26話 「前線不在の朝」

 次の日の朝。

 メリエス将軍投降の報道は、ミナミカイ中に瞬く間に広まる。

 最前線の指揮官と艦隊が、ごっそりエンドールに降伏したというのだ。

 あまりにも意外な展開に、ミナミカイ市民も驚いていた。


「いったいフォールは、どうする気なんだ!」

「港にはまだ船はあるが、戦力的に厳しいぞ!」

「このまま戦うのか?」

「そもそも艦隊決戦自体が、玉砕覚悟だったんだ! 戦力がないんじゃ、これはもう降伏するしかないんじゃないか?」

「エンドールが、ここぞとばかり襲撃してくるのではないか?」

「でも、エンドールは支配地では、規律を重んじているともいうぞ」

「キタカイとの交易再開してくれたほうが、ありがたいからな~」

「さっさと、もう降伏しろよな!」

「海戦ないのかよ! つまらないな! せっかくエングラスから、仕事休んで来てたのによ!」

「レニエさん今頃、顔面真っ青だろうな!」

「アバックが、全部悪いってことにしたらいいんじゃね?」

「なんでも、レニエもアバックも不在らしいぞ?」

「ふたりとも逃亡したんじゃね? だせえ!」


 街の人々の声は千差万別だった。

 市民の大半はもう半ば諦めムードで、フォールの敗北を確定的に捉えているようだった。

 ちょっと屋敷の外を歩いただけで、アートンは以上のような街の声を聞いた。

「戦闘がないってのは、それはそれでいいことだと思うが、正直拍子抜けな感じもするな」

 アートンがやや残念そうに口に出す。

「おっと、なんだかアモスみたいな考え方だな、反省反省」

 アートンは、不謹慎なことをいったのを自戒する。

 カーナー邸の正門までやってくると、アートンは郵便受けをチェックする。

 いくつか郵便物が入っていたので、アートンがそれを手に取る。

「あれ? 見かけない顔だね。あんた新入りさんかい?」

 ちょうどカーナー邸に、郵便物を届けていた郵便配達員がアートンに声をかけてくる。

「ああ、そうなんだよ。まだ勤めだして間がないんだ」

 アートンがそんな嘘をつく。

 嘘で話しを合わせるという行為に、アートンはすっかり免疫が完成してしまった。

「そうなんだ。カーナーさんは元気かい? いろいろ忙しい時期だと思うが、俺カーナーさんの市政応援してるぜ」

 郵便配達員がそんなエールを送ってくる。

「ご主人様は、この程度で弱音を吐いたりしませんよ」

 適当に話を合わせ、アートンがそんな言葉を郵便配達員にいう。



 一方、カーナー市長は議会でどんよりしていた。

 呆けたような顔で椅子に腰掛けている。

 掛けているサングラスだけが、キラリと光を反射させる。

「まあ、仕方ないよな……」

 諦めたように、ポツリとつぶやくカーナー。

 脱力した口の端から涎が一筋流れる。

 会議でミナミカイの無血開城が決定したのだ。

 議員たちが、決定を巡りギャーギャーわめいている。

 両眉を下げた気の弱そうな議長が、静粛に静粛に! と木槌をたたいて大声を出す。

 議会でのヤジは、敵前逃亡したらしいレニエへの罵詈雑言がひどかった。

 議員たちは、まだレニエの死を知っていなかった。

 レニエの死が広がるのは、もう少し時間が必要だった。



 アートンが、電話のあるキャビネットに、回収した郵便物を置きにきた。

 ちょうど使用人のギアスンが、電話を受けているところだった。

 電話が終わったギアスンに、アートンが郵便物を渡す。

「ありがとう」と礼をいい郵便物をギアスンが受け取る。

「電話、誰からだい?」

「フォードさまですよ」

「お、どういう要件だい?」

「例の遺跡調査、日程が早まったようですよ。明後日には出発準備できるようです」

 ギアスンがアートンに教えてくれる。

「なんと、ずいぶん早くなったな」

「ですね。なのでこれからすぐにでも、出発の準備をしておいたほうがいいかもしれませんよ」


「そうか……。明日からの東棟の改装工事の手伝いを、約束していたんだがな」

 アートンが残念そうにつぶやく。

「それはお断りしても大丈夫でしょう。あなたはそもそも、お客さまなんですし」

「でも、約束果たせないのは悪いな。バーリーの親方たちに、ひとこと詫びてくるよ」

 アートンが、バーリーたち改装業者のところに向かおうとする。

「そうですか。では、わたしは他のみなさんに、今の情報お伝えしておきます」

「そういえばヨーベルを診察するために、今日またナモーデ先生が来られるんでしたっけ?」

 振り返り、アートンが訊いてくる。

「先生なら、午後からまた往診に来られますよ」

 ギアスンが答える。

「例の件、お願いしてみますか?」

 ギアスンがアートンに尋ねる。

「で、できたら頼みたいな。先生のあの車、一度運転してみたい」

 アートンが、はにかんだように答える。

「いいですよ、わたしも一度乗ってみたかったのですよ」

 ギアスンは、アートンから受け取った郵便物を選定しながらいう。

 中に差出人不明の手紙が一通あったのだが、その時のギアスンは、その郵便物に気がつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る