11話 「不揃いの飴玉」 後編
以前話したが、この世界には、一度滅んだ文明がすでに存在しているらしい。
現代の文明は、その滅んだ文明のあとに存在し、違うスタート地点から新しい歴史を紡いでいるという世界観になっていることを、大前提として再度お伝えしておこうと思う。
「それが、どういうわけだか……」
そういった途端、スパスはここで口ごもる。
突然の沈黙に、リアンも狼狽する。
そこでリアンが思いだす。
「僕の友人も遺跡マニアがひとりいて、クルツニーデに入りたがっていました。でも……、学校の成績は僕といつも下位競争、体格も同じぐらい貧弱、かなり難しい……。、ですよね?」
リアンは度々話題に出す、クルツニーデ好きの友人の話しをした。
スパスの話を聞くと、彼がクルツニーデで大成する未来どころか、入ることすらままならない感じすらしてしまう。
「そうか、残念だろうけど、奇跡が起きて入れたとしても、雑用しか回ってこないだろうな。花型の遺跡調査やミアド技術開発は、相当エリートしかできないからね」
ここでスパスは「ミアド技術」といった。
ミアド。
この技術は、ニカ研が開発したニカイド技術に対抗して作られた、クルツニーデの名を世に広めた、競合廉価技術だった。
出力や用途はニカイドにまだまだ劣るもの、安価でニカイド製品に似たモノを、生みだすことができるのだ。
ニカ研にとって、ミアドの技術の追従と進歩は脅威そのもので、クルツニーデを最大のライバル企業として見ているほどなのだ。
そのため、企業間でも仲が悪く、特許を巡り訴訟合戦が現在進行形で横行しているのだ。
「今からでも、クルツニーデ行きは、止めた方がいいかもしれないな。夢と現実は、違いすぎるからね……」
スパスが悲しそうにそういう。
「そういう子はむしろ、在野の研究家になればいいんだよ」
「……在野ですか?」
スパスのアドバイスを、リアンは復唱する。
「クルツニーデなんて権威に固執せず、独自の研究を進めればいい。それで大物になったギュビンやマイム、パジェン一味なんて冒険家もいるぐらいだよ」
なるほどと思い、リアンはスパスの話しを興味津々で聞く。
確かに、遺跡は発見されたらクルツニーデが強制的にその管理下に置くのだが、未発見のモノについては自由に探索しても大丈夫なのだ。
宝探し感覚の冒険家が、遺跡を発見してクルツニーデに売りつけ、名声を得るという事実も存在しているのだ。
先ほどスパスがいった三者は、多くの遺跡を発掘して莫大な富と名声を得た人物たちだった。
ギュビンは野心家で、クルツニーデに迎えられ、もっと上を狙っているタイプらしかった。
一方のマイムは、冒険者として莫大な富を稼いだので、半ば引退してるらしかった。
エンドール南部のトースロン地区の遺跡は、パジェン一味の独壇場で、彼らに憧れて同じ道を歩む命知らずも多いという。
さらにいえば、名前の売れてない在野の研究家など、腐るほどいるのが、この世界の考古学なのである。
ここでまた、スパスが急に寂しそうな顔になる。
「君はフリッツに、向かうはずだったんだっけな?」
何故か当初の目的地を知っていたスパスは、リアンの顔を見ずに訊いてくる。
「そのはずだったんですが、サイギンに向かうことになっちゃて……」
陸路で帰ることになりそうなことを、リアンはスパスに説明する。
これは、先日バークが説明してくれた帰路案だった。
「陸路? というと、サイギンからマイルトロンを横断する形で帰る気かい?」
「ええ、相当大変な冒険になりそうです……」
驚くスパスに、リアンが照れ笑いを浮かべながらいう。
面倒な帰路で、大人たちの責任は重大なのだが、リアンはどこかその冒険を楽しみにしているのだ。
なので、自分では気づいていないが、自然と笑みになるリアンなのだ。
「サイギンに着いてから、まずクウィン要塞を目指して、旧マイルトロン領に入る予定なんですけど」
「クウィンでは、泥沼の攻城戦が半年はつづいてるな、これが終わるまで、とてもじゃないが、クウィンには行けないぞ」
リアンが以前話してくれた、バークの帰路案を説明すると、スパスが眉をしかめてクウィン攻城戦のことを話す。
クウィン攻城戦は、半年に渡る長い戦いだった。
マイルトロン王国の首都を占拠した直後、エンドール王国はグランティル西部の、フォール王国にも宣戦布告した。
しかし長い間、この要衝を落とせずにいるのだ。
地の利を生かしたクウィン要塞は、徹底的にエンドールの大軍勢を撤退させつづけてきたのだ。
しかも、フォールとの戦争は大義名分に乏しく、エンドール国内からも厭戦感情が噴出、長期化にいたり、さらに戦況は悪化しているのだ。
エンドールにしたら、マイルトロン王国を滅ぼした勢いで、一気にグランティル地方の完全制覇を目論んでいただけに、想定外の苦戦だったのだ。
クウィンでの戦が終結するか、停戦が行われるまで、おそらくリアンたちはサイギンに足止めの可能性が高かった。
クウィン要塞を通らなければ、フォールからマイルトロン領に入るのは、ほぼ不可能なのだ。
「帰るのは遅れちゃうけど、みなさん良い人ばかりだし、まあ、いいかな? なんて思ってます。無責任な思いだとは、わかってはいるんですけど……」
リアンが、とても申し訳なさそうにいう。
すると、リアンはとんでもないモノを見て驚いてしまう。
スパスの目から、涙が流れているのを発見したのだ。
一筋の涙に、リアンは狼狽してしまう。
「いや、いろいろ大変かもしれないですけど、仲間がみんな良い人たちばかりなので」
慌ててリアンがそういうが、スパスの涙は止まらない。
「すまない、本当にすまない」
何故かスパスが、謝罪の言葉を繰り返す。
「えっ? 僕、何もされてないですよ……」
リアンは困惑して、泣きつづけるスパスをなだめる。
最初は、スパスという人物にこちらが泣かされることも、リアンは覚悟していた。
しかし、どういうわけだか、当のスパスが涙を流しているのである。
「そ、そうだ、甘いモノはお好きですか? こ、これなんてどうでしょう? ジャルダンでもらった飴玉です。そこの怖い副所長さんがくれたのとかがありますよ。さっき洗濯所でもらったのも山程あるし、ポーチがパンパンで大変で」
リアンは声を上ずらせ、必死に話題を飴玉にしようと努力する。
「ひとりじゃ食べきれないから、いくつかさし上げますよ!」
リアンは不揃いな飴玉を、いくつかテーブルの上に置く
「あの、僕そろそろ、帰ったほうがいいでしょうか? それとも、もう少しお話ししていましょうか?」
リアンはスパスにそう語りかける。
「あっ! そうだ! スイトさん呼んで、話を聞いてもらうのもいいかもしれないですよ? すぐ近くにいらっしゃいますから。あの方でしたら、話しやすいんじゃないでしょうか?」
スパスは首を無言で振る。
「いや、すまない……。感情が思わず、高ぶってしまった」
スパスが涙を拭くためにタオルで、顔をゴシゴシとこする。
「こんな場所に、閉じこもっていたら無理もないですよ」
といってしまってから、失言かと思ったリアンだがスパスは笑っていた。
「本当だよな、何を閉じこもって、いい大人がやっているんだろうな。せめて……」
スパスは、ここでまた口ごもる
「リアンくん、きみにはあとで重要な話しをしたいんだが、いいだろうか?」
いきなりそうスパスが提案してきたので、リアンは驚く。
「今は、無理なんですか?」
「すまない、ちょっと準備があってね、今すぐというわけには」
「ぼ、僕にしか、ダメなんですか?」
リアンはやや不安そうに訊く。
「きみに……、とって今後重要でもあるし、そう、仲間にも重要なんだ」
「みんなにもですか?」
「ああ、帰路についてのね、だから、このことはもう少しだけ、黙っててくれるかい? 絶対に、悪いようにはしないから」
スパスが、まるで懇願するようにいってくる。
「わ、わかりました。じゃあ、お呼びがかかるまでは、内緒ということで」
リアンは、ヨーベルがよくしていた、人差し指を口の前に立てるアクションをした。
「ありがたいよ。いろいろ、みっともないところを見せてしまった……。船員たちも君の仲間も、スパスは気持ちの悪いヤツ、というキャラのほうが安心するだろう」
スパスがそう自虐的に笑う。
「わ、わかりました」と、仕方なしにリアンは納得するしかなかった。
もしクルツニーデの協力があれば、帰路の際に何かと便利と思い、リアンはスパスの提案を飲んだのだ。
ひょっとしたら、協力してくれる知人を紹介してくれるかもしれない。
そうなったら、きっとバークやアートンたちの負担も軽くなるだろう。
「じゃあ、お食事冷めないうちに、食べちゃって下さい。とっても美味しいですから」
そういって、残った前の料理をリアンは持って帰ろうとする。
「ここの料理は上手いな、本当に楽しみのひとつだよ。たまたま今日は体調が悪くてね、昼は残してしまい申し訳ない」
噂で聞いていたとは思えないほどの、良い人そうなスパスの受け答えだった。
「スイト副船長にも、いろいろ面倒をかけたしな……」
まるで過去を後悔するような、物言いをするスパス。
こうしてリアンは、スパスとの面談を終えた。
スイトのところに戻ると、彼と一緒にヨーベルがいた。
その場で、ヨーベルは料理のレシピをまた習っていた。
この船では、ヨーベルはとてもよく働いていた。
朝から夕方まで洗濯しつつ、合間に船員たちの慰労に努め、夜は料理の練習までしているのだ。
実は彼女、本当はすごいポテンシャルの持ち主なのかも知れないなぁと、リアンは思ってしまう。
「環境が人を駄目にする」という言葉があるが……。
「ジャルダンでのヨーベルは、ああ成るべくして、なったキャラだったのかもね。彼女、本当はすごい働き者の賢女なのかもしれないね」
リアンは、そんなことを思いながらふたりに近づく。
スパスも最初から船員と交流してたら、少しはキャラが変化していたかもしれなかった。
話した印象が、前評判とは違いまるで悪くなかったので、リアンはもったいないなぁと思ったりするのだ。
「僕もこの旅を通じて、いろいろ変われるといいな……」
そんなことを思い、スイトとヨーベルにリアンが声をかける。
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