13話 「同郷の士」 後編
ズネミンが広げたインナーを指差す。
「ここに俺の名前と、識別番号があるな」
ズネミンが指差す胸の場所には、彼のフルネームと、「3-7879」という番号が見えた。
アートンとバークは呆然としながら、その数字を頭の中で読み上げる。
ここでおもむろに、ズネミンが単刀直入に訊いてくる。
「アートン、おまえが看守ってのは嘘だよな? じゃないと、この囚人服を、着ているわけがないからな」
ズネミンが広げたインナーをたたみながら、アートンにいってくる。
ズネミンの言葉に、アートンがソファーに腰掛けたまま、顔面蒼白で固まってしまう。
バークはソファーの上で中腰になって、本当に驚いたような表情をしている。
バークの視線はデスク上のズネミンの囚人服と、アートンの表情を行ったり来たりしていた。
バークも元ジャルダンの職員である、目の前にあるインナーが囚人服だというのはわかる。
だが、どうしてアートンまで?
「お、おまえ囚人だったのか……」
やや沈黙があり、アートンに向けてバークが訊き苦しそうに尋ねる。
「俺てっきり、あそこの看守だとばかり思ってたぞ?」
バークも意外だったらしく、相当驚いている。
そのバークの反応を見て、スイトとズネミンは思う。
バークの反応はどうも本物のようで、アートンが囚人だったのは、本当に意外な事実のようだった。
バークが、下手な演技をしている感じがしなかったからだ。
アートンは口をパクつかせるが、声が出てこない。
そして、ややあって立ち上がり、頭を深々と下げた。
「すまないっ! 実はそうだったんだ! ある事情があって、あの暴動に巻き込まれた際に、制服を拝借しただけの囚人なんだよ! でも信じてくれっ! 看守を殺して奪ったとか、そういうのじゃないんだ。話せば長くなる事情というか、実に馬鹿馬鹿しい真相なんだ」
頭を下げたまま、アートンがズネミンにそう説明した。
「アートン、俺はおまえが極悪人だとは、これっぽちも思っていない。嘘をついていたことについても、もちろん怒ってもいないぜ。人それぞれ事情があって、本当のことを話せないってのは、本当に良くあることだからな」
バークが焦りながら助け舟を送り、ズネミンとスイトに聞かせるようにいう。
ズネミンたちも、オリヨル海域のことを黙っていただろ的な内容を、バークは暗に含んだいい回しをする。
多少卑怯かと思ったが、アートンをなんとか助けたいと思う一心での言動だった。
「なあ……」
バークが、ズネミンとスイトにさらに話しかける。
「俺はこいつとは出会ってまだ少しで、例の暴動の一件まで付き合いもなかったんだが。短い期間でも断言できるぜ。アートンは信頼できる人間だって!」
バークが、ズネミンに訴えかけるように力説する。
「脱走した囚人だから、当然通報するのが筋だとは思う。だけど、それは勘弁してやってもらえないか? 小銭程度の報奨金で、ジャルダンに強制送還させるほど、こいつは悪い人間じゃないんだ。あんたたちも、ここ数日で見てきてくれたろ?」
バークは、ズネミンたちがジャルダンにアートンを返すかもしれないと思い、必死に説得して止めさせようとする。
「バーク、いいよ大丈夫だ」
しかしアートンが、そんな力説するバークの肩をポンとたたく。
「平気だよ、ありがとう。気持ちはうれしいが……。やはり、この航海が終わったら俺は、きちんと元居るべき場所に帰るよ。海域を生きて出られたらって、前提有りきだけどな」
そういって、アートンは弱々しく笑う。
「元々、単なる成り行きで、島から出ることになった身だからな。偶然アモスと出会わなければ、島を出るという選択肢もなかったぐらいさ」
アートンは諦めの境地という感じでそういうと、ソファーに座り直す。
「しかしな……」
バークは椅子から完全に立ち上がり、説得をつづけようとする。
「バーク、安心していいぞ! アートンが信用に値すると思うのは、俺も同じだ。暴動に乗じて看守を殺し、制服を奪うような人間にも、今のところ思えない」
ズネミンがそういい、アートンとバークを驚かせる。
「問題はそこじゃなく、少し話しを前倒す形になるが、訊いておきたいんだよ」
ズネミンが、グラスの酒をあおりながらいう。
「おまえは結果的に、ジャルダンを脱走した形になるが……。それから、どうするつもりだったんだ? 俺は暴動の規模とかは、まるで想像できんのだが、いずれおまえが消えていることも、判明するんじゃないか? そうなった時に、指名手配がつくとする。その後おまえは、今のメンバー内でどういう行動を取る予定だったんだ?」
ズネミンが妙に冷静な声で、いつもの豪快さとは無縁な感じで質問してくる。
あと、ズネミンは、ジャルダンでの暴動を実際に見ていないので、彼の想像以上の規模の大事件だったことを、あまり理解していないようだ。
「それ、なんだが……。実は、まだ何も考えていなくて。フリッツに着いたら、そのあと考える予定だったんだよ。正直、こんなミスであっさり、隠してたことがバレるとは思ってもいなくて……」
アートンが、自分の着ているインナーをめくって、情けなさげにため息をつく。
「なるほどな、まさか元受刑者が船長をしていたとは、おまえらも想定外だろうな」
ガハハと、まるで悪戯に成功したようにズネミンが豪快に笑う。
「で、行き先だが実家に帰るとか、そういう感じを考えていたのかい?」
スイトがアートンに訊いてくる。
「いや……、俺が裁判沙汰を起こしたことで、家からは勘当されてな……。当然といっちゃ当然だが、実家とか、もう帰る場所がなくてな……」
アートンが、消え入るような声で吐露する。
「で、一体何をやらかしたんだ? 少なくとも、おまえの今までの感じから、凶悪事件を起こすような人間には思えないぜ」
ズネミンが笑いながら訊いてくる。
「だろっ? 俺もそう思う」
バークも、仲間のピンチを救いたくて必死に食いついてくる。
「そうだな、凶悪事件だとか窃盗事件やら詐欺だとか、そういうのではないよ……。それは安心してくれ……」
ここでアートンが、改めて大きく深呼吸する
「俺は昔、エンドール軍にいたんだよ」
「ああ、やっぱ軍属だったか」
その場にいた全員が、異口同音にそういう。
まったく意外性のない、アートンの告白だったからだ。
「銃器の扱いの件といい……。なるほど、お前の立ち居振る舞いが、なんかキビキビしてるのはそのせいか」
バークが納得したようにいう。
「そんなに、わかりやすかったか……」
苦笑をするアートン。
「おまえみたいな姿勢の良い男が、普通の人間なわけないだろ。けっこうな、階級だったんじゃないのか? おまえほどの人材なら、一兵卒とも思えない」
バークが、意図してかアートンを少しでも持ち上げるような感じで、彼の印象を上げてくる。
「一応、士官ではあったよ、平民出の下級士官だけどな」
アートンが苦笑いを浮かべつついう。
「そこで、あるヘマをやってしまってな……。貴重な情報を、盗まれるなんて間抜けをやっちまったんだよ。責任者として俺が、軍法会議にかけられたんだよ」
アートンがやや悔しそうに顔をそむけ、拳を握っていう。
「なるほど。だが、それでジャルダンなのか? あそこは本来、凶悪事件を起こした人間が行く、最終処分場みたいな場所だぞ。おまえなら、もっと緩い刑務所もあっただろうに?」
ズネミンが、その辺り興味深そうに訊いてくる。
「自分が許せなくてね……。裁判が結審した後、ほぼ自暴自棄的に、あそこを志願したんだよ。あの時の俺、今思うと、かなりおかしかったから……」
アートンは自嘲気味に笑う。
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