13話 「同郷の士」 前編
ズネミンの待つ部屋に、アートンがやってくる。
アートンは、部屋に入ってくるなり、空気が何かおかしいことを察する。
先にいたバークがソファーに座り、挨拶してくるが、どこか元気がない。
出会って短い期間だが、バークは意外と感情が表にでやすいタイプの人間なんだよなと、アートンは思っていた。
「船長、お呼びということで来ましたけど、ちょうどタイミング良く、こいつも整備しておきましたよ」
アートンはまず直したズネミンの銃を、椅子にふんぞり返っているズネミンに渡す。
礼をいうズネミンが、銃をテーブルの上に置く。
(こんなもの、使わせるんじゃねーぞ、アートン)
不穏な言葉を心の中で思いながら、ズネミンがアートンをチラリと見る。
アートンとバークを、デスク対面のソファーに座らせる。
アートンは、ズネミンから危険海域を横断しているという話しを聞き、バークに本当かどうか無言で顔を見て尋ねる。
バークは、本当だという意味を込めて深くうなずく。
たまらず頭の中が真っ白になるアートン。
「あのオリヨルの怪獣か……」
アートンがポツリとつぶやく。
彼にとっても、あのニュースは衝撃的で、今でも忘れたくても忘れられないものだったのだ。
空気が重かった件は、そのことだったのか……。
アートンがそう思っていると、スイトも部屋にやってきた。
航海長のパニッシュが呼んできたようだった。
オリヨル海域の件について謝罪しながら、ズネミンがブランデーのコルクを抜く。
「バークは飲めたんだっけ?」
「ええ、せっかくだから、今夜はいただきますよ」
バークが、ズネミンからブランデーを受け取る。
スイトも酒を受け取り、どこか神妙な顔をしている。
スイトは例の海域侵入の件を、バークに話したことは理解していたが、ズネミンの行動でどうしても理解できない一件があったので、不安そうだった。
いったい、船長はアートンの何を見つけたのか? バークは考える。
スイトが無言でブランデーを一口飲む。
あまりにも重々しい空気なので、アートンが明るいトーンでズネミンに、ソファーから身を乗りだしつついう。
「あなたは、元々、助からなかった命を助けてくれた、恩人ですよ。そんなあなた方を、非難なんてできないですよ。もし、最悪の事態が起きたとしても、俺もバークも恨んだりしませんよ。なぁ、バーク!」
アートンの言葉に、バークは力なくうなずく。
「もし、オリヨルの怪獣が出てきたら、修理したバリスタでありったけの銛打ち込んで、足掻きまくってやりましょうよ。戦って海の藻屑ってなら、俺も光栄さっ!」
アートンが心を決めたように、キリッとした表情でズネミンにいう。
「いい肝の据わりっぷりだ、ますます気に入ったぜ!」
ズネミンが不敵に笑い、整備してもらったばかりのテーブルの銃を見る。
「うむ、改めて見ると流石だな、ここまで綺麗になるものか……」
アートンが整備した銃を見て、ズネミンは感嘆の声を上げる。
「金属部分を磨いたのは、サジとマジだよ、あいつらは細かい作業が向いているからな。あのふたりは、これからはそういった作業にシフトすれば、いい船員になれるはずだぜ」
「まぁ、生きて海域を出られたらって話しだがな、ガハハ」
アートンの言葉の後、ズネミンは悲壮的なことを豪快に笑っていう。
「そういう悲観的なことは、なしでいかないかい?」
アートンが失礼と思いつつも、ズネミンに注意する。
「それもそうだな、すまんすまん」
ズネミンが謝りながらもう一杯、空になったグラスにブランデーを注ぐ。
「おまえが飲まない理由は、酒癖が悪いからとかか?」
ズネミンが、アートンに単純な質問をする。
「いや、単に下戸なんだよ……。リアンみたく、アレルギー反応が出るってわけじゃないんだが、どうもアルコール類全般が苦手でね……。年甲斐もなく子供舌ってやつでね、恥ずかしい限りさ」
ズネミンの問いにアートンが照れくさそうに答え、その場の三人が納得する。
「で、いきなり話しは変わるが、あのアモスっていうねえちゃんのことなんだがよ。あの娘、クルツニーデだったらしいが、アートンは刑務所内で今まで会ったことがあるか?」
ズネミンのいきなりの質問に、アートンとバークは驚く。
「クルツニーデ? あいつが?」
アートンとバークが、異口同音で驚愕の声を上げる。
「おまえらの反応に、こっちが逆に驚きだよ。なんで知らないんだよ、訊いてなかったのか?」
ズネミンが驚いたように尋ねてくる。
「彼女、クルツニーデのSTAFFジャケット着てたじゃないか、知ってるものだとばかり思っていましたよ」
スイトも意外そうにそういってくる。
そういえば、アモスがジャルダンで着ていたジャケットには、STAFFの文字があった。
「あれ、クルツニーデのだったのか、はじめて知ったよ」
バークが驚いていう。
ズネミンとスイトが、顔を見合わせてアイコンタクトをする。
「それに、これも解せないんだが……」と、バークが神妙な表情で語りだす。
「あの島は、元々男だらけの島だったんだよ。女性は、ふたりの女神官のみでさ……。ヨーベルと、ヘーザーっていう神官さ。他にあの島には、女性なんていないと聞いていたんだが……。突然、出てきたんだよあの女」
バークが不思議そうにいう。
「島の職員が知らない女、なんているのか? あれだけ目立つ女だぞ?」
まるで解せないといった感じで、質問してくるズネミンの口調だった。
アートンとバークは少し困ったような表情になる。
「確かバークくんは、港の職員で、そこからほとんど移動しないとかいってたよね。通信業務が主な仕事だと」
スイトがバークに訊いてきたので、バークは肯定する。
「極稀に刑務所に向かうことがあったが、職員についても、知らない人間が多かったぐらいだからなぁ。それでも、アモスほどの女が、話題にならないなんて、あり得ないよなぁ」
バークが腕を組んで考える。
「いや、でもな、そのうち説明してやるとか、いってたからなぁ。そんなにたいした理由じゃないのかもしれないんだけどね……」
バークが、ズネミンとスイトにいう。
「それにほら、詮索したらあいついろいろ面倒な感じがするでしょ? だから、訊くに訊けなかったってのもあったんだよ」
バークが眉を下げながらいう。
「自分から話すのを待つのが一番と思ってね。いちおう俺たちの中で、お互いのことあまり詮索し合わないでおこうってルールがあってね」
アートンも、顔をしかめていう。
「で、あの島に彼女以外の、他にクルツニーデの職員はいたか?」
「いや、少なくとも俺は聞いたことがない」
ズネミンの問いにバークが即答、アートンも首を振る。
「だろうな……。俺の目の前で、クルツニーデの全員が撤収したのを見たからなぁ。逆にいえば、なんであの姉ちゃんだけ残ってたのか? って感じだ」
ズネミンの言葉に「え?」と同時にいうアートンとバーク。
「そもそも、クルツニーデが残ってること自体あり得ないんだが、何者なんだろうな? だが、こうも考えられるな……」
アートンとバークの反応を無視して、ズネミンが話しを継続する。
「人にはいえない、独自の目的を持っていたとかな! 俺らみたくな、ガハハ!」
笑ったあと、ブランデーを瓶ごとあおるようにズネミンが飲む。
「な、なあ、さっきすごく気になることをいったんだが、どういうことだい?」
「あなたも、あの島にいたのかい?」
バークとアートンが、不思議そうにズネミンに訊いてくる。
その言葉を合図にしたように、ズネミンとスイトが再度アイコンタクトする。
「その話が、実はもうひとつの本題でなぁ」
ズネミンが神妙な顔をする。
椅子から立ち上がり、ズネミンはデスクの引き出しを開ける。
そこから、妙なビビットな色のインナーが出してくると、ズネミンがそれをデスクの上に広げる。
「あれっ?」と思うアートンとバーク。
そして、アートンが自分のセーラー服をめくると、同じカラーのインナーが出てくる。
「お、おそろい?」
バークが驚くと同時に、アートンの顔が硬直している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます