3話 「襲撃者」

「急いで逃げるんだ!」

 バークが呆然としていたアートンに叫ぶ。

「に、逃げるったって、ど、どこに……」

 アートンが呆けたようにいう。

「どこでもいいわよ! 此処にいちゃ、危険ってことぐらいわかるでしょ!」

 アモスがアートンのケツを蹴り上げる。

 反射的にアートンが、がむしゃらに船を前進させる。

 クジラの死体を、スクリューが引き裂き、進行方向に血の尾が引く。

 ガタンガタンと大きく船が揺れているのは、クジラを轢いているのか? それとも、例の黒いバケモノを轢いているのか。


 逃げる船を、全身真っ黒のバケモノたちが一斉に眺める。

 その身体には黒いウロコがあり、赤い血管のようなものが無数に走っていた。

 髪の毛のような体毛は、頭だけでなく全身に生えているようだが、個体差があるようだ。

 脚はイルカのようにな尾びれをつけており、やはり黒いウロコと赤い血管が不気味にうごめいている。

 しかもそのバケモノには、まるで人間のような腕があり、それもウロコと血管に覆われ、血に濡れた鋭い爪が先端についていた。

 顔の部分には、赤く光る目と耳まで裂けた鮫のような牙だらけの口があった。


「みなさ~ん。これでお食事に困らなくなりましたね」

 いきなりヨーベルが、そんなことをいってきて驚く。

 ヨーベルは、先ほど飛び込んできた血塗れのクジラの死体を指差している。

 あまりにもヨーベルの脳天気で、顔色一つ変えない様子を見て、さしものアモスも引いているかのように絶句している。

 リアンなどは、ヨーベルがひとつのことに集中したらそれしか見えなくなることを知ってるとはいえ、それでも場違いすぎる明るさが怖くもあった。

「クジラ肉は美味しいのですよ、料理の仕方もジャルダンで習いました。みなさん、極上のクジラ料理で今夜は舌鼓ですよ」

 ニコニコしながらヨーベルがいう。


「わかったわよ、わかったから。今はその脳天気な会話、気が滅入るから黙ってて」

 アモスがハッキリとヨーベルにいう。

 アモスの言葉に、ヨーベルはしょんぼりする。

 すると、ヨーベルがあることに気がつく。

「あれれ? みなさ~ん、見てください、このクジラさんの内蔵」

「あんまり見たくないんだけど……」

 ヨーベルの誘いに、リアンがげんなりしたようにいう。

「そういわずに、みなさん来てみてください。中に何かいるようなんですよ~」

 ヨーベルの意外な言葉に、全員が遠巻きにクジラの死体をのぞき込む。

 アートンは必死に運転をしているので、チラ見しただけだった。


「確かに、何か中で動いてるわね……」

 アモスがクジラの内蔵を見て、不思議そうにする。

 リアンとバークは、気持ち悪くなってすぐその場を離れた。

「案外、まだ生きてるとか、胎児がいるとかかもね」

 アモスが何故かニヤニヤしながら、そんな趣味の悪いことをいう。

 そういうと同時だった、内臓をぶち破って、先ほどクジラを襲っていたバケモノが這いでてきたのだ。

 しかも、下半身は消えてなくなっており、内蔵を引きずりながら、船内を跳ねまわる。

 「ひゃぁ~」と、さすがのヨーベルも驚いたらしく、その場から一気に走り去る。


 バケモノは、大きな牙だらけの口を開け、高い声を出して最後の力を振り絞るように鳴き叫ぶ。

 思わず耳をふさいでしまうリアンたち。

 その声は、一向に収まる気配がなく、かといって襲いかかる素振りも見せてこない。

「ハーネロンです! 本物です!」

 ヨーベルが隅のほうで大興奮したようにいう。



 ハーネロンとは、約八十年前、実際に勃興したハーネロ神国が、使役していたバケモノたちの総称だった。

 戦役終了後、ほとんどが討伐されたのだが、それでも数年に一度野良ハーネロンが発見されて、討伐されることがニュースになるのだ。

 何せ、こいつらは寿命がなく、殺さなければ永遠に動きつづけ人を害するのだ。

 しかも、海を主に生息地にするハーネロンに関しては、討伐がほぼ不可能で手つかずなのだ。

 オリヨルの怪獣が未だ残っているのも、討伐方法が見つからないからなのだ。

 他にも、海洋ハーネロンの棲家になった諸島も存在し、この時代、まだまだ海は危険なのだ。



 絶え間なく泣き続けるハーネロンに、バークが一気に悪寒を感じた。

 こいつ、もしかして……、と思った瞬間バークは叫んだ。

「こいつ、さっきの仲間を呼んでいる! 早く黙らせるんだ!」

 バークの叫びに、アモスが驚いてヨーベルを見る。

「テーブルの上にある銃! あんた、さっき撃ちたがってたでしょ! 早く撃ち殺しなさい! 特別にあんたに譲ってあげるわよ!」

「ひゃぁ~……」

 アモスにいわれ、ヨーベルが露骨に狼狽する。

 いくらオカルト好きの趣味の悪い女性でも、銃を実際に撃つのは躊躇いがあるのだろう。


「ロックの外し方、よく覚えていません、どうしましょう?」

 躊躇なく、自動小銃を手にしたヨーベルだが、引き金を引けずに困惑している。

 リアンはヨーベルという女性が、ますますわからなくなったと同時に、ズン! という銃声が響く。

 アートンが、代わりにバケモノの頭を吹き飛ばしたのだった。

 かなりの距離があり、動く船内でありながら一発でヘッドショットを達成するぐらい、銃の扱いに長けているアートン。

「これで安心か? 後ろどうだ?」

 アートンにいわれ、リアンが走って、後方甲板に出る。

 甲板と壁面は、鯨の血飛沫で真っ赤に汚れていた。

 血の匂いにむせながら、リアンは後方甲板にやってくる。

 つづけてアモスもやってきた。


 リアンは海を見て、絶望の言葉が頭に浮かぶ。

 水しぶきを上げて、まるでトビウオのように先ほどの黒いバケモノが、猛スピードで追跡してきているのだ。

 しかも、一直線にこちらに向かい、速度も向こうのほうが早い気がする。

 ハーネロンは、ギャハハハはという人間のような笑い声を出しながら、猛スピードで海面を飛び跳ねる。

 ジグザグでわざと追跡している感じから、獲物を追うことを楽しんでいるかのようだった。

 すると、アモスが自動小銃を乱射する。

 ハーネロンが撃ち殺されて、海面を赤く染める。


 それでも、ハーネロンの数は圧倒的だ。

 気がつけば、側面にまで回りこまれ、完全に包囲網が完成しようとしていた。

 グヒャヒャ!やゲヒャヒャヒャ等の、使役していた連中の人間性を表現したような、下品な笑い声が船を取り囲む。

 カチカチッ! アモスの銃の弾が完全に切れた。

「リアンくん! アートンがあと一丁持ってるわ! もらってきて!」

 アモスがそう叫ぶ。


 ところが、リアンはクスリと笑うと、アモスに笑いかける。

 不思議がるアモスだが、リアンが諦めたのだということを察した。

「何諦めてるの! まだ戦えるわよ!」

「もう大丈夫ですよ、これ以上は、どうにもなりませんよ」

 怒鳴るアモスに、リアンが冷静にいう。

「ごめんなさい、あんまりにも非現実的なことだからさ、なんか怖いとかいう気持ちも、湧かなくて」

「リアンくん……」

「せっかく出会えたのに、残念です」

 そんなリアンとアモスの場所に、ハーネロンが鋭い牙と爪を振りかざして、海面から船内にジャンプしてくる。


 その刹那だった、ふたりに跳びかかったハーネロンが、爆発四散して息絶える。

 さらに、海面に銃弾の雨が振り下りる。

 海面は、たちまちハーネロンたちの血で真っ赤になる。

 あまりにも激しい銃撃と一緒に、にんにくのような匂いをさせる煙幕が辺り一面に広がる。

 煙玉のようなものが、にんにくの匂いの正体のようだ。

 リアンとアモスも、にんにくの匂いにクラクラしていると、ふたりを呼ぶ声がする。

「リアン、アモス! まさに天の助けだ!」

 バークが、うれしさいっぱいの感情を込めていってくる。

 バークが指差した後方には、にんにくの煙幕の合間から、一隻の巨大な船体が見えた。

 船体には、アーニーズ海運という文字が書いてあった。

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