55話 「霞の憂国」 前編

 アモスが、蝶ネクタイのリーダーを突き飛ばすと、彼は座っていた古タイヤからコロンと転がり落ちる。

 引っくり返った亀のように、ジタバタしているリーダーをアモスが鼻で笑う。

 立ち上がったアモスは、後方のデスクに視線をやるとそっちに歩く。

 デスクの上にあった、書類にアモスは目をやる。

 デスクの側には、昼前に見た記者志望の汚らしい男がいた。

 アモスが、ナイフを手にしたままこちらに歩いてくるが、男は恐怖で動けないでいる。

 アモスが怯える男を露骨ににらみ、「やっぱ臭えな、お前が一番」といってくる。

 そして男を無視して、机の書類を手に取る。


「ほお? 粛清リスト? これは、いいもの持ってるわね」

 アモスが、綺麗にファイリングされた書類のタイトルを読んで、興味深くページをめくる。

 アモスから臭い認定された男が、オロオロとしている。

 リストにはエンドールの軍人や、フォールの政治家の名前が書かれていた。

 さらに、ホテル周辺の見取り図や警備状況まで書かれていた。

「パニヤ? スワック? ステー? 知ってる知ってる、エンドールの指揮官だよね、こいつら」

 アモスは詳細に調べあげられた、エンドールの指揮官たちの資料を見つける。

 どうやって調べたのか、彼らの行動を日付ごと、詳細に記述しているのだ。


「こっちの地図は、警備状況を調べたのか? ヒュ~、やるじゃん!」

 アモスが、ファイルに挟まっていた地図を広げてみると、市庁舎付近の地図だった。

 そこには、詳細に警備状況を調べあげた付箋が、貼りつけてあった。

「そ、それは……」

 体臭がキツい男が狼狽するが、アモスが鼻を手で押さえながら笑う。

「そんな謙遜すんなって、くっさいけど。あんた意外とよく調べているじゃん! 記者志望なだけあるわね。きちんと風呂に入れば、社会復帰もできんじゃないの?」

 アモスが鼻をつまんで、悪臭を嗅がないようにしながら、調査したらしい男を賞賛する。

 そして真顔になると、ファイルを机に放り投げる。


「警察やエンドール軍が、これ見たらさぁ。きっと最大限の、おもてなしをしてくれるわね。立派な、テロリストさま爆誕だわ。いや、あんたらは愛国者さん志望だっけ?」

 アモスがわざとらしい拍手をする。

 地下室にいた男たちが、下を向いて固まっている。

 アモスに対して、何ひとついい返すことすらできずにいた。

 彼女が、刃物を持っているというのもあったろうが、計画が完全に露見したことに、絶望しているのが正しい感じだった。

「でもさぁ……」

 アモスがデスクにもたれかけながら、ネットリとした視線で無言の男たちを見回す。

「どうもあんたらはさぁ。本気でそんなこと、やろうとしてる連中には見えないわねぇ、んんん?」

 アモスの言葉は、リアンも同様に思っていたことだった。

 その辺りどうなんだろうか、リアンも訊きだしたかったが、ここはアモスに任せることにした。

 今のところアモスは、ナイフでいきなり襲いかかるような印象がない。


「おいっ! ヒロト!」

 アモスのヒロトへの一喝で、リアンは前言を撤回しそうになる。

「その辺り、どうなのさ!」

 興が削がれたアモスが、ヘタレぞろいの男たちではなく、ヒロトへの当たりを強めた感じがしたのだ。

 リアンはさりげなくアモスの側に近づき、彼女が怪しい動きをしはじめないように、牽制しようと場所を移動する。

「あたしたちはぁ、この国のために、命懸けで行動する予定だったんだ!」

 ヒロトが、声を裏返し涙目になりながら、アモスに対して怒鳴り返す。

「ああああああっ!? 何だそりゃ?」

 ニヤリとするアモスと、彼女をにらみつけるヒロト。

「まあ、つづき聞いてやるよ。この中で、おまえが一番、肝座ってる感じだからな」

 アモスが半笑いの表情で、ヒロトの涙声と表情を愉しんでいる。


 ヒロトはその場で立ち上がり、アモスに果敢に立ち向かおうとする。

 しかし、男たちは全員青ざめている。

「この国を売り払った売国奴と、侵略者エンドールに天誅を与えるんだ!」

 ヒロトがそういうや、アモスが彼女の足元にナイフを投げつける。

 股下にナイフは突き刺さり、そのままヒロトは尻餅をつく。

「天誅って何いってんだ? 覚えたての言葉使ってんな、ガキが!」

 アモスが無表情で、ヒロトに吐き捨てる。


 すると素早くリアンが駆けより、床に突き立ったナイフを奪う。

 アモスも予想外の、リアンの行動だったようで驚く。

「あっ! リアンくん、何すんのよ! ここのクソども、斬り刻めないじゃない!」

 アモスの言葉で、驚いた表情をする男性陣たち。

「そういう脅しはなしで、もっと穏便に話しあおうよ!」

 リアンが、拾ったナイフを抱え込むようにしてアモスに懇願する。

「もう、仕方ないわね……。まあ、どいつもこいつも、面見たらわかるわ。社会に適応できなさそうな、ヒキコモリっぽいもんね。今回のことも、せいぜい革命ごっこの、自己満足なだけだったんでしょうよ」

 アモスが、馬鹿にしたように決めつける。

「そ、そんなことはないもん! ひっ……」

 ヒロトが反論した瞬間、アモスににらみつけられ、ヒロトは後ずさる。

 ナイフはもう持っていないものの、アモスの鋭い眼光に凶気を感じたのだ。


「ヒロト、ここは黙ってよう?」

 リアンが、ヒロトを優しくたしなめる。

 さり気なく、リアンはヒロトの肩に手をかける。

「どうなの? 誰か何かいいなさいよ! いきなり来た女に、ここまで罵られて、何も発言できないのか? どこまで腰抜けだよ! 最後まで一言も喋らないなら、それでもいいわ! 僕たちのやっていたことは、ただの現実逃避です! そういうことで、いいのねっ!」

 アモスの挑発的な言葉に、地下室の男たちは何もいえずにいる。

 唯一何かいいたそうなヒロトは、リアンがしゃべらさないようにしている。


「なあ、記者志望の臭いあんたは、どうなのよ!」

 アモスは鼻をつまんだまま、側の男をにらみつけながら尋ねる。

「例の求人の結果は、まだ先だっけか? 仮にダメだとして、いい仕事は見つかりそうか? 希望職種は革命戦士ってか? 笑わせんなよな、ほらよ!」

 アモスは、いきなりポーチから紙切れをばら撒く。

 それは、街の掲示板によく貼ってある求人票だった。

「仕事なら山ほどあるだろ、好きなの選びなよ」

 アモスはそういって、地面の求人票を足蹴にして舞い上げる。

「それに、根本的なこというけどよ」

 うなだれている男たちを眺め回し、アモスはニヤリとしていう。

「フォールはまだ滅んでないぞ? おまえらに愛国心ってのがあるなら、今からでもフォール兵に、志願したらいいんじゃね~のかよ。次の戦闘で、憎々しいエンドール兵どもを、殺しまくれるぞ?」

 アモスが、もたれかかっていたデスクの上をドン! とたたく。

 その音に驚いて、男たちがビクンと一斉に動く。

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