14話 「告白」

「アートン。で、結果的に今は、脱走なんてしてるわけだが。おまえは、どうしたいんだ? 両親から勘当されたとはいったが、他に行く当てはあるのか?」

 ズネミンが興味深そうに訊く。

 ズネミンの口調や表情からは、疑いの眼差しや疑惑の目はもうすでになく、興味の対象としてしか写っていないような印象だ。

 その辺りをバークも察して、少し安心してきた。

「う~ん、そうだな……。帰る場所がないってのは事実だが、会っておきたい人はいるかもな……」

 アートンがポツリという。

「気になりますね、恋人か何かですか?」

「それに近い、ともいえるかな?」

 スイトの問いに、アートンがいいにくそうに答える。

「正式に謝罪をしておきたくてね……」

「ありがち過ぎる理由ですまないが」と、何故か妙なところでアートンは謝る。

「なるほど女絡みか、まあ、納得できるな。じゃあ次に、もう少し詳しく訊きたいぜ。どうして看守になんか、なってたのかってことをな」

 ズネミンが納得したように、アートンの顔を見て訊いてくる。


 ここでアートンは、メビーから嫌がらせを受けて、制服を渡された経緯を詳しく話す。

 ガハハと、その会話を聞いている時に何故かズネミンが豪快に笑う。


「嘘みたいな話しだが、本当なんだよ……。信じ難いだろうが……」

 アートンが爆笑したズネミンにいう。

「メビー副所長なら、囚人いびりの一貫でやりそうだな。船長、信憑性は俺も保証しますよ」

 バークがまた助け舟を出してくる。

 すると、こらえきれなくなったのか、ズネミンが手をたたいて椅子にふんぞり返る。

「そうかメビー、あいつ副所長にまで登りつめたのか! それは面白い! 今日聞いた中で、一番笑える話しだ! ガハハ! あの腰巾着がねぇ、上手いこと立ち回ったんだな、ガハハ!」

 どうやら、ズネミンはメビーという男のことを覚えているようだった。

 しかもズネミンが知るメビー像は、近年のメビーとは想像もつかない男だったようなのが、彼の話しぶりから予想できた。


「とりあえず、メビーは置いて、つづきを訊こうか? 暴動後にどうしたんだ?」

 ズネミンがアートンに、まだ半笑いのまま訊いてくる。

「ああ……。そ、そのあとすぐに、アモスに出会って誘われたんだよ。あの、俺たちが最初乗っていた、クルーズ船のある場所を知っているってね……」

 アートンは、暴動の際に救出に来たかもしれない特殊部隊の人間を、ひとり殺害したことは黙ってしまった。

 話すと何かまた、話しがややこしくなると思い、悪いとは思いつつ端折ったのだ。

「謎の女アモスくん、ここで登場ですか」

 スイトが、ここで興味深そうに食いついてくる。

「あいつも俺のこと囚人ではなく、看守と思ったみたいで。まあ、あの格好してたら誰だってそう思うよなあ……。で、あの女、脱出経路を知っているとかいって、例の船を使って直接、ヨーベルの危機を救出しに行ったんだよ」

 アートンが赤い倉庫での出来事を語るが、やはり例の謎の戦闘集団のふたり組については黙っていた。

 正体不明だし、下手に話題にしても面倒だと思い、最初から黙っているのがいいと判断したのだ。


 ここでバークが手を挙げる

「すまない、話しの途中で。俺もリアンたちから、教会付近での出来事を、少し訊いたんだが……。いまいち、要領を得ないんだよな……。あそこで何があったのか、もっと詳しくわからないのか? リアンは倒れてたっていうし、ヨーベルはもうなんか、会話にならなくって……。アモスも、その話しを訊くのぉって感じで、威圧してくるしさ」

 バークは、教会前のあの惨状を思いだす。


 燃え上がり、焼け落ちる教会。

 転がる無数の、バラバラになった凄惨な死体たち。

 異形の化け物の死体らしき、肉塊の塊たち。

 そして、港にいた船の一団のボスらしい大女とのアモスとの死闘。

 展開が急過ぎて、遅れて到着したバークにはサッパリすぎる状況だったのだ。

 しかも……。

 あそこにいた大女の名前を、ど忘れしてしまうという失態をバークは犯してしまった。

 状況が状況なので仕方ないかもしれないが、我ながら大失態だと思っていた。


「すまない、おまえも知ってるだろうが……。俺はあの時、船で待機してたから、教会付近でのことはサッパリなんだよ」

「ん~、そういやそうだよなぁ……」

 アートンのセリフに、バークはガッカリする。

 バークにとっては、未だに多くの謎が判明していない、教会付近での出来事をなんとかして知りたかったのだ。

 当事者は多いのだが、一向に全貌が見えないので消化不良のままだったのだ。

 唯一知ってそうなアモスに、今夜オリヨルの怪獣のことを話して、それと交換で教えてもらおうかともバークは考えていた。


「なんかヨーベルちゃんが、『グチャグチャドロドロでした~』とか話してたが、君らも知らんのか?」

 ズネミンがヨーベルの言葉を思いだしていうが、バークには多少理解できても、その経緯がサッパリだし、アートンはもっと理解不能だった。

「で、結局逃げるようにジャルダンから、アモスくんが引っ張ってくれたんだよね? そこだけは彼女教えてくれたが、詳しい話しまではしてくれないんだよね」

 スイトが尋ねてくる。

「どうもあの女、黙って秘密にしてるのを、楽しんでるような感じがするんだよね」

 バークが腕組みしながらいう。

「ふむふむ、なかなかに扱いづらい女性だね、彼女は」

 スイトが、アモスという女を面白そうに語る。

「ああいうねえちゃんは、いろいろ頼り甲斐があるが、敵に回すと恐ろしいタイプでもあるからな。俺の嫁以上に、タチが悪そうだ。暫くの間一緒だろうが、短気は起こすなよ。特にアートン、おまえ挑発に乗りやすそうだからなぁ。まあ、それを楽しんでるようなとこがある、ねえちゃんだが」

 ズネミンが、アモスに殴られた頬を今一度擦りながらいう。


「でも、だいたい理解したぜ! アートン、おまえは脱走囚だが、信頼に値する人間で問題ないと! 俺は、人を見る目はあるつもりだ! おまえを全面的に信じるぜ!」

 ズネミンが力強くいってくれ、スイトも無言でうなずいてくれる。

「騙していて、本当に済まない……。あとおまえにも」

 アートンがバークにも頭を下げる。

「アートン、いいってことよ。船長、こいつのことを信じてくれてありがとう、俺からも感謝するよ」

 バークも、ズネミンとスイトに、不問にしてくれたことを感謝する。


「それに、騙してたってのは、俺たちも同じだからな。危険な海域を突っ切ってることを、今までずっと黙ってたわけだからなぁ。お互いさまだ、こっちもその件に関しては潔く謝罪するぜ」

 ズネミンが、アートンとバークに謝る。

「なんにせよ、おまえが凶暴な囚人じゃなくてよかったぜ。俺、最悪の事態まで考えてたんだぜ。実はリアンやヨーベルを脅して、無理やり脱出してきたとかな……。おまえに限って、そんなことはないと思っていたが、信じていて良かったよ」

 ズネミンは、ブランデーをグラスに注ぎながらいう。

「でも、ズネミン船長も、あそこの住人だったんですね」

 アートンが意外そうにいう。

「ああ、十年以上も前の話しだがな。それに、こんな格好の人間が、まともな人生送ってるわけないだろ」

 シャツの腕をまくり上げ、ズネミンは刺青を見せてくる。

「運良く今の会社に拾われてな、なんとか雇われ船長まで、昇り詰めたんだよ」

 自虐ぽい感じでズネミンがいう。


「で、今回の仕事の報酬をもらって。任務が一段落したら、会社を辞めて独立しようと思っててなぁ。そのための資金が欲しくて、今回この危険な仕事を志願したんだよ。だが、焦ってことを急ぎすぎたかな? って後悔の念で、実は今はいっぱいだよ。せめて、サイギンまでは無事であって欲しいと、心から願ってるよ」

 海図を眺めながら、ズネミンは苦々しそうにいう。

「ところで、独立して、当てでもあるんですかい?」

 バークが、スイトからブランデーを注いでもらい尋ねる。

「ひとり知り合いに、有名な冒険馬鹿がいてなぁ。セイル・パジェンっていうキチ◯イ野郎だ! そいつが専属の船を探してるらしくてな、だったら俺らが専任になってや……」

 ここまでいって何かに気づくズネミンが、言葉を止める。

「あ、これじゃ別に独立するわけじゃないな、ガハハ! あのクソ生意気な、ガキの下に就くわけだからなぁ」

 ズネミンはここで、悔しそうな表情ながらも豪快に笑う。

「でも、退屈しなくていいじゃないですか、でしょう?」

 スイトが笑いながらいってきた。


「セイル・パジェンっていえば、エンドール南部で有名な遺跡発掘成金だっけか……」

 バークが知っていて、考え込む。

「ああ、未発見の遺跡を見つけては、クルツニーデに高値で売りつけてるガキだよ。いけすかねぇガキだが、なんか妙な爽やかさや豪胆なとこがあってな、俺でもビビるほどな侠客でもあるからな。ヤツの人間的魅力に、こんなオッサンでも憧れちまうほどなんだよ」

 ズネミンが、セイル・パジェンという人物をベタ褒めする。


「だが、今回の任務が成功するってのが、大前提さ。オリヨルの怪獣ってのに出会わないことを、おまえたちも祈ってくれ。やっぱりローフェ神官に、あとで祈ってもらうか」

 ガハハとまた笑うズネミン船長。

「じゃあ、そろそろローフェ神官やアモスさん、リアンくんも呼びましょうか。場所も船長室に移動しましょう」

 スイトがそう提案してくる。

「結構予定より、話し込んじまったな。約束してた夕食の時間、過ぎちまってら」

 時計は、予定の時間を三十分ほど回っていた。

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