11話 「不揃いの飴玉」 前編
リアンは、たまたま立ちよった洗濯係のオバチャンたちから、また飴玉をもらっていた。
かなりの量で、リアンは面食らう。
礼をいい話し合っているうちに、リアンの顔色が悪くなってくる。
ヨーベルは仲間の洗濯係から、飴玉を時々もらっていたのだが、それを食べたふりをして貯め込んでいたらしいのだ。
ヨーベルが忘れていった小袋を届けようとしたら、元からボロい小袋の底が破れ、中から飴玉がドサドサ落ちてきたのだという。
「荷物を改めるようなことしちゃって、こっちも悪いと思ってるの」
「そうね、こんなのでせっかくの彼女との関係、潰したくないからねぇ」
ズネミンの奥さんの洗濯室長が、結構気にしている感じだ。
リアンも、人間関係が悪化するのは些細なことがきっかけだということを、理解していたので穏便に解決したいと思っている、オバチャンたちの思いを受け止める。
「彼女は船のアイドルだしね、嫉妬とか感じるほどわたしらも若くないからね」
「彼女の機嫌を損ねるほうが、なんか怖いわ。だからリアンくん、このことは内緒にね」
「飴玉も捨てるのもったいないし、せっかくだからリアンくんにあげるわよ。甘いモノは大丈夫?」
「僕は大丈夫ですよ」
リアンはそういい、飴玉をポーチにしまう。
けっこうな量だったので、ポーチに入りきるか不安だった。
これは少しずつだけど、食べていかないといけないなと思いながら、ポーチに飴玉を詰め込む。
「ヨーベルちゃん、やっぱり太るの気にしてか、食べなかったんでしょうね」
「砂糖の塊だからね、アハハ」
「わたしらみたいに、彼女はまだ女捨ててないピチピチギャルだからねぇ、ウヒャヒャ」
オバチャンたちは笑顔で笑いながら話すが、ヨーベルはかなり失礼なことをしている。
もらって食べる振りをして、貯め込んでいたのだから不興を買う失礼な行為だ。
「リアンくん、気にしなくていいよ。あの娘、年頃の女の娘だしね、あたしらみたいな姥捨て連中とは違うわよ。その辺考慮せず、勝手な好意であげていたからね」
リアンは、ポーチに貯まった飴玉を見つめて再度謝る。
そこにスイトがやってくる。
「みなさん、食事の用意ができたので、移動どうぞ」
「あら、もうこんな時間なのね、じゃあヨーベルちゃんと入れ違いになるかもね」
スイトの勧めで、オバチャンたちが移動を開始する。
ちなみに、ヨーベルは日替わりで船員たちと一緒に、食事を摂ってあげているのだ。
ズネミンが、ヨーベルにお願いした特別な奉仕として、ムサい船員たちとの食事の相手をするというのがあったのだ。
そんな慰安行為にアモスは最初反対したが、リアンの説得で結局折れた。
ヨーベルは洗濯係としての労働力よりも、船員との交流面でのほうが役に立っているのが現状だった。
なんだかんだいいながら、アモスも時々ヨーベルと船員たちとの食事を、楽しんでいるようではあった。
何をしても女神のように崇められるのだから、さすがのアモスも気分がいいのだろう。
飴玉の一件も、理解のある優しい女性たちばかりだったので、大事には発展しそうになかった。
リアンは、ほっと胸をなで下ろす。
リアンは洗濯所を出て、スイトと一緒にスパスの食事を運ぶ。
一度やってみたいと、渋るスイトに食事運びをリアンが志願してみたのだ。
今のリアンは、いろんな人と接してみたい、という気分だったのだ。
内向的だった性格のはずなのに、ここにきてリアンはいろいろ心境の変化があったのだろう。
船内での評価は最悪のスパスだが、一度ぐらい食事を渡すという接点を、設けてみたいと思ったのだ。
リアンにとっては、けっこうな冒険気分でもあった。
「どう嫌な人なのかっていうのを知っておくのも、いい勉強かもね?」
仕方なしにスイトが笑うと、ついに折れてリアンに任せることにした。
「自分は、リアンくんの社会勉強の邪魔をしちゃ悪いから、影で見守らせてもらうよ。殴りかかるなんてことはないだろうが、気が立って常にイライラしている精神状態だからね。いちおう、すぐに助けに行けるようには、待機しておくから安心して」
まるでスパスという人物を、スイトは凶暴な異常者のような感じで見ている。
リアンはやや面食らうが、悪評が独り歩きすると、ここまで行くんだなと思った。
スパスは船に乗り込んでから、ずっと自室に閉じこもり誰とも交流を持たなかったらしい。
どうしてそんな評価を下げるようなことを、自分からするのか? 性格なのか? 仕事に不満があるからなのか?
リアンはその辺り、うまく知れたらいいなと、若干スパスの心に踏み込む気で面会するつもりでいた。
スイトが知ったら、配膳を中断させていたかもしれない行為を、彼はしようとしていたのだ。
こうしてリアンは、スパスに食事を届けにいく。
スイトは、すぐ側の角から様子をうかがっている。
部屋をノックすると、「開いている、置いたらすぐ帰れ」という取りつく島もない言葉が、ドア越しに飛んでくる。
リアンがドアを開けるとスパスは、一心不乱にスフリックの神に祈りを捧げていた。
スフリック教は、「北の帝国」で信仰されている世界三大宗教のひとつだった。
歴史の浅いオールズ教とは、まったく規模も宗派も違う教団だった。
あまりにも真剣そのものだったので、リアンは声をかけるのをためらう。
多少何か話しができたらと思っていて、怒鳴られるのも経験かと思っていたのだが、祈りに集中しているスパスはリアンをいっさい見ない。
しかも、スパスの祈りと部屋に用意した祭壇の規模から、けっこう熱心な信者であることがわかった。
祈りを中断させたら、怒られるかもという感情より、申し訳ないという気持ちが先に立ってしまうリアン。
黙って、そうっとテーブルの上に食事を置く。
そして、食べ残しが多い前回の配膳を手に取る。
するとその時運悪く、リアンのパンパンに膨れ上がったポーチから、飴玉が一個落ちる。
タバコの煙と、宗教儀式に使うお香の匂いで充満した部屋に、カツーンという音が響き渡る。
その音でスパスが、キッとリアンの方向をにらんでくる。
スパスの痩せこけて、眼窩のくぼんだ凶気すら感じさせる目にリアンは、一瞬息が止まる。
と同時に、「すみません!」とリアンは深く頭を下げていた。
その瞬間、ポーチからバラバラと、洗濯所でもらった飴玉が一斉にこぼれ落ちる。
リアンは狼狽しまくる。
すると、ハハハという、意外な笑い声が聞こえてくる。
なんと、スパスがリアンの醜態を見て笑顔になっていたのだ。
あまりの予想外の反応に、リアンは驚く。
「ハハハ、きみか、いつものノッポじゃないんだな?」
スイトのことをいっているのだろうが、スパスの声は妙に優しい。
伝え聞き、思い描いていた悪評をまるで感じさせない、スパスの態度にリアンも困惑しつつ、地面に落ちた飴玉を拾う。
「飴玉か、息子が好きだったな、このタイプ……。イチゴとは思えんイチゴ味を謳っていた飴玉だが、この妙なキャラクターが好きだったようだよ」
スパスがそんなことをいい、飴玉の包装紙に描かれたイチゴとウサギを合成したようなキャラクターを見せてくる。
「あ、僕もその飴は甘すぎて、ちょっと苦手でした……」
リアンが引き笑い気味にそういい、飴玉を拾ってくれているスパスに礼をいう。
スパスの態度の温和さから、意外と普通に会話が可能なんじゃないかと、リアンは思う。
みんな、あまりにも彼のことを悪くいうし、スパスも部屋にこもったきり出てこない。
きっとすれ違いで、誤解が生まれていただけなんじゃという、期待めいた感情がリアンの中に湧いてくる。
「今日のはオリーブオイルで煮つけた、ちょっと酸っぱめのイワシの煮物です。小骨はけっこう頑張って取りました。お酒のおつまみにもいいかと」
リアンが料理の説明をする。
「ほう、なるほど、いい匂いだな」
スパスが、嫌な人物だという悪評をまるで感じさせない態度で、料理の匂いを味わう。
「これなら酒が進みそうだ、ありがとう」
礼までいってくれる、本当に船員たちの悪評は正しいのか、リアンにはわからなくなってくる。
そこで、リアンはテーブルの上に絵葉書があるのに気がつく。
家族と写った写真で、父母、息子ひとりに、祖母が抱く孫ひとり。
幸せそうなスパス一家の、家族写真そのものだった。
その中に、自分と容姿が似た少年が居ることに、リアンが気づく。
「リアン、不思議な縁だな、きみと同じ名前なんだよ。しかも、容姿まで写真で見るとそっくりだ。実際はもう少し幼くて、うちのほうがガキなんだけどね」
写真をガン見していたことを咎めることもせず、スパスは自発的に話しかけてくる。
「僕と、同じ名前なんですね」
リアンが偶然に驚く。
そんなリアンが、さらに気づく。
「奥さん、妊娠されているんですね……」
「よく気づいたね、その通りさ。この仕事を受けた時点で五ヶ月だよ。無事仕事を終えられたら、出産には立ち会えるとは思うんだがね……」
しあわせそうな話題を、何故かスパスはどんどん暗いトーンになりつつ話す。
ひょっとして地雷ワードが近いかもしれないと思い、リアンは慎重に言葉を選ぼうと身構える。
今は信じられないぐらい温和なスパスだが、何度か見せた顔は凶悪そのものだったのだ。
どこで地雷を踏み抜くかわからない。
しかし、リアンの危惧を無視して、スパスはさらに身の上話しをする。
そこには、船員たちから聞いていた、感じの悪いスパス像など微塵もなかった。
「息子は十二歳なんだが、本当に君に似ているな。しかも君のほうが聡明そうで、若干羨ましいよ」
スパスは、リアンを立てて話しをしてきてくれる。
「実はな、息子もクルツニーデに入りたがっているんだよ」
訊いてもいないのに、スパスはそんなことまで話してきた。
「もう夢があるんですね、すごいなぁ」
リアンは素直に感心する。
これは、リアンにそれといった将来の展望もないため、心から出た羨ましさだった。
「僕はまだ、何も決まっていないです……。何かいいのが見つかれば、いいんですけど」
リアンの言葉を聞き、スパスの顔が一瞬悲しそうな表情になる。
「まだ若い……、そう焦ることもないさ」
励ましてくれるスパスだが、どこか寂しげだった。
そして、スパスは大きくため息をつく。
「……息子のクルツニーデ行き、実は止めているんだよ」
「そうなんですか?」と、意外そうにリアンが訊き返す。
「あそこは縁故主義が徹底しているから、コネがないと入れても、雑用しかさせてもらえない。うちの子は大人しいから、コネ作りなんか苦手だろうしね……。わたしと同じだよ、人間関係に躓く未来しか、見えてこない」
スパスはそういって、苦笑いをする。
苦笑するスパスは今まで見た中で一番人間味があふれ、笑顔を見た時に感じた違和感もなかった。
本来、これがスパスという人物の、組織での立ち位置を上手く表現した、表情なのだろう。
「でも、せっかくの息子さんの夢ですし、叶えてあげて欲しいなと、僕なんかは思っちゃいます。とってもすごい組織だし、遺跡から失われた技術を発見するなんて、夢がありますよ」
リアンは感心してそういうが、スパスはさらに苦笑する。
「仕事をどう任せられるかは、本人の気質に依るところが大きいからね。息子は学業はどちらかといえば、優秀なタイプだよ。でもね、人付き合いが苦手だからね……。わたしも実はそれなりに優秀な大学を出て、遺跡の勉強のために、スフリック帝国にも留学したのにだよ……。だけど、任されるという仕事は、遺跡物の運搬程度のことばかりさ、ハッハッハ」
ややヤケクソ気味に笑い、スパスはまた暗い顔になる。
もうここまでくると、スパスという人物が「激昂」という感情を出してくるとも、リアンには思えなくなっていた。
さらに、突っ込んでリアンは質問してみることにした。
「貴重な遺跡物を輸送するわけですから、責任重大ですよ。世界的な歴史資料でもあるんですし。とても誇らしい、お仕事だと思いますよ」
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