25話 「虚しき決闘」 前編

 メリエスの投降をレニエはすぐに知る。

 レニエはこれ以上の戦闘は不可能と判断。

 そして、降伏を決意する。

 その決意に、部下たちが全員絶句する。

 沈黙に包まれた場面。そこにアバックから呼びだしがかかる。

 聞くと、なんとアバックは、レニエとの決闘を望んでいるようだった。

 報告してきたアバックの部下が、悲壮感を漂わせて伝令を伝える。

「決闘だって?」

 レニエが呆れたようにいう。

 どこまでも空気の読めない男だと、レニエはアバックの道化ぶりを哀れに思う。

「どうやらアバック提督は、まだメリエス提督の投降を知らないようですね……」

 レニエの部下が呆れたようにいう。

 簡単にいえば、レニエをやっつけて、自分が戦闘の指揮を執るといっているようだった。

 馬鹿である。


「この現実を知らないあの間抜けに、状況を教えてやろうと思ったが……」

 そこまでいって、レニエは言葉を止める。

 実はレニエも以前から、アバックの態度が気に入らなかった。

 ここでアバックを、痛い目に合わせてやろうと考えてしまうのは、散々彼の横暴を快く思わなかったレニエにしたら、いたって普通の考えだった。

 総大将という地位に就いていたから、いろいろ自分を律してはいたのだが、レニエは元々温厚な人ではなく、それなりに激情家だったのだ。

 力でねじ伏せてこようと画策するのなら、それに対して受けて立とうと考えたのだ。

 レニエの中に対イスラとの海戦で毎回感じていた、海の男の血が湧き上がってくる。

 勝者が指揮権を持つという条件で、レニエは決闘を受けることに。

「とんだ道化だな、わたしも……」

 レニエは部下たちに笑ってしまうが、どうせもう終わりなんだし、憂さ晴らしにはいいだろうと考える。


 レニエが呼びだされた場所は、海軍本部の会議室だった。

 ご丁寧に、テーブルや椅子はすべて撤去されて、がらんどうとした部屋になっていた。

 決闘を申し込んだアバック一味が、セッティングしていたようだった。

「ひとりで来たか。逃げなかったのはさすがだな」

 アバックが、ひとりで現れたレニエを褒める。

「くだらん茶番だからな、巻き込まれるのはわたしひとりでじゅうぶんだろう」

「まず最初に訊きたい。これは本当なのか?」

 アバックが新聞記事を出して、レニエの足下に放り投げる。

「レニエ将軍、エンドール軍と結託していたか! 時間を潰し、決戦を避けていたのも、ティチュウジョ遺跡が浮上するのを待っていたから“ らしい ”」

「らしい」という言葉だけが小さく印刷された記事を見て、レニエは大きくため息をひとつつく。

「こんなくだらん報道を信じるのか? そこまで余裕がなくなったのか。アバック、哀れだな」

 レニエが記事を捨てて悲しそうな顔をする。


「うるさい黙れ! では剣を取れ! 卑しい身分の成り上がりめが!」

 アバックが目を見開いて、レニエの足下に今度は木でできた剣を投げつける。

「決闘というから、真剣でやると思ったんだがな。まあいいさ、こっちでも」

 レニエが、足下の木の剣を拾う。

「手加減はしないぞ」

 レニエが構えてアバックにいう。

 ふたりとも同じ構えだった。

 キルスクの剣術の達人でもあるふたりの将官。

「それはこっちのセリフだ!」

 アバックが木の剣を鋭く振りかぶる。

 ガン! という音がして、ふたりの男がつばぜり合いをする。

 そこへレニエが、アバックの足に向けて蹴りをくわえる。

 蹴りを足でガードしたアバックが、レニエの顔面に頭突きを放つ。

 頭突きをレニエは後退してかわすと、また剣を構える。

 ともに剣術の達人なのに、感情が先走り汚い攻撃がつい出てしまうようだった。

 いったん距離を取ったレニエは剣を大上段に構え、アバックの動きを観察する。

「動きは見切ったアバック。次に踏み込んだ時、その頭に一撃をたたき込むことになるぞ。今ならこの件不問にしてやるが、どうする?」

「ぬかせ! いつだって平静を装いやがって! そこが気にくわないんだよ!」

 程度の低い言葉を吐きだすアバック。

 正気を失った彼の目は血走っている。


 アバックの部下たちが固唾を飲んで決闘を眺めていた。

 その時だった。

 ドアがバン! と開く。

 会議室にいた全員がドアの方向を見る。

 そこにいたのは、ひとりの中肉中背の髭面の男だった。

 男は軍人ではないようで、服装は普段着のようだった。

 そしてその手には、禍々しいオーラを放つ小手を装備していた。

「ふう、無事見つかったか。貴殿がレニエ提督に違いないな。その決闘、失礼ながら邪魔立てさせていただく」

 会議室に入ってきた髭面の男が、新聞に載っていたレニエの写真と、実際の人物を交互に見ながら話しかけてくる。

 男の目は怪しく輝いている。

 この男は、カーナー邸で客人として迎えられていたケプマストだったのだが、ふたりは彼を知らなかった。


 血走らせた目のまま、ケプマストは二本の剣を抜くと、一直線にレニエに向かう。

 剣の刀身が怪しい輝きを見せていた。

 そしてレニエに対して剣を振るう。

 鋭い剣筋がレニエの首を、一撃でたたき落とした。

 何もすることもできずに、首から血を噴きだし地面に倒れるレニエ。

 首がゴロゴロと転がるのを、アバックが驚愕の表情で眺める。

 そんな棒立ち状態のアバックに、ケプマストがさらに一閃をくわえる。

 アバックの首も飛び、地面に転がり、血溜まりが作られる。

 一瞬の内に、ふたりの提督は斬り殺される。


「アバック提督!」

 アバックの部下たちが、ようやくこの場で起きている事態に気がつき、声を上げる。

 しかしそのアバックの部下たちも、ケプマストの剣撃でバタバタと斬り殺されていく。

 人殺しに後悔の念を述べていたはずなのに、ケプマストはこの夜だけで五人の人間を惨殺したことになる。

「……許せ。こうすることが一番平和的な解決策なんだ。これで海戦によって、これ以上血も流れないだろう」

 ケプマストはどうやらフォールの指揮官を狙って、この強襲を実行したようだった。

 こうすることで、エンドールとの海戦は流れ、これ以上の流血は避けられると考えたようだった。

 彼はどうやら、レニエがすでに降伏を受け入れていたことを、知らなかったようだった。

 結果、無益な殺生をしただけだった……。

 ケプマストは持っていた剣を振るって、ついていた血を振り払う。

 相当いい剣らしく、血がぬぐわれたあと、その刀身がキラキラと輝く。

「ふむ、エーリックの魔剣、想像以上の切れ味だったな。この高揚感悪くない。もっと血を求めている自分がいるようだ……」

 ケプマストがそんな言葉を発する。

 クラクラと立ちくらみのような現象に襲われるケプマストが、軽くよろめく。

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