2話 「サイギンの街」 前編

 サイギンの街並みを、リアンたちはゆっくり歩く。

 サイギンの街は異国情緒あふれ、国籍豊かな多くの人種が各々の民族衣装を身にまとい、普通に街を歩いている。

 見たこともない建築物を、リアンたちが興味深く眺める。

 いろいろな様式の建築物が街には乱雑に並び、飛び交う言葉も一ヶ国語だけではない。

 路肩には、はじめて目にする楽器を演奏するパフォーマーまでいて、活気に溢れている。

 とても占領下の街とは、思えない印象を与える。

 しかも港を出て以来、リアンたちはいっこうに占領者であるエンドール兵の姿を見ていないのだ。

 港では、あれだけ姿を見かけていたのに、街では不自然なほど姿を見ないエンドールの兵士たち。


 しばらくの間、自分たちが逃亡者の身であることを忘れたかのように、リアンたちはサイギンという新天地を見物していた。

 港からだいぶ行った先にある、とある広場にリアンたちはやってきた。

 人があふれ、活気に満ちた露天がいくつも並んでいる。

 中央には大きな噴水があって、特にヨーベルが興味を示す。

 噴水の中央には、凛々しい立派な騎士の像があり、ひときわ目立っていた。

 像はフォール王国建国の父、ブロブ・フォールのようだった。


「いろんな建物があって、統一感ないですけど、とても活気がある街ですね。アムネークは、なんだかゴミゴミした印象を受けたんですけど……。この街は、道幅が広いからでしょうか? 窮屈な感じがしなくて、開放感にあふれていますね」

 リアンが一時期だけ住んだ、エンドール王国の首都アムネークと、サイギンの街を比較する。

 確かにサイギンの街は道幅が広く、意外と自動車の交通量も多い。

 大型のバスが走るのも何台も見かけ、この街の交通網が発達しているのがわかる。


「いこくちょうちょ、あふれています」

 ヨーベルがいった途端、アモスからチョップをかまされる。

 ヨーベルは何故殴られたのか理解できていない様子だが、それでも楽しそうだった。

 アートンが周囲を、田舎者のように見渡す。

 一番大きな荷物を背負い、やたらと周囲を見回すアートンの様子は、まさに「お上りさん」といった印象だった。

「とても占領下の街とは、思えないよな?」

 そんな「お上りさん」のようなアートンは、隣を歩くバークに話しかける。

「本当だよな……」

 バークも意外そうにいい、考え込んでいる。


「どこかに新聞でも売ってないかな? この状況の理由を知りたいぜ、まったく」

 バークは、これまで新聞屋や本屋を探していたのだが、見つからずにヤキモキしていたのだ。

 街が占拠されるまでの経緯や、現状をバークは知っておきたかった。

 しかし、今いる場所はどうも観光地らしく、そういった店舗は見つけられなかった。


 広場を離れ、リアンたちはさらに街の奥に進む。

 街に着いた時から目についていた、ひときわ巨大な建物が見える。

 どうもあの辺りが、この街の中心街だろうかとバークは思う。

 一帯の案内板を見たリアンたち一行は、ひとまず街の中心地に向かうことにした。

 しばらく歩くと、道幅も狭くなり交通量も人の姿も少なくなる。

 どうも古くからある、地元の集落に出てきたようだった。

 そんな時、先頭を歩くアートンがサッと手を広げて、全員の歩みを止める。

「エンドール兵だ! この路地は危なそうだ、向こうにまわろう……」

 路地の奥に、街に入ってはじめて見たエンドールの兵士が、たむろしていたのを発見したのだ。

 兵士たちは、別に何かを取り締まっているわけでもなく、普通に談笑している感じだった。

 アモスがまた何かをいいたそうだったが、バークに諭され、仕方なく黙っていることにした。

 不満を押し殺すように、アモスは一本タバコを取りだす。


 リアンたちは路地をひとつ迂回して、目的地である巨大な建造物を目指す。

 街のどこにいても、見えるほど巨大なので、方角を間違わないほどだった。

「アモスちゃん、ミッションコンプリート目前ですよ」

 ヨーベルが、タバコに火を点けてくれる。

 そんなヨーベルの言葉に、アモスがため息をつきつつ返事をする。

「はいはい……、お好きにどうぞ」


 古い地元民の集落を抜けると、リアンたちは再び大きく賑やかな広い通りに出ることができた。

 路面列車が走っているようで、道の真ん中に線路が引いてあった。

 それを見てテンションが上がるヨーベルが、列車が来ないかと、キョロキョロと辺りを見回す。

 残念だが通りを歩いている時には、路面列車は見れなかった。

 代わりに、少し小さめの公園を見つける。

 案内板を見ると、公園を横断すると例の巨大な建造物に、さらに近づけるようだ。

 そしてその案内板で、例の建造物がサイギン市庁舎だということが判明する。

 その市庁舎付近には、行政関係の建物が集中しているようだった。


 木々が生い茂った公園の中を、リアンたちが談笑しながら歩く。

 アモスだけは会話に参加せず、つまらなそうにタバコをふかしながら歩いていた。

 この公園も平和そのもので、デート中のカップルの姿が見えたり、親子連れの姿もたくさんあった。

 そしてやはり、異国情緒あふれる人種がたくさん見受けられた。

 ふとアモスが、ベンチに座って何かを美味しそうに食べている、親子連れを見かける。

 ズネミン号を出て港に着いてから、もう結構時間が経っている。

 空腹を感じだして、思いだしたようにイライラもしてきたアモス。


「それにしても、大きな市庁舎ですね~」

 リアンが、かなり近くに見えてきた市庁舎を見て、その高さに驚く。

「隣の変な塔は、灯台かと思ったら違うんですね。何なんでしょうね?」

 市庁舎隣の塔は近づいて見ると、どうもモニュメントのような展望台のような、よくわからない建造物だった。

「きっと、ジャルダン刑務所みたく、有名な建築家さんが創った近代芸術なのですよ~」

 ヨーベルが予想で適当なことをいう。

 みんながそれをスルーする。


「しっかし、あれだなぁ……」

 バークが拍子抜けしたようにいう。

 街に潜入しはじめていた時期に比べ、バークはかなり表情にも余裕がでている。

「どうしたんだ?」

 アートンが気になってバークに尋ねる。

「いや……。何度もいうが、エンドールがすでに、サイギンまで占領してたのが驚きというか、予想外すぎてな……。しかも、占領下とは思えないほど、街は平和で何事もないかのようだろ?」

 バークが不思議そうに、腕を組んでいってくる。

「でしたね……」

 リアンもそこは素直に同調する。

 リアン自身も、ずっと疑問に思っていたことなのだ。


「まったくもって同感だ、この街がエンドールに占拠されてるってことはだ。エンドールが、あのクウィン要塞を突破したってことだからな……」

 アートンが、難攻不落といわれていた要塞の名前を出して考え込む。

「それなんだよなぁ……。半年以上も陥とせずにいた要塞を、エンドールがどうやって陥としたのかってのも、気になって仕方ない」

 バークがその場でウロウロしだす。

「僕は今回の戦争のこと、よく知らなかったんですけど、クウィンが陥とせずにいたってことだけは有名でしたよね。あの要塞のせいで、戦争をもう辞めようっていう空気を、アムネークにいた時に見ましたから」

 リアンが短い期間だった、王都アムネークでの生活を思いだしながらいう。


「エンドール軍総出で、半年以上陥とせなかった難攻不落の、要塞って話しだったのにな」

「僕たちが航海している間に、どんな戦いがあったんでしょうね?」

 アートンとリアンが、不思議そうに話し合う。

「何か別の方法を使って迂回したとしか、考えられないよな。正攻法であそこを落とすなんて、不可能だろう」

 アートンがいい、バークが強くうなずく。

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