツがアモスの言葉で、この一団の現状を納得したようにいう。
「ねえ~?」
アモスが、今まで聞いたことのないような怪しい声を出す。
「娘の行動の件を、悪いと思うならさぁ。出世払いってことにしてぇ、しばらくここに厄介させてよ? あたしらを、助けると思ってさぁ」
ここでアモスが本題に入る。
アモスの言葉を聞いて、彼女の狙いに気づき、バークもなるほどと納得はしたが、どこか釈然としない。
しかし今ここで口を挟めば、彼女の逆鱗に触れるのは間違いないだろう。
仕方なしにバークは、何もいわないことにした。
「そ、そうですね……」
難色を示すようなこともなく、すでにバッツの心は決まっているかの感じだった。
鼻孔がフガフガと開き、興奮したようなバッツは、アモスの魅力にもう籠絡されているかのようだ。
アモスという女性も、その凶暴性さえ知らなければ、いたってレベルの高い美女なのだ。
「サインとかいっぱい、残していってあげるからさ! ほら、ヨーベルもお願いしなさい」
「さっそく、紙とペンを用意してください!」
アモスの言葉に、まったく躊躇せずにヨーベルはうれしそうにいう。
なんだかアモスのハッタリのおかげで、あっさりと宿にタダで宿泊できるような展開になってしまった。
宿の主人がミーハーなのか単なる女好きだからなのか、アモスの言葉で簡単に宿泊を許可してくれたのだ。
あと、娘の狼藉の件の負い目も、関係していたのだろう。
「じゃあ、あとで色紙お持ちしますね。わたくし、ファニール亭の主人のバッツと申します。これからしばらくの間、みなさんのこの街での滞在を、お助けできることを光栄に思いますよ」
バッツはすっかりアモスのハッタリを信じこみ、下心も手伝ってリアンたち一行の部屋を用意してくれた。
完全に騙すことになるが、バークはいちおう稼いだ収入を、きちんと宿代として支払おうと内心決めていた。
そのことを今口にすると、アモスの機嫌が悪くなりそうだから黙っていたが、アモスのおかげでとりあえずスムーズに宿が確保できた事実は感謝しておこうと思った。
「劇団員だったのですね、納得のお顔立ちですわよぉ」
アートンを気に入ってる女性従業員が、さっきにも増してチヤホヤしている。
それを見ながら、バークはなんで劇団なんて設定にしたのかを、あとで問い質しておこうとも思っていた。
アートンは困惑しながら、アモスの嘘に合わせるようだった。
引きつった笑顔で、適当な返事を女性従業員に返していた。
「実はうちの娘もねぇ、小さな劇団に所属しているんですよぉ」
女性従業員のひとりが、アートンにそんな身の上話しをする。
「食えるかどうかわからないですけど、一生懸命頑張っているものですからねぇ。親としては、止めろともいえなくてねぇ……」
アートンとバークは適当に相槌を打って、女性従業員の話しに合わせる。
「こもりがちだった娘が、あんなにも元気になったのを見たらねぇ」
女性従業員の、劇団に所属している娘の話はまだつづいていた。
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