12話 「危険海域」 前編

 調理場に戻る途中。

「今日は無礼講だ~!」という船員の叫びが聞こえる。

 ズネミンが船員たちにも食事や酒を振る舞い、自由にさせているという。

 今日当番の見張りは、きちんと仕事をするが、明日は同じように無礼講になるそうだった

 リアンとスイトが、ヨーベルを伴って調理場に帰ってきた。

 ヨーベルの顔を見て、まずテンションが上がる料理人たち。

 次に、リアンの顔を見て気がつく料理人たち。


「スパス氏との会話は、意外や好感触だったようだね? リアンくんの顔を見ればわかるよ」

「本当だな、何も嫌味なことも、いわれなかったのかい?」

 口々に料理人たちがいってくる。

「さすがだなぁ、あの嫌なヤツとも仲良くなれるなんて、ほんとスイト副船長同様、いい交渉役になりそうだ」

 料理人たちが、驚いてリアンを褒める。


 その後リアンも、料理の盛りつけを手伝う。

 ヨーベルもうれしそうにメモを取りながら、盛りつけを手伝っている。

 でも、一番うれしそうなのは、ヨーベルを身近に感じられる料理人たちのようだった。

 完成した料理を、それぞれの部署の船員が取りにくる。

 今日は無礼講、食事も好きな場所で食べていいとのことだった。

 甲板や艦首付近が、人気スポットになっているようだった。

 船中に宴の歓声が響いていた。


 リアンはヨーベルと一緒に、食堂にいた洗濯係のオバチャンたちに料理を届ける。

 その際に、リアンはもらった飴玉をスパスさんも、よろこんでいたといおうとした。

 ところが……。

 ひとりのオバチャンが先ほど、スパスがこれ見よがしに飴玉を海に捨てるのを見たという。

 びっくりしてリアンは言葉を飲み込む。

 ここからスパスへの、悪口合戦が始まる。

 オバチャンたちからのスパスへの評判は、すこぶる悪い。

 さすがにリアンは心苦しい。

 ついさっき、彼の本当の姿を見てしまったので、なおさらだった。


「ここまで、嫌われるのはすごいですね~。ここの人たち、ほとんど悪口、普段いわないのですよ~」

 ヨーベルも小声で意外そうにいってるが、顔が笑ってるのが気になる。

 スパスが、飴玉に見せた反応をリアンは思いだす。

 あの時、すごくよろこんでくれたのは、嘘には見えなかった。

 そこからお子さんの話に繋がり、話題がふくらんでスパスは飴ももらってくれた。

 そう考えてると、「あっ!」とリアンは思う。

 きっと仲良くなれないから、最初からワザと嫌われるような行動を、とっているんだろうと。

 なんとなくだが、そういった心理がリアンには理解できてしまう。

 ただの憶測でもあるのだが……。


 オバチャンたちのスパスの悪口を聞きながら、本当はあの人も、寂しいってことをいおうかと思ったが、リアンは我慢する。

「話さないでくれ」という、スパスとの約束を優先したのだ。

「スパスさんは、アモスちゃんからも嫌われているようです~。アモスちゃんに嫌われるのだけは、なんか避けたいですね~。くわばらくわばらですよ」

 ヨーベルが帰り際、いきなりこんなことをいう。

 スパスがこもってくれてたから、アモスとの衝突も避けれたと思うと、リアンは複雑な感情になる。


 バークが、ズネミンのいる操舵室にやってきた。

「気になることが、あるんだよ。ふたりで話せないかい?」というバーク。

 ズネミンは、バークの神妙な表情を見て、操舵を部下に任せ彼を応接室に通す。

「実はな……、今日、船員から妙なことを聞いたんだよ」

 バークが、いいにくそうに口にする。

 そのバークの態度を見て、ズネミンは彼のこれからいわんとすることを、なんとなくだか察することができた。

 だが、ズネミンもバークから訊いておきたいことが、ひとつあったりする。

 そのタイミングは、まずはバークの話しを聞いてからにしようとズネミンは決めた。


 この船は、オリヨルの怪獣が出没する可能性のある、危険海域を通っているのでは? バークがいってきたのは、そんな話しだった。


「オリヨルの怪獣が出てくるという、噂の海域だ。どうしてそんな危険海域を?」

 バークは黙っていたことに対しては、怒っている感じはない。

 何かしら事情があると思ってくれるタイプの人間なのだろうと、ズネミンは推察する。

「その事情を説明して欲しいんだ、できたらでいいんだが……」

 いつになく真剣なバークの表情だが、どこか押しが弱腰な気がする。

「こっちにはリアンやヨーベルといった、守ってあげなきゃいけない人間がいるんだよ。せめて、その理由だけでも教えてくれないか? それとも、バケモノに襲われないっていう確証があるのかい?」

 バークが、ズネミンに声を潜めて尋ねる。


「そんな確証なんてないよ。嘘の航路をおまえに教えたんだ、最初から黙ってる気だったんだよ。よくも気づきやがったな、ハハハ」

 ズネミンはソファーに深く腰掛け、天井を仰ぎ見つつ乾いた笑いをする。

 諦めたようにズネミンがため息をつき、バークに向き直る。

 その表情を見て、バークも気を引き締める。

「契約なんだよ」

 ズネミンがキッパリという。

「スパスというか、クルツニーデとのな」

「契約?」

 バークが神妙な顔で復唱する。


「例のスパスっていう男より、上のとこからの命令なのかい?」

 バークはスパスという、どこか吸血鬼を思わせるような、容姿をした男を思いだす。

「なんかこちらを、よく観察していたりさ。挙動不審な奴だと、俺もアートンも警戒してはいたんだ」

 しかし、ズネミンの手前、何も接触しないようにしていたのだ。

「あの男については、話しにくいことが多くてな……」

 ズネミンが頭をかきながらいう。

「いや、なんとなくだが、ワケありなのは感じていたよ。いいにくいなら構わないよ。ただ、危険な海域を承知で、そこを進むのには、何か理由でもあるのかな? って思ってね。徐々に気づきだしてる船員も多いし、対応を誤ればパニックになるんじゃないか? って危惧もあってね」

 バークはそういってから、チラリと海図を眺める。

 最初教えてくれた航路より、思い切り北側を突っ切って、迂回のうの字もない航路をズネミン号はとっていた。

 地図にある、オリヨル海の文字が、無機質な恐怖を感じさせる。


「あの男の要求でね……。どうしても積み荷を、急ぎでサイギンに届けたいみたいようでな」

 ズネミンが、忌々しげにスパスの顔を想像しながらいう。

「急ぎで、ですか……。ということは、よっぽどな積み荷なんですね? なんか船倉に陣取って、厳重にガードしてるって話しだし」

 バークが、いろいろな人から聞いた情報を再確認する。

「航路は通常……。オリヨル海域をこう、迂回するように進行するのが普通なんだよ」

 ズネミンがオリヨル海域を避けるような感じで、通常航路を指でなぞって示す。

「しかし、それだとサイギン到着まで、相当遅れるんだよ」


「そこで、ここを一直線だ!」

 地図に記されたオリヨル海域を、ズネミンは一気に指でなぞる。

「俺も普通なら、こんな危険な航路は取りたくないんだがな……」

 片手でヒゲをなでながら、ズネミンがやや不服そうにいう。

「しかしこれが、依頼主たっての希望でな。しかも、その件理解した上で、俺もこの仕事を受けちまったわけだからな。全責任は俺にあるってのが、正直な話しで、スパスの野郎やクルツニーデを恨むのは、筋違いなんだってのは理解してるよ」

 ズネミンは眉を下げ、妙に弱気なことをいってくる。


「あと、早い話、これも良くてな」

 ズネミンが手で金のマークを示す。

「君らを、危険に遭わせる可能性があることは、もちろん自覚していたよ。話さなかったのは、不安にさせたくなかったからさ」

 申し訳なさそうに、ズネミンがバークにいう。

「いや、黙っていたことを、責めているわけじゃないんだよ。こっちだって危ないところを、救ってもらった身だからね。文句をいえた筋合いじゃないから」

 バークが慌ててフォローする。

「俺の、予想は的中したが……。そのことを、リアンたちに話すべきか悩んでいるところさ。彼らもオリヨルの怪獣のことぐらい、聞いたことはあるだろうからな。怖がらせてしまうのも可愛そうだ」

 バークが悩みながらいう。

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