第3章 『霞の憂国』

1話 「港の隠密行動」

 リアンとヨーベルが、巨大な倉庫の荷物の影で手を振っている。

 バークとアートンは周囲を見渡し、港の警備状況を警戒している。

 港には、相当数のエンドール兵の姿が見えたのだ。

 ここで彼らに見つかったら、いきなり冒険が終わってしまうことをアートンとバークは恐れていた。

 リアンとヨーベルが手を振る先には、小型のボートに乗ったスイトの姿があった。

「ありがとうざいます~!」

 思わずふたりは声に出してしまい、アートンとバークに「静かに」と注意されてしまう。

「別にいいじゃない、別れの挨拶ぐらいさせてやりなさいよ」

 アモスが、アーニーズ海運とデカデカと書かれた倉庫の文字を見上げながら、タバコに火を点ける。

「いや、アモス大丈夫。ふたりのいう通りだよ。ここで目立ったら、面倒なことになりそうだから」

 リアンがそういい、アートンとバークに軽く謝る。


「じゃあ、早速市街地に向かうか。この港かなり広いが、街への方向はどっちだろうな」

 バークが倉庫しかない港をキョロキョロと見渡し、チラリとのぞいた通路を見て、慌てて引き返してくる。

「エンドール兵だ、アートンそっち側はどうだ?」

 バークがアートンと話し合っている。

 その様子を、アモスが胡散臭げに眺めている。


 リアンたちはアーニーズ海運の積み荷の隅を、コソコソしながら慎重に進む。

 行き先にエンドール兵の姿が見えれば、驚いたように引き返し、また別の路地に入る。

 港を進むリアンたちは、いちいちエンドール兵に進路を変えさせられ、港をなかなか抜けることができなかった。

 そんな様子をアモスは、イライラしながらも黙ってついてきていていた。

 珍しく何も口だししなかったのも、リアンやヨーベルがなかなか楽しそうに、この無駄とも思える隠密活動を満喫しているようだったからだ。

 しかし、港にある大きな時計台の針が、一時間を越えようとしていた時になると、さすがにアモスも我慢の限度を超えてきた。

 いったいいつまで、この港をウロウロしていればいいのか?


 知らない間に、リアンたちはバークとアートンの先導で、よくわからない汚らしい路地裏にまでやってきていた。

 時々現れる港湾関係者たちが、怪しげにリアンたちを見ていく。

 エンドール兵にばかり気を取られ、港の船員や作業員には普通に姿を見られているのだから、中途半端極まりない。

 そして、タバコ三本目を吸い終えた時に、ようやくアモスが力強く一歩前に踏みだす。

「あのさぁっ! この隠密行動に、なんか意味でもあるわけ? かえって、港の人間から怪しまれてるわよ?」

 アモスが、路地裏の木箱の隙間から様子をうかがって、話し込んでいるアートンとバークにいう。

 相当珍しい、アモスにしたら優しい対応の仕方だった。

 本来なら、もっと大きめの怒号が飛んできてもおかしくないぐらいの、アートンとバークの迷走振りなのだから。

「そういうなって……」

 バークが振り返りアモスにいう。

「もう少しで街なんだ、ここまできたら最後まで慎重に、行動したほうがいいに決まってる」

「いや、だからあんたらは慎重どころか、逆にすっごい怪しいのよ! それに、ここまできたらって、なんだそりゃ! この隠密活動は思い出作りか?」

 アモスがバークに近づき、語気を強めた言葉を投げかける。

 思わずたじろぐバークだが、ここでエンドール兵に見つかってはいけないという、一行のリーダーとしての強い意思があったので、折れることができなかった。


 自分たちはエンドール兵に見つかり、拘束、身元を調査されたら、いろいろボロが出てきてしまう身なのだ。

 まず、ジャルダン刑務所から逃亡した身であることは、絶対に知られてはいけない事実だった。

 きっとエンドール国内でも、もうジャルダンの騒動は、発生からだいぶ経ったので周知だろう。

 最悪拘束でもされたら、身元確認や事件当時の事情聴取などのあと、本国への強制送還は確実だと思われる。

 しかも、ひとりアートンという、身分を詐称している元囚人もいるわけだ。

 エンドールからしたら、騒動に乗じて脱獄した人間でしかないアートン。


 そして、何よりもリアンの存在が、やはり一番大きかった。

 リアンは、何故ジャルダンに流されたのか未だにわかっていない。

 もし、何かしら重要な事件に巻き込まれたのだとしたら、その存在を、知られるわけにはいけない人物なのだ。

 そんなリアンを故郷に送り届けるというのが、バークにとって一番重要な事柄になっていたのだ。

 バークが必死に、アモスにそう説明していたが、当のアモスはタバコを吹かしてジットリとした目をして無言で聞いている。

 何かいいたそうな感じがしたが、あえて我慢している感じのようなアモスの態度。


「アモスちゃん、ここはエンドール兵に見つかるとゲームオーバーなステージです。だから今は、バークさんとアートンさんのいう通りにしていましょう~!」

 相変わらず脳天気なヨーベルの声が、路地裏にやけに響く。

 それに八つ当たり的なチョップを一発かまして黙らせると、アモスはタバコを揉み消し、ため息をつく。

 ヨーベルに一撃くわえたことで、少し気分が晴れたアモスだったが……。

「ちょっとっ! さっきから声がデカイって! 向こうにはエンドール兵もいるんだから」

 アモスの神経を逆撫でするように、アートンまで自分を糾弾してきたので、アモスは再び不快な気分になる。

「だから? それって、何か問題でもあるわけ?」

 アートンに対しては、相応な侮蔑を込めた視線を込めてアモスはにらみつける。


 一瞬怯んだアートンだが、小声で語気を強めてアモスにいい返す。

「問題大有りだろ、俺たちの立場考えてみろよ!」

 アートンは、さっきバークがいったのと同じようなことを、再びオウム返しするようにいってくる。

 アモスは怒鳴り散らしたい気分を抑え、タバコを取りだす。

 すると、いきなりヨーベルがライターを出してきて、火を点けてくれたのでアモスが驚く。

「あんた、どこでそんなの覚えたのよ、それにそれは?」

 アモスが、ヨーベルのライターをじっくり見てみる。

 アーニーズ海運のロゴマークが、描かれたライターだった。


「洗濯係のオバサンに、もらったの忘れていました。大事な使命を思いだした気分です。これからはヨーベル、アモスちゃんの火点け係として、誠心誠意頑張りたいです!」

 ヨーベルは左手で、エンドール式の敬礼をする。

 この無駄な隠密行動の際に、エンドールの兵士がやっていた敬礼を、観察して覚えたのだろう。

 今まで我流でやっていた適当な敬礼を、ヨーベルは微妙に変化させてきていた。

 だが、手が逆だよ、とはアモスは突っ込まなかった。

 なんだか面倒な気持ちになっていたのだ。


 すると、リアンの呼ぶ声がする。

「みんな~! 向こう側が市街地みたいだよ」

 リアンも場違いな大声で、みなを呼び、大きく手招きしている。

 なんだかとてもうれしそうなリアンを見て、アモスは妙に安心したような気分になる。

 リアン自体がこの無駄な行動を楽しんでそうだし、何よりも街を見つけた高揚感から頬が紅潮してて、アモスのショタ心に火が点いたのだ。


 ヨーベルが厚底のブーツの足音をドカドカ響かせながら、リアンのいる場所に走り込む。

「わぁ、本当です~」

 リアンの指差す方向を見ると、路地の先に港の出口があった。

 その出口の向こうに、大きな街が見えるのだ。

 かなり先には、相当大きな建物が存在感を示し、その横には灯台とは思えない高い塔の姿も見える。

 サイギンという街の、シンボルタワーか何かなのだろう。

「おおっ! でかした! リアン。しかし、なんだろうかあの建物は。相当デカいな」

 隠密にこだわっていたアートンが、大声でリアンを賞賛し、路地から見える出口方面と、はるか先の巨大建造物を見る。


「あそこに止まっている……。トラックの脇を抜けて、上手く街にまぎれ込むか」

 アートンは、搬出作業をしている一般業者のトラックを見つける。

「それがいいかもしれないな。さいわい、エンドール兵の姿も見かけないしな」

 バークがやってきて周囲を見渡しアートンにいうが、視線は遠くの巨大建造物に奪われている。

「別にそんなコソコソしなくても、普通に歩いて行きゃいいじゃない。あんたら頭、大丈夫なの?」

 アモスが、とことん隠密にこだわるアートンとバークに、うんざりしたようにいう。

 アートンは論外として、バークはもう少しマトモな思考ができると思っていただけに、アモスの失望はけっこう大きかったのだ。

 どうも、このサイギンという街がエンドールに占領されていたのが、バークにとって相当想定外だったのだろう。

 普通なら考えつくような考えに、まったくいたらないバークのテンパリ振りに、アモスは不満よりもむしろ不安を覚えていたのだ。


「街への、ドキドキ侵入作戦ですね~。心沸き立つ好展開ですっ!」

 そんなアモスの心情などお構いなしに、ヨーベルはゲームを愉しむかのような口調で話す。

「そ、そうだね……」

 リアンはヨーベルの口調とは違い、どこか緊張した面持ちになっている。

 手にした衣類を入れたかばんをギュッと抱きしめて、全身に力が入っているのがわかる。

「みんな向こうまで走り抜けるけど、用意はいいかい?」

 アートンがそういって、ドヤ顔しているのがアモスは気に食わない。

 タバコの煙でも吐きかけてやろうかとも思ったが、ヨーベルがアモスの袖をつつく。

「どんな街なのか、今から興味津々です! アモスちゃんも楽しみじゃないですか~」

 ヨーベルにこう話しかけられ、アモスは毒気を抜かれた気分になる。


(……なんなのよ、港に着いてからの一団の、この妙なテンションは)


 アモスがタバコを無言で一服して、ヨーベルの問いを無視する。

「いい街であることを、期待しよう! よしっ! みんな走るぞ!」

 アートンがそういい、路地から飛びだしてトラックの荷台にまずは駆けよる。

 そして、そこから全員を手招きしている。

「アモスちゃん、グズグズしてるとミッション失敗ですよ~」

「コラッ! 引っ張んなっ!」

 ヨーベルがアモスの袖を引っ張ったせいで、アモスは手にしていたタバコを落としてしまう。

 こうして、一時間も港を右往左往したリアンたちだったが、無事エンドール兵から見つかることもなく、サイギンの街に潜入することができた。


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この第三章は、かなりの長編になります。

理由は、各キャラの掘り下げをするために、個人個人で動かすことが物語上多かったからです。

あと、世界観の広がりを演出するため、一気に物語の設定を解禁したり、必要な新キャラクターを登場させたりしたからでもあります。

一章がここまで長いのも、この三章のみだと思います。それ以外の章は、かなり短編になると思われます。

どうか気楽に作品の世界観を楽しんでもらえたらと思っています。

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