54話 「強襲」
ヒロトを拉致った橋から歩いて十五分ほどの場所に、ニシムラガンショップはあった。
真緑の外観をした、一見すると倉庫のような店舗だった。
駐車場には、エンドール軍の軍用車が数台停まっている。
その軍用車の周りに、サイギンのミリタリーマニアが集まって記念撮影をしていたりする。
店先にはフォール軍の軍服が、マネキンに着せられて十体ほどが整列していた。
そのフォール軍服を眺めていたお客が、ズンズンと一直線に歩いていく三人の奇妙な集団を見る。
女性が少女の手を引っ張り、その後をオロオロとした表情の少年がついていっていた。
先頭を進むアモスが「どこだ?」と少女に尋ねる。
「ア、アモス、お、穏便にね……」
不安そうにリアンがアモスに訴える。
ヒロトが指差したのは、店の奥の従業員専用のドアだった。
さっそくアモスが、そっちに向かってヒロトを引っ張っていく。
アモスたちの様子を来店していた客が、不思議そうに眺める。
その視線を無視して、陳列されたライフル群のフロアをアモスたちが突っ切る。
途中ナイフ売り場があったので「ほらアモス、珍しいナイフがあるよ!」とリアンがいうが無視される。
まるで道化のようだと自己嫌悪したリアンが、すぐにアモスを追いかける。
従業員専用のドアを開け、ヒロトの指摘で地下に向かう階段を降る。
ここまで一直線に突撃してきたが、誰にも咎められない。
アモスは例の術を使っているわけでもないのだが、目的に一直線の一団過ぎて、逆に声をかけづらかったのかもしれない。
ヒロトを引っ張ったアモスが、階段を派手に足音を響かせながら降りる。
降った先のドアの上部には、ニシムラガンショップの小さめのネオン看板があり、ドアには反エンドールのポスターが貼ってあった。
「邪魔するわよっ!」
アモスが目の前のドアを蹴破った。
その行為をなんとなく想像できたリアンは、後方を振り返り、人が来てないか確認する。
さいわい誰も目撃者はいないので、急いでアモスについて部屋に入る。
ドアが勢い良く開き、見たこともない女性がズカズカと目的の部屋に押し入る。
突然の非日常的な光景に絶句していた、部屋にいた四人の男たち。
呆けたように唖然として、突然の闖入者に目を白黒させている。
こいつらが本当のテロリストなら、ガサ入れが来たと思い多少焦るかもしれないが、それすらせず、人形のように身動きひとつしない。
リアンは部屋に入るなり、漂う悪臭に思わずむせる。
アモスの第一声も「くっせぇな、ここ!」だった。
「おいっ! おまえ。そっちのドア開けろ!」
アモスは四人のひとりに、いきなりそう命令すると、男が慌てて馬鹿正直に、もうひとつあるドアを全開させる。
「よし、記者志望、素直だな!」
アモスは、今ドアを開けた男をよく知っていた。
今日の昼に、バス停前でデモのポスター近くの求人を、メモっていたあの男だったからだ。
「今すぐ風呂入って、髪を切れといいたいとこだけど、このまま話しを開始するわ! くっさいのは特別に我慢してやる、優しさキャンペーン中だからな!」
そういってヒロトの襟首を掴んで、アモスは彼女を部屋の中央に押しだす。
「ヒ、ヒロトちゃん?」
地下室に廃車同然のフォール軍軍用車を置き、その横で古タイヤをクッション代わりにして座っていた、よくわからないカードゲームをしていたふたりの男が、ようやくヒロトの存在に気づく。
今この地下室には、ヒロトの憂国戦士仲間は、四人全員そろっていた。
彼らはリアンも、先日目撃して見覚えのある男たちだった。
アモスにドアを開けさせた、袖のないジャケットを着た汚らしい男。
カードゲームをしている、こちらに半ケツを向けて座っている汚らしい男。
同じくカードゲームをしている、黒縁メガネに蝶ネクタイのやっぱり汚らしい男。
この三人は、そろって太っている点で共通していた。
そして、部屋の奥で巨大なサイギンの地図を前に、突っ立っている貧相な、もやしのような男。
ひとりだけ異相で目立っていたが、汚らしい男だという点はやはり共通していた。
彼らは間違いなく先日、ヒロトと一緒に公園内で見かけた、いかにも怪しげな男たちだった。
反エンドールのデモに参加していた時の装備品は、部屋の棚に置いてあった。
生意気にも高価そうなデスクが部屋には置いてあり、軍事関係の書籍やファイルが乱雑に広げられていた。
黒板も存在し、いろいろな雑誌からの切り抜いた肖像写真がそこには貼られていた。
バークの情報収集の際によく見かけた顔ばかりで、リアンですら顔と名前が一致する、エンドール軍の軍人や街の政治家たちだった。
「あの、な、何ですか急に?」
黒縁メガネの蝶ネクタイの男が、まるで緊張感のない甲高い声で尋ねてきた。
信じられないほどの危機感のなさと、無能そうな呆けた面だった。
「……ヒロトちゃん、どうしたんだい? こ、この人たちは?」
半ケツの谷間が目障りな男が、やはり脳天気そうに訊いてくる。
「なるほど、こいつらか……」
アモスが部屋を歩いて、男たちの顔を見比べる。
「公園で見かけた、ナイスガイどもね。その素晴らしい容姿、一度見たら絶対忘れないわよ」
アモスの言葉は好意的だが、言葉通りには受け取らなかった男たちが、緊張の表情をする。
そしてアモスの手に、鋭利な刃物が握られていることに、男たちも気がついて冷や汗を流しだす。
「なんで、あたしがここに来たか、ようやく理解した感じの表情になってきたわね」
アモスが、そういってクククと笑う。
カードゲームをしていたふたりの男が、そろって手からカードを落とす。
「あ、あ、あ……」
という、声にならないうめき声を上げるふたりの男。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうかしら」
アモスがヒロトの襟首をまたつかんで、部屋をゆっくり歩きだす。
リアンも、アモスが変なことをしでかさないか、なるべくアモスの近くを歩く。
「ヒロトに、変な思想を植えつけてるのよね、あんたら?」
アモスが地下室にいた四人組に、ニヤニヤしながら訊く。
男たちはアモスの言葉に何もいえず、愕然とした表情で固まる。
男たちは互いに視線を動かし、他の仲間の表情をうかがう。
するといきなりアモスは、ヒロトをまた乱暴に床に突き飛ばす。
床に倒れこむヒロト。
慌てたリアンがヒロトに駆けよろうとするのを、アモスが手で制す。
何もいわないアモスのその威圧に、リアンは彼女の恐ろしさを感じて、ヒロトの側によることすらできなかった。
「誰がリーダーなのよ? 無能ばっかみたいだけど、いちおうそういう存在いるんでしょ? さっさと名乗り出な!」
アモスがそういい、男どもを見回して歩きだす。
彼女の手には、物騒なナイフが握られたままだった。
アモスと目が合ってしまった半ケツの男が、反射的に目の前の黒縁メガネをかけた小太りの男を指差した。
「あんたが、大将ななわけね!」
アモスがいうや、リーダーと指差された男の蝶ネクタイを引っ張る。
リーダーの男は動くこともできず、悲鳴を軽く漏らす。
「返事ぐらいしな!」
アモスの一喝で、「は、はい!」と震えた声でリーダーがいう。
アモスが蝶ネクタイを離す。
「要件を単刀直入にいうわ!」
そういってアモスは、リーダーに顔を近づけて、手にしたナイフを喉元に突きつける。
それを見て、リアンが一番震え上がる。
「ヒロトに、二度と近づくんじゃない! いいかっ! これは警告だ!」
「あ、あの、いったい何の話しでしょうか?」
無知は力、アモスの恐ろしさを知らないリーダーは、ナイフを突きつけられても、とぼけるようなことをいう。
刹那……。
「ああああああっ! てめえっ! 何、しらばっくれるんだよ! 穏便に解決してやろうっていう、優しさキャンペーンないがしろにする気かぁ!」
アモスの怒声が、地下室に響き渡る。
勢いでそのままリーダーの喉を、掻き斬らなかったのが奇跡的とも思えた。
そこへリアンが、慌てて割って入る。
「ア、アモス! と、とりあえずナイフはしまおうよ! 優しさキャンペーン中なんでしょ!」
リアンが、アモスのナイフを持つ手をガッツリとつかむ。
リアンはアモスの顔を見据え、小声でお願いだからと頼みこむ。
アモスはリアンの懇願する表情で、ナイフをリーダーから離す。
それを見て、リアンはひとまず安心した。
そして背筋を正して、リアンはヒロトを見る。
「えっとですね……。ヒロトが、おかしくなったのは……。変な思想を、あなたたちから植えつけられているから、って相談を受けたんです」
相談なんか受けていないのだが、ここではハッタリをリアンはいう。
伝達係として、必要な嘘を咄嗟につくという行為ができるようになったのも、この特殊な状況だからだろう。
元々リアンは、嘘をつくという行為に拒絶感を持っていた。
なのに危機的状況を前にすると、それができるようになった。
番頭役としても成長したのかもしれない。
「変な思想……」
リアンの言葉に、思わずヒロトが不満気につぶやいてしまう。
しかし、アモスの凶悪な眼光に睨にらまれ黙り込む。
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