25話 「虚しき決闘」 後編

 すると、またドン! と音がして会議室の入り口のドアが開く。

 ケプマストがそっちを見ると、三人の男が部屋に入ってきていた。

「おやおやおや! これはどういうことだい?」

 先頭にいた小男が、会議室に入ってくる。

 新たな乱入者ロイ・ロイステムスが、血まみれの惨状を見て驚いている。

「うわっ。これマジかよ」

 大男のミュレファドが次いで会議室に入ってきて、部屋の惨状をうれしそうに眺める。

「レニエ提督というのを誅殺しに来たわけだけど、先客がいたみたいだね。あなたは誰かしら? 僕らの仕事を先取りするなんて、絶対許されないことだよ。意気揚々とやってきた僕たちが、道化みたいじゃないか!」

 いつもニヤけた表情のロイが、珍しくイラっとしてケプマストに指を差す。

「ほう、これをやったのがあんたか。なかなかやるようだな……」

 ワススが部屋に入ってきて、惨状を眺めて不敵に笑う。


「ふん、胡散臭そうな連中が現れたな。剣で語るのが目的なら、わたしの相手を努めてくれるのだろうな?」

 ワススの持つ剣を見てケプマストの目が光り、剣先を彼に向ける。

 ケプマストの胸の奥底から、尋常ではない好戦的な気分が湧き上がってくる。

 手にした魔剣から、異様な力がこみ上げてくるのを感じる。

 乱入者は全部で七人いて、リーダーらしき小男同様、どいつもこいつも凶悪な顔をしていた。

 もっと人を殺せる。

 ケプマストの殺意がどんどん増幅されていく。


「うひょうっ! 活きのいいオッサンだな。誰かはしらねぇけど、俺、滾ってくるぜ!」

 ミュレファドがうれしそうに拳を鳴らす。

「あの男の剣、相当な業物だ。舐めてかかると痛い目を見るぞ」

 同行していたワススが、ケプマストの持つ剣を見ていう。

「わざわざフォールの本拠地に乗り込んできたほどだ。何者かは知らんが、わたし同様よほど腕に自信があるのだろう。その自信、わたし相手に通用するか試してみるか?」

 ケプマストが、剣を向けてロイたちを挑発してくる。


「ん? 二刀? 貴様、まさかアットワーヌ流の剣術家か?」

 ワススが驚いたように、二本の剣を構えるケプマストに訊く。

「ほう、貴殿、キルスクのものか?」

 ケプマストがワススに尋ねる。

「これもオールズ神の巡り合わせか。この襲撃、やはり運命的な理由があったのだろうな」

 ケプマストが二本の剣をワススたちに向け、臨戦態勢を取る。

「すっかり先方さんはやる気満々だよ。どうする? ワススくんいっちょ行ってみるかい?」

 ロイがワススにいい、前を譲る。

「そうだな、アットワーヌなら是非とも剣を交えてみたいものだ」

 ワススが剣を抜いて、凶悪な顔をして前に出てくる。

 ワススにとって、異国の流派と剣を交えるのは、はじめての体験だった。


 ケプマストとワススが対峙する。

 達人剣士同士のふたり、なかなか動けずに、まずはにらみ合う。

 ミュレファドとロイは、その心地よい緊張感を楽しんでいた。

「あいつが誰だか知らねぇが、相当な達人だと思うぜ。ワススひとりじゃ危ないかもしれないぜ旦那。それにヤツのつけてる小手。なんか異様な雰囲気を出してやがる」

 ミュレファドがロイにこっそりという。

「彼が使えるかどうか、この場で見極めるさ。こんな序盤で退場することになるなら、僕の見る目がなかったってことだろうさ」

 ロイがニヤニヤしながら決闘を眺める。


 ロイがしゃべっている時だった。

 ケプマストとワススが同時に動く。

 勝負は一瞬で決した。

 ワススの振るった剣が、ケプマストの右腕をたたき落とした。

 ケプマストが左手に持っていた剣をスウェーでかわして、ワススは距離を詰める。

 そしてケプマストの上段から、袈裟斬りを浴びせかけるワスス。

 ワススの放った攻撃が、ケプマストの肩口から胸の中央部分まで切り裂く。

 大量の血を噴きだして、ケプマストがその場に膝をつく。

「お、お見事……」

 ケプマストが死に際、ワススに賞賛を送る。

 その首を、ワススがさらなる追撃でたたき落とす。

 ケプマストの首が飛び、地面に血でできた細長い線を作りながら転がる。


 ワススは自分が殺した男を眺める。

 そして、足下に倒れ込んだ男の剣を拾い上げる。

「これはとんでもない逸品だ。ロイ! これ、もらっていいか?」

 珍しく興奮気味に、ワススがロイに尋ねる。

「欲しいならあげるよ。きみの戦利品だからね」

 ロイが、ケプマストが持っていたもう一本の剣を拾い上げて、シゲシゲと眺める。

「こっちも、なかなかの名剣だろうね。刃の光沢がすごいことになっているよ」

 ロイは地面に落ちていた、もう一本のキラキラ輝く刀身の剣を拾い上げ、鞘に収めるとワススにこっちの剣も渡す。

 感情を表すことが少ないワススが、少しニヤリと笑って剣をロイから受け取る。

「この装備してる小手も、なんか良さそうじゃないか?」

 カララスが、男の装備している小手を指差していう。

「小手だけあってもな……。バランスも見た目も悪い……」

「へぇ! あんた、そういう見た目意外とこだわるんだな」

 ワススの答えにカララスが笑う。


「さてと、この襲撃は僕らのミナミカイでの大仕事だったのに、予定外の結末になってしまったね。ちょっとイラっとしたけど、まあ仕方がないか。想定外のことが起きるほうが、物語的にも面白いってもんだよ」

「俺、結局何もしてないけどよ。そもそもなんで、見回りの兵士のひとりもいないんだよ、ここは」

 ミュレファドがドアを開けて、会議室から外の廊下をのぞく。

「無益な殺生をしなくていいじゃないか。これでも僕は無関係な人には手を出したくないと思っているんだよ」

 殺人狂ロイステムスが、本心かどうかわからないことを口にする。


「フフフ、明日以降も、フォールの連中大慌てだろうな。その瞬間が見れないのは残念だよ。せいぜいにぎやかな、新聞報道をやってもらいたいな」

 ミュレファドがもう一度、ひっそりとした廊下を見る。

 やはりフォールの兵士が集まってくる様子はない。

 襲撃者たちが、転がっている死体を眺めている。

「さて、今回の世直し旅団の演出タイムといきますか」

 ロイの言葉に、ワススが少し眉をしかめる。

 ワススは口にこそ出していないが、これからロイたちがやる、死体を飾りつつける背徳行為にはあまり好意的ではなかったのだ。

 ちなみに、ロイたちの今回の襲撃の真意は、ケプマストの考えとほぼ一緒だった。

 フォール軍の首脳部がいなくなることで、余計な戦闘がなくなると考えたのだ。

 ワススは短絡的な考えだと思うが、それがロイ一味の持ち味だったりするようなのだ。

 心では違和感を覚えているが、単純明快に修羅道を突き進むロイのやり方に、ワススは魅力を感じていたりもする。


 嬉々として死体を移動させ、持っていた鉈で腕を躊躇なくバラしていくロイの一味。

「こいつは脚も切り落とそう」そんなことをいって、死体損壊を楽しげにやる一団。

 ザクザクという効果音とともに、床が血にまみれて地獄のようになる。

 ワススは好きではないが、これは彼らがケロマストという地にいた時から行ってきた、恒例儀式のようなものらしかった。

 残虐に死体を飾りつけ、自分たちの存在を誇示するというのだ。

 これだけ悪逆なことをやっておきながら、自分たちを「世直し旅団」と名乗っているロイたち。

 救いようがないバカどもだなとワススは思うが、同じ一味に入ったからには適当に合わせておかないと思っていた。


 この「世直し旅団」の残虐行為は、世間一般では「残虐旅団」と名前を変えて広まっていたりした。

 同じ内務省のヒュードなどは、ロイのこれらの残虐行為を危険視していたりするが、勝手に動く彼らを、どうすることもできないのが実情だった。

 ならば今は、好きにさせておけというのが、ヒュードより上の考えだった。

 いちおうエンドールのために行動してくれているので、そこは助かっていたりするのだ。

 しかし連中の行動が、今後手に負えなくなってくる可能性があった。

 その時、ロイ一味をどうするかというのは、ヒュードたちエンドール政府首脳部の悩みの種だったりした。

 こいつらは怪しげな術を使うだけでなく、その組織の裏に何かしら強大な存在があるのを感じさせていたのだ。

 その実態をきちんと把握するまでは、逆らわず従っておくべきだというのがヒュードより上の人間の見解だったのだ。

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