12話 「危険海域」 後編
オリヨルの怪獣が突然出現したのは、ほぼ十年前。
突然海域に登場して、その場を航行する船を片っ端から襲い、沈めたのだ。
軍が登場して、怪獣を討伐しようともしたのだが、すべて返り討ちにあってしまったのだ。
その存在はリアンもヨーベルも、子供心に記憶が残っているかもしれない。
当時、世界的な規模でニュースになった関心事だったからだ。
「うむ……。やはりその辺り、なんとかしておきたいよな……」
女子供を不安がらせるのは、船の責任者としてズネミンも心苦しいのだ。
「だが……。何事もなく航行できるということを信じて、今は進むしかないわけだ。ローフェ神官に、お祈りでも願いたいところではあるがな……」
とはいったものの、そんなことしても無駄だということを、ズネミンはきちんと理解している。
「実際、ローフェ神官には、船員どもが本当に救われている。そのことは感謝するばかりだ」
ズネミンが、ヨーベルの船員への励ましや慰労で、船に活気が出ていることを感謝する。
「いや、彼女は救っているとか、そういう考えはないと思うぞ。彼女のあの感じは、天性のモノみたいだからな」
ヨーベルの脳天気さと、女神性を「天然」の言葉でバークは片づける。
「天然の女神さまか。オールズのヒゲ親父なんかには、興味がないが、そんな俺でも、彼女になら従おうって気にもなるぜ。案外、宗教の開祖ってのは、そういう天然が往々にしてなるべくしてなるのかもな」
「その考えは、けっこう面白いね、船長いい発想力だよ」
バークとズネミンが笑う。
「なあバーク、こちらもひとつ訊いていいか?」
不意に真顔になったズネミンが、話題を変えようとしてくる。
「ああ、構わないよ」と、やや警戒気味にバークが応える。
「そうか……。じゃあ、せっかくだし……」
ズネミンは腕を組んで考える。
(今夜の夕食後にでも、ネタばらしをしたかったが、前倒ししてもいいだろう)
ズネミンはそんなことを思い、ここで懸案事項を、解決することを決意するのだった。
「バーク、アートンを呼んできてもらえないか?」
ズネミンがそういう。
「……アートンだけでいいのか?」
不安そうな顔のバークが訊き返す。
「そうだな、今回はそのほうがいいな。おまえもいちおう、同席してくれ」
ズネミンが、海図をたたみながらバークにいう。
「わかったよ……」
ズネミンの何をいおうとするかわからない不安さに、バークもそうつぶやくので精一杯だった。
リアンとヨーベルが調理室に帰っている時、ふたりはこんな話しをしていた。
「えっ!? オリヨルの怪獣の海域に!」
ヨーベルから聞き、リアンは驚く。
「はいっ! 知っていますかリアンくん!」
「そ、そうなんですか……」
ヨーベルが、リアンを怖がらせるようにいってくる。
「この船、どうもそのオリヨル海域の、ど真ん中を進んでいるみたいなんですよ」
「そ、そんなこと、どうして……」
「船員さんたちが、不安そうにお話ししていたのを聞いたのです!」
ヨーベルは、今日の慰問で船員たちがこっそり話していた会話を聞いたのだった。
ズネミンは、ある程度の幹部クラスには、今回の航路について事前に説明して、決も取りつけていた。
しかし、後日ズネミンが後悔するのだが、家族の一員として接していたはずの末端の船員たちには、危険海域を進行していることを、内緒にして話していなかったのだ。
何も聞かされていない末端の船員の中にも、普通に頭の良いヤツや、勘の鋭いヤツがいたりするものだった。
彼らは、星を見たり、日の出日の入りを見て、予想進路と何かが違うということに気づきだしたのだ。
「そんな危険なところを、僕ら通っているの……?」
リアンが不安になって、理由もなく周りをキョロキョロする。
廊下からはどこも海が見えないのに、無駄だとわかっても小心なリアンはキョドって海を探してしまう。
「でも、このことはみんなには内緒なのです! 不安になるから、だそうです! 船員さんたちが、こっそりそう話していたからです!」
ヨーベルはリアンの肩をガッとつかむと、いい聞かせるようにいう。
「でも、どうして僕には教えてくれたの?」
「リアンくんには、教えたかったからです!」
無邪気なヨーベルの言葉に、リアンは固まってしまう。
決して悪意があってとか、そんな理由ではないのは知っているが、正直知りたくなかったというのが本音のリアンだった。
「そんなすごい怪獣に会えるなんて、ワクワクしますよね!」
「え……?」
オリヨルの怪獣に、遭遇するということを前提でいるヨーベルに、リアンは困惑する。
「怪獣ですよ! 怪獣! すごいインパクトじゃないですか! 怪獣! どんな姿をしているんでしょう! 今から楽しみです!」
興奮するヨーベルと、引きつるリアン。
そして実は、この会話は「例の術」で姿を消していたアモスも聞いていたのだ。
当たり前のように、リアンとヨーベルの側にいたアモスが、今の会話を聞いて驚く。
「おいおい……、オリヨルって本気かよ。そんなところ通ってるなんて、自殺行為そのものじゃないの。いったい何考えて……」
さすがのアモスでさえも、オリヨルの怪獣という、スケールの違うバケモノの驚異はわかる。
そんなのに出遭えば、こんな船、一発で沈められて一瞬で海の藻屑だろう。
そこでアモスはハッとする。
「まさかあの男っ!」
アモスは、スパスのことを思いだす。
「これはやっぱ、強引に吐かせるしかないようね……」
アモスはまだ使う予定のなかった、鍵束を取りだすと同時に、ナイフもポーチから引き抜く。
「予定はすべて前倒し、決行は早い方がいいに決まってるわ。すぐにでも、急いだほうがいいわね……」
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