39話 「肉の鎖」 後編

 アモスの階段を昇る足音を耳にしながら、アートンは考え込む。

 改めて知った事実、ただし根拠は不明瞭だが、それにより問題解決が想像以上に難しいことを察する。

「なかなか面白そうな、人間ドラマ満載のある宿に泊まれたわね。あんたが全財産なくしてくれたから、見られたわけだからね、そこは感謝しといてあげる。ただし、その無能っぷりは、まだ許してないけどね」

 アモスが、指を噛んで考え込んでいるアートンに向けて、歩みを止めて話しかけてくる。

 どこまでも上から目線で、煽りに満ちた口調に、アートンの不快感が募る。


「あたしの好評価得たいんだったら、あたしの好みと思考を、この旅でしっかり把握するよう努力するのよ。この宿の人間や、利用客観察してたらさぁ……。久しぶりに、ひとりで処理するのも限界ぽいからねぇ、フフフ。あんたの努力次第では、攻略させてあげてもいいわよ」

 挑発的な視線を投げかけてくるアモスの顔を、アートンはいっさい見ないようにする。

「フフフ……。その無理してる感じ、なんか受けるわ」

 アモスは、アートンの純朴そうなところを嘲笑う。

「さあて、朝飯食ったら、今日は三人でどこを観光しましょうかねぇ」

 そういってからしばらく間が空き、アモスがバンと手すりをたたく。

 突然のアモスの行動にアートンは驚く。


「ヨーベルの病院が先だろ! とか、突っかかれよ! あまり従順なのは、あたし退屈すぎて対象外よ」

 無茶苦茶ないいがかりをつけてくるアモスに、アートンも呆然とするしかなかった。

「あんたのいいたいことが、よく理解できないんだよ。仕方ないだろ……」

 アートンが、アモスの顔を見ずに苦々しげにそういう。

「つまんない男とは、させてあげないからね!」

「別にしたくないよ!」

 アートンのテンポの良い返しに、今度は少し満足したアモスがニヤニヤ笑う。

「フフフ、まあ、あんたとバークは、この街での強制労働は絶対だからね~。有り金なくした罰は、しっかり償うことね。あたしの用意したお金も、露骨に疑ってるようだしさぁ」

 ニヤリと笑いながら、皮肉も忘れないアモス。


「それは責任感じてるから、当然だろ……。金の件は……」

 そこまでいって、アートンはハッとする。

「なあっ!」と、アートンがアモスに話しかける。

「バークは情報収集とか得意みたいだし、働くのは俺だけにして……」

「ところで、前から気になってたんだけどさぁ?」

 アモスがいきなり、アートンが話してる途中に訊いてくる。

 あまりにも普通の導入なので、アートンはかえって身構えてしまう。

 そのせいで、バークに対する労働は許してやって欲しい、という嘆願が流れてしまう。


「あんたって、どこかのボンボンなの?」

 アモスが突然、そんなことを訊いてきたのでアートンが驚く。

「なんでそうなるんだよ、俺は、ただの下っ端の刑務官……、だよ」

 自分でも我ながら嘘が苦手だなと思いつつ、本当は元軍属の囚人だったという、事実をアートンは隠した。

 しかしさすがにアモスも、アートンが本当は囚人だったとは思いもよらないようで、彼が刑務官のままという前提で話しを進行させる。

「だってさ~。気持ち悪いぐらい目キラキラさせてるし、俺が頑張るぞオーラも出しまくりだしさ。今でこそショボクレに落ちぶれたけど、最初の印象は、自信と余裕に満ちた御曹司様、って感じだったんだもん。な~んか、あんたからは、リアンくんと同じ匂いがするのよね。世間知らずさと、やけに幼稚で無防備な感じがさ。お人好しなところも、そっくりだしさ。でもまあ、あそこの刑務所で働いてた看守どもは、あんたみたいな脳天気だらけの、ヌルい場所だったからね。だ~から、あんな騒動が起きちゃったわけだしね~」

 ジャルダン刑務所での大暴動について、アモスは笑いながら煽ってくる。


「……でさ。あんたが、その手に持ってる雑誌だけど、そのチョイスは何? 見せびらかして、あたしにセクハラでもしてるわけ?」

 アートンは、自分が手にしていた女性の半裸が紙面の雑誌類を見て、眉をしかめる。

「い、今は、情報収集が必要なのは話したろ。ここの国の雑誌、新聞でさえこんなレベルなんだから、仕方ないだろ……。なるべく、君らの目には届かない場所に、保管するようにするから。ん……、なんだよ」

 アートンは、アモスがこちらに向き直り、じっと直視してるのに気づく。

 この女がこういう時は、大抵ろくなことがないのは、アートンも学習済みなので身構える。


「あんたに重大な、ひとつ目の分岐点よ。いいかしら? その選択次第で、今後の旅が、あんたにとって、快適になるかもしれないわ。だから、真剣に考えな?」

「な、なんだよ急に……」

 アモスの、突然のネタ振りにアートンは戸惑う。

「寝てやってもいいけど? どうする? あたしと寝たいか、寝たくないか。今すぐ選択しな?」

 アモスの、突然の言葉にアートンは固まってしまう。

 アモスは今までにないほど真剣な目つきで、アートンを凝視してくる。

 その視線に耐え切れず、思わすアートンは目を逸らしてしまう。


「はい、ダメ~!」

 その瞬間、アモスがそういって腕を交差させる。

「ここで即決したら、あたしもけっこう気軽に、股開いてやったのにさぁ。何よ、今の目の逸らし方! ヘタレ丸出しじゃない!」

 アモスの理不尽な罵倒に、アートンが憮然とした表情になる。

「その棒立ちして、思考停止状態になるのって、あんたほんと致命的じゃない? ちっとは男らしい反応しろよ、ボケーっとしちゃって、木偶の坊か何かなの?」

 アモスはやけに胸元を強調したシャツから、胸の谷間を見せつけながら、アートンを罵る。


 そしてアートンが手にしている雑誌を見て、嘲笑するようにいう。

「んじゃ旅の間は、その低俗雑誌でシコって処理してなさいよね。せっかくの女神の誘いを逃したこと、きっとその右手も後悔するようになるわよ」

 そういってアモスは、ショートパンツから伸びる生足を、アートンに見せつけるようにして階段を上がっていく。

 残されたアートンは呆然としながら、不意に我に返る。

「誰が女神? 冗談いうなよ。ふざけんなよな……」

 アートンらしからぬ、かなり不快感がこもった呪詛めいた言葉だった。

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