55話 「霞の憂国」 後編
そこで、リアンが手を挙げる。
「あの、いいでしょうか?」
こんな時でも、挙手してから発言するリアンを、微笑ましくアモスが見る。
さっきまでの鬼のような形相から、一転して穏やかそうな笑顔になっている。
「ヒロトが、学校に行っていないのは、当然知ってますよね? あなたたちは大人の人なんですし、彼女に学校に行くように、説得すべき立場じゃないんですか? なのに革命とか、暗殺とか……」
リアンの言葉は正論だったが、どこか男たちに遠慮しているような印象があった。
「こんな物騒なことを、まだ小さい女の子に吹き込むなんて。自分たちの行為が、おかしいと思わないんですか? 本当に正しいと、思ってる人いるんでしょうか? すみません、いきなり来て、こんなこといっちゃって……」
いい終えた後に、リアンはペコリと頭を下げる。
その手にはしっかりと、アモスから掠め取ったナイフが握られている。
「アハハッ! いい大人の男どもが、子供に説教されちゃってる! メッチャ、痛々しい光景なんですけど!」
地下室に、アモスの爆笑が響き渡る。
「ア、アモス、ここで挑発するようなことは……」
すかさずリアンが、空気を読んでアモスをたしなめる。
リアンの言葉に、アモスは何故かニッコリ笑う。
面食らうリアンだが、この場の収集は自分に任せてくれるのかな? とリアンは判断した。
リアンは大きく深呼吸して、心を落ち着かせる。
普段のリアンなら、大勢の前で話しをすることなんて、絶対できなかったはずだった。
しかし今ここにいる男性陣は、負い目からか誰一人下を向いて、リアンに注目していなかったのでこういう演説ができたのだ。
まるで、本当の役者になったような気分だと、リアンは心の中で自嘲する。
そして、やはり隣でうなだれているヒロトを、リアンはチラリと見る。
今は彼女を、この集会からつれだすために頑張ろうと思うのだ。
「僕にはこの件、本気だったとは思えないんです。だから、特別騒ぎ立てるようなこと、したくないんです。ですから、もうヒロトは放っておいてくれませんか?」
リアンは、自分のいうべきことをいい切った。
説得できたかどうかはわからないが、男性たちは神妙な表情で、リアンの言葉を聞いてくれていた。
再度大きくため息をつくリアンが、ヒロトの肩をつかんだままだということに気がつく。
ヒロトの全身から、力が抜けるのを感じたことで、彼女に触れていたことにいまさら気づいたのだ。
そのことでリアンが赤面しだして、ヒロトの肩から手を離そうとした瞬間だった。
「す、すまなかった……。本当に、申し訳ないです……。返す言葉もありません……」
いきなり、リーダーだとさっき指差された、蝶ネクタイの小太りの男が立ち上がり、リアンに向けて頭を下げて謝罪してきたのだ。
リーダーが謝ったのを見て、対面にいた半ケツの男も立ち上がり、彼と一緒に頭を下げる。
「行動を起こす気は、本当になかったんだ……。元々は僕らも、最初は冗談だったんだ。いろいろ話していくうちに、エスカレートしていって……」
「調査とかして、作戦立案なんかをしだしたら、それが面白くなって歯止めが効かなくなったんだ」
リーダーと対面の男の言葉に、ヒロトが驚いたような表情をする。
「そうしたら、反エンドールデモとかが開催されるようになったでしょ? そこに参加しているうちに、僕らの中にも何かできるんじゃって、勘違いが起きたんだ。ヒロトちゃんには、本当に申し訳ないことをしました……」
記者志望の男が、アモスに対して頭を下げる。
つむじ部分の頭髪が薄くなってるわね、とアモスは思うがあえて黙っておいた。
男たちが、次々と頭を下げてきたのを、ヒロトは呆然とした表情で眺めていた。
ヒロトの表情から、彼女はこの革命を、本気だと思っていたようだった。
崩れ落ちそうになるほど、全身の力が抜けそうになっているヒロトを、リアンが必死に支える。
「ヒロトちゃん、本当にごめん! 僕たちの活動に、興味を持ってくれるなんて、うれしかったからつい……。自制すべき立場だったのに、どんどん巻き込んでしまって……」
リーダーの蝶ネクタイの男が、ヒロトに対して頭を下げたままいい、そのため黒縁メガネが地面に滑り落ちる。
意外とここの連中は、素直な人間ばかりだったようで、自分の非を全面的に自認して恥じているようだった。
そんな謝る大人たちの姿を見て、リアンは先日のアートンの謝罪を思いだすが、今回は円満に解決しそうな感じなので嫌な気分はしなかった。
反社会的な行動をやっている連中と縁を切らせる、かなり難易度の高い行為に思えたが、今回は運良く大団円で終わりそうだった。
アモスが強襲を決行してくれたおかげでもあったが、それで血なまぐさい展開に発展しなかったのも、運が良かった。
リアンは安堵の表情で、地下室にいて頭を下げている男性を見回す。
しかし、リアンはひとりの男性が気になる。
その人物は、部屋の奥のショーケースにもたれかかっていた、唯一貧相な体格をした青白い顔色をした男性だった。
無表情で微動たりせず、会話にも参加しないし、他のメンバーの謝罪にも無反応だった。
どうも彼もヒロト同様、この革命ごっこを遊びだと思っていなかったような、印象をリアンは受けた。
リアンは、彼の存在が急に気にかかる。
「よしっ! いちおう、話しはついたみたいね……。あたしの考えてた結末ではないけど、まあ、たまにはこんなのも有りでしょう!」
アモスのその声で、リアンは我に返る。
「いいわねっ! あんたら、二度とヒロトに近よるんじゃないわよ!」
アモスが怒号を再び上げるが、最初の頃のような殺気は消えていた。
相手がとんだヘタレだったため、興醒めした感じでもあるようだ。
これでヒロトの抱える問題のひとつも、平穏無事に解決しそうだった。
「ヒロト平気?」
リアンは、ずっと肩を貸していたヒロトに語りかける。
ヒロトは放心した表情だが、ゆっくりこくりとうなずく。
「はい、わかりました……」
「申し訳ありませんでした……」
リーダー含めた三人の男たちが、改めて深々と頭を下げる。
「じゃあ帰るわよ! ヒロト! あんたが、どう思ってたかは知らないけどね! これで、こいつらの正体はわかったでしょ!」
アモスがヒロトに近づいてきたので、リアンはナイフを後ろに隠して、彼女が変なことをしないか警戒する。
「暇潰しの一環として、今回の戦争をきっかけに。有りもしない愛国心を振りかざして、革命家を夢見ていただけの、妄想狂だったってことが! あんたも同じ妄想見ることで、連中とやっすい仲間意識でも芽生えたんでしょ。そんなのは、ただの現実逃避だったのよ!」
アモスが、うなだれているヒロトに怒鳴りつける。
リアンがアモスにもう止めてあげてと、袖を軽く引っ張る。
それに対して仕方ないわね、という表情をするアモスだが、リアンのいう通りヒロトへの口撃を止める。
もうヒロトは意気消沈して、完全に心が折れているようだったのだ。
これ以上の糾弾は、いくらなんでも酷だとアモスでさえ自制したようだった。
「ヒロト、宿に帰ろう?」
リアンが、優しくヒロトに声をかけた。
そして、ヒロトの手を引こうとする。
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