11話 「教会と白竜」 後編

 建物の屋根には、オールズ教のシンボルが掲げられていた。

「完全にオールズ教会ですね~」

 ヨーベルが教会の入り口のドアの前に立ち、建物を改めて眺め回していう。

「フォールにもあるんだね、オールズ教会が」

 リアンも、ジャルダン以来久しぶりに見る、オールズ教会を見つめる。

「この国、多神教国家っていってたわよね。だとしたら、これがあったとしても、別に不思議はないわね」

 不快そうな感じで、アモスがいう。


 リアンたちは、ハイレル爺さんの案内で教会に入ってみる。

 礼拝堂があって、奥に木製の聖人像があった。

 壮年の男性で、宗教家とは思えないほど凛々しい表情をした神官だった。

 その聖人の像には、豪華な外套がかけられていた。

「オールズのオッサンじゃないみたいね。祀ってるのは、あれ誰?」

 アモスが聖堂に祀られている彫刻を、にらみつけるようにしながらヨーベルに訊く。

「う~んと……、わたしにはよくわかんないです~」

 ヨーベルがアモスに謝りつついい、リアンが彫刻の側に駆けよる。

 そして下から、外套の掛けられた彫刻を見上げる。


「この方は、ひょっとしてベーレ聖人ですか?」

 リアンが振り返り、ハイレル爺さんに尋ねる。

「おお、リアンくん、よく知っているね。その通り、こちらのお方は、聖ベーレさまだよ」

 ハイレル爺さんが、リアンの博識ぶりを褒める。

「エンドールの聖人さまを、よくご存知だね。やっぱりあれかい? リアンくんもそこのお嬢さん同様、ハーネロ戦役に興味があるのかい? ここは辺鄙な村だから、それほど監視の目はないけど、本来その辺りは、あまり触れてはいけない分野だよ。極稀に、ハーネロ戦役に興味を持つ人間がいたりするが、きみとお嬢さんもそういうのが好きなんだね」

 ハイレル爺さんが、リアンの肩をポンとたたいていう。

「でも、気をつけるんだよ。この国では、未だにハーネロ禁止法なんかで、時折しょっぴかれるのがいたりするからね」

 ハイレル爺さんが、リアンたちのことをやはりフォールの人間と思い込んで、フォール独自のハーネロへのタブーについて注意する。


 しかも、ハイレル爺さんの言葉ではじめて知ったが、タブーとされるハーネロ神国に興味を持つ人間が、フォール国内に一定数いるというのだ。

 リアンは、チラリとヨーベルを見てしまう。

 ヨーベルと同じような嗜好を持つ人間が、いることにリアンは単純に驚いた。

 あんな悪の枢軸のようなものに、魅力を感じる趣味の悪い人たちがいるのだと……。

 どうして興味の対象がよりによって、ハーネロ神国なんだろうと、リアンは単純に疑問に思ってしまう。

 悪党に憧れるという、一般的に不良と呼ばれる人種ではないリアンにとっては、到底理解できない考え方なのだ。


「ベーレって、トゥーライザってヤツのひとりよね」

 アモスが、聖ベーレの彫刻を眺めながらつぶやく。

「そういえば、さっきご紹介したアムネークから来た人らも、いってたんですがの……。その、トーライザ? ってのは、なんですかの? ハーネロ神国に興味を持つ人らが知る、何かの用語なのですかな?」

 本当にわからないといった感じで、ハイレル爺さんがリアンたちに訊いてくる。

「トゥーライザっていうのは、アレじゃない。ハーネロ戦役を終わらせた、十人の英雄とかいう、ありがちな恥ずかしい呼び名のことよ。十人が誰か、全員は知らないけど、普通に一般常識かと思ってたわ」

 アモスがその言葉を、どこか苦々しげに説明する。


「ほうほう、そういうものなのですか。わしの年代は、ハーネロに対して良からぬ思いを持っておりますので、そういった知識に対して免疫がありませんでな。いやいや、この歳で、また新しい知識を得るとはな」

 ペチペチと頭をたたき、ハイレル爺さんはうれしそうにいう。

「とりあえず、今日みなさんにお見せしたかったのが、こちらの、ええっと……。トーライザ? ですか? それのおひとりでもある、ベーレ聖人さまですよ」

 ハイレル爺さんが気を取り直し、覚えたての単語を使って彫刻の聖人を紹介する。

 陽の光を透過したステンドグラスのカラフルな灯りを受けて、幻想的にたたずむ聖ベーレ像。

 その手には一冊の本、おそらくオールズの聖典であるダイアリがあった。

 もう片方の手には、立派な錫杖を持っている。


 何より目につくのは、くすんだ灰色の彫刻に纏わされた、きらびやかで立派な外套だった。

 リアンたちも外套を、興味深く眺めている。

 その様子を、ハイレル爺さんが満足そうに見つめる。

「ところで、爺さん」と、アモスが振り返って訊いてくる。

「さっき、ここの入り口のドア開ける時、カギ持ってたじゃない」

 アモスが、教会に入る時を思いだして、ハイレル爺さんに訊いてくる。

「ここの管理をしてるわけ?」

 アモスがタバコを出してきたのを、リアンが慌てて押し返す。

 次にライターを用意してきたヨーベルも、その手を押し返される。

 リアンの無言の圧力に、アモスはため息をひとつする。


「ハハハ、ここは禁煙で願いますよ。で、さっきのお答えですが、確かにわしはここの管理を担当しておりますよ。ここの二階の部屋に、住んでもいますからな」

 ハイレル爺さんが笑いながら、教会の二階部分に見える窓を指差す。

「えっ! お爺さん、まさかオールズの神官さんだったとか?」

 リアンが驚いて、ハイレル爺さんに尋ねる。

「いやいや、まさか。管理人として、ここを任されているだけで、聖職者だなんてとんでもない。そもそもこの村には、オールズ教徒もおりませんからね」

 ハイレル爺さんの言葉を、リアンたちは意外そうに聞く。

「ならどうして村に、この教会があったり、そいつがいたりするわけよ?」

 アモスが聖ベーレ像を、胡散臭気な目つきで眺める。

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