56話 「蠱惑」
「ま、待てよ……」
地下室から帰ろうとしたリアンたちが、足を止める。
振り返ると、今まで部屋の奥で放心していた貧相な男が、こちらをにらんでいる。
さっきリアンが気になった、貧相な男がはじめて発言をしたのだ。
「す、好き勝手いいやがって……」
貧相な男が一歩前に踏みだして、リアンたちに指を突きつけてくる。
嫌な予感がすると感じたリアンが、アモスの表情をうかがおうとすると……。
「あああああああああああっ!」
アモスが指を差してきた男に対して、今までで一番響き渡るような怒号を発する。
その表情は、眉が跳ね上がり、目つきだけでにらみ殺せるかと思うほどの凶相だった。
リアンは慌てて、奪い取ったナイフを背中に隠す。
「今よぉ……。人語を発っした、鶏ガラ野郎はどいつだぁ!」
目を血走らせアモスがゆっくりと、痩せぎすの男の側に歩いていく。
慌ててリアンが、両手でアモスの服を引っ張って制止するが、リアンはそのまま引きずられる。
痩せた男とアモスの様子を、オロオロと眺めて、何も言葉がでない革命家もどきの男たち。
「ふぅ……、ふぅ……」
荒い息遣いで、痩せた男が前に進んでくる。
彼も完全に目が血走っている。
「お、おい……」
まわりの仲間が、慌てて制止しようとするが無駄だった。
興奮状態の男が顔を真っ赤にしながら、アモスと真っ向から向き合っている。
「玉なしじゃないのは、認めてやるよ」とアモスが嘲笑う。
「で、どういうつもりでこの茶番、継続させる意図があるわけだぁ? クソ豚どもの革命家ごっこに時間割いてるほど、このお話し暇じゃないんだけどよぉ? 当然それ相応の、なんか笑わせてくれる展開でも、あるんだろうなぁ?」
アモスは突然のイレギュラー的な展開に、不敵な笑みを浮かべながら目の前の男にいう。
「俺たちがぁ……。何もできない、人間じゃないってことをぉ、し、証明してやる!」
口角から泡と涎を垂らしながら、貧相な男が目を血走らせてアモスにいう。
「はぁっ? じゃあ、今は無能なゴミクズって、自覚はあるわけか? で、どうすんだよ?」
男の凶相を真っ向から受けながら、アモスは挑発的に訊き返す。
「こ、殺す!」
そういって男は、懐から銃を出してきた。
古臭い形をしたリボルバーで、かなりの年代物だった。
アモス以外の人間が、驚いたようにザワつく。
「へぇ~。で? 誰を?」
アモスは銃を目の前にしても、何ひとつ動じない。
アモスは男のリボルバーをひと目見て、こいつはド素人だと確信したのだ。
「この国を、滅ぼした連中をだよ!」
男が銃口を、部屋の黒板に貼りつけてある要人の写真に向けて叫んだ。
「あら、いちおう絵になる構図ね、フフン! でもさぁ、フォールはまだ滅んでないでしょ?」
アモスの当然ともいえる指摘に、地下室にいた全員が静まり返る。
「うるさい! いちいち……」
赤面した男が、アモスに向き直る。
そして、セリフのつづきをいおうとした瞬間、アモスにぶん殴られる。
顔面を殴られた男が、後方に吹っ飛ぶ。
「耳障りなカン高い声! ウザいっ! あと口臭い! 歯磨いてる?」
アモスが、見下すように男に怒鳴る。
吹っ飛んだ男が、血を流してうめいてる。
貧相な身体が地面でモゾモゾ動いて、起き上がろうと必死にもがいてる。
「あがあが・・・」と惨めな醜態を晒し、手から離れた銃を再びつかむ。
「そんな豆鉄砲で、誰を殺すっていうんだよ? 妄想拗らせすぎだろ、おまえ」
アモスが、倒れた男に歩きながらいう。
「ほ、本気だぁ!」
男が尻もちをついたまま、血泡を吐きだしながら怒鳴る。
そして再びリボルバーを、アモスに向けてくる。
再度、リボルバーを確認したアモスが鼻で笑う。
「アモス! ダメだって! 危険だか……」
「リアンくん! ここは黙ってて!」
注意しようとしたリアンにアモスが怒鳴り、その剣幕でリアンも黙ってしまう。
「どこからこんな、骨董品持ってきたか知んないけどさぁ? この程度の銃で、何するってわけよ?」
アモスが、自分に向けられた銃口に指先をつけ、ニヤリと笑う。
「エンドールの指揮官を殺すんだよ! ひとりなら、これでもじゅうぶんだからなぁ!」
貧相な男がヤケクソ気味に叫ぶ。
「そんな涙声で、いわれてもなぁ。迫力! まったくないから!」
アモスに迫るようにいわれ、怯える男。
手にした銃がプルプル震える。
「そんなことして仮に殺害に成功したとして、あなたもただじゃ済まないですよ」
リアンが、銃を突きだしてる男にいう。
「俺ひとりの命で、この国の未来が変わるなら、こんな生命! くれてやるぅ!」
男はまたヤケクソでそう怒鳴るが、誰に向けていっているのか対象がわからない。
アモスが、つまらなさそうにため息をつく。
そして、男の手からサッと銃を簡単に奪う。
「おい、半立ち野郎?」
アモスが銃口を男に向ける。
「ひぃっ!」と、銃を奪われたことに、いまさら気づいて怯える男。
どこまでも惨めで無様な醜態だった。
銃口を向けつつも、アモスはもう完全に飽きているような印象だった。
「やっぱ、面白い展開なんか何もなかったわね。結局、時間を無駄にしただけだったわ。チッ、どうすんだよ、このしょうもない感じ……」
そういった後、アモスは男の怯える顔の中にある閃きを覚える。
「なぁ、あんた……」
「童貞だろ?」そういって、アモスはニヤリと笑う。
アモスは、いきなり男に屈みこむと胸元を見せ、挑発的なポーズを取った。
「え……」
赤面する貧相な男。
「もし、あんたが本気で行動したらさぁ。男として、認めてあげてもいいわよ。どうせまだ、女のこと何も知らないんでしょ? ひとりでも殺せたら、あたし。あんたの好きなこと、な~んでもしてあげてもいいわよ?」
アモスの言葉に顔を紅潮させ、男は下衆い表情をする。
男の荒い息遣いが、その場に妙な空気を生む。
リーダーを含めた三人の男たちも、どこか羨ましそうにアモスの姿を眺めている。
「ぷっ!」
アモスが突然吹きだす。
「え? 照れてるの? ウケるぅ ば~かみたい」
途端にアモスが馬鹿笑いをする。
「できるわけなんかないわよね、あんたなんかにさ!」
「はぁ……」と、アモスはため息をつく。
「こんなのに時間割いたの、馬鹿馬鹿しかったわね」
アモスは、奪い取った銃を床に投げ捨てる。
放心状態の貧相な男が、床に落ちた銃を眺める。
「リアンくん、ヒロト、帰るわよ!」
アモスの言葉に、リアンとヒロトが正気に戻る。
アモスは、まだ赤面している蝶ネクタイのリーダーを、チラリと見る。
「あんたらも、二度と変な気を起こすんじゃないわよ! あと、この腰抜けを暴走させないようにしときな!」
アモスは放心状態の貧相な男を指差す。
「じゃないと……。あんたら全員、本気で人生詰むわよ!」
「わ、わかりました……」
アモスににらまれ、太った三人が深々と頭を下げる。
「お、おじゃましました。いろいろすみませんでした。あと、ドア壊しちゃってすみません……」
去り際に、きっちりとリアンは挨拶していく。
残された男たちは、階段から聞こえる足音を耳にしながら、深くため息をつく。
三人の太った男たちが、まだへたり込んでいる貧相な男を見る。
彼だけは未だ放心状態で、床に落ちている銃をじっと見つめていた。
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