57話 「喪失」 前編
リアンたちが、夜の繁華街を歩いてる。
後方に見える、緑色したニシムラガンショップが遠ざかる。
自暴自棄になった追手が来るとかいう感じもなく、リアンたちは堂々と店を出て歩いて帰ってきた。
ファニール亭の反対側の大通りは、夜でも賑やかな繁華街だった。
ちょうどリアンたちは、お客で賑わう惣菜屋の前に来ていた。
リアンたちは当然知らないが、橋の下の小屋で野宿する際に、アートンが夕食を購入した店だった。
先頭を歩くアモスは、スッキリした表情をしているが、ヒロトの瞳はうつろなままで涙も出ないような状態だ。
リアンはヒロトの重い足取りを見て、手を引こうか考えるが止めておく。
さっきまでは暴走するアモスのアドレナリンとリンクして、リアンもヒロトに対して積極的に接触できた。
でも騒動が終わると、いつものヘタレで奥手なリアンに戻っていた。
「ヒロト、大丈夫かな? 変な考え方は、諦められそう?」
リアンは不安そうだが、ヒロトにド直球で尋ねる。
「ずいぶんリアンくん、ハッキリ訊くのね」
アモスが笑いながらリアンにいう。
「だって、他に訊きようが……」
「まあねぇ~。おい、ヒロト!」
アモスの声にヒロトがビクリとする。
「せっかくあんなのと縁切ってやったんだ、ありがたいと思えよ。逆恨みでもしてみろ、バラバラにして川のアヒルの餌にしてやるからな! そうだ、リアンくんナイフ返してよ。あたしにとっていちおう大事な、思い出の品なんだからね。」
アモスが、リアンが奪ったナイフを回収しようとする。
「こんなの持ってて危ないですよ。僕がこれからも、預かっておきましょうか?」
「いくらリアンくんでも、それはダメよ」
そういって、アモスはリアンの手から素早くナイフを取り返す。
リアンの手から奪われたナイフは、アモスのポーチのナイフ入れに収納される。
「ほら、リアンくん、ヒロトが遅れてるわよ」
アモスが立ち止まって、ヒロトがだいぶ遅れて歩いていることを教える。
「いっそ手引いちゃいなさいよ、ヒュ~ヒュ~」
アモスがからかうようにいってくる。
リアンはアモスの冷やかしを無視して、遅れているヒロトのとこまで走る。
「歩ける?」
「平気……」
リアンの言葉に、簡単だがきちんとヒロトは返事をする。
「さっきの件は、本当にゴメンね。成り行きとはいいえ、あんな結果になっちゃって」
「そうね……」と下を向いたまま、心ここにあらずという感じで、ヒロトはつぶやく。
放っておくのがいいのか、言葉をかけたほうがいいのか悩んだリアンだが、やはり話しかけてあげるのがいいと判断した。
「今なら、まだまだやり直せると思うんだ……。政治闘争なんて、殺伐としてヒロトには似合わないよ」
「そうそう! あんたまだ、ガキンチョなんだからさぁ。もっと人生楽しむような感じで、気楽に生きていけばいいのよ」
アモスがニヤニヤとした笑顔でいってくる。
煽っているようなアモスの表情と口調に不安になるが、ヒロトは無言のまま黙ってる。
アモスがここでタバコを取りだして、自分で火を点ける。
「まったくさぁ。あんなゴミみたいな連中の、どこが良かったのよ」
アモスは大きく煙を吐きだす。
「つ~かさぁ~」
タバコの煙を吐きだしながら、アモスがいう。
「どこで知り合ったのよ、あのキモい連中と。反エンドール活動をしたら、幼女と知り合えました! 世のモテない、キモい連中が知ったら、さらに活動活発化しそうね」
アモスがケラケラ笑うのを、リアンが袖を引っ張って止めさせようとする。
「あ、あたしにとっては……」
ここでようやくヒロトが、自発的に言葉を発した。
リアンがヒロトの言葉を待つ。
「はじめてできた、仲間だったんだ」
今まで我慢していた涙を流して、ヒロトはそう答えた。
「おいおい、仲間ってあれがか? 冗談だろ?」
アモスが笑いながらいい、タバコを吹かす。
さらにアモスが、何かつづけていおうとしたのをリアンが遮る。
「ごめん、本当に大事な仲間だったんだね……」
慌ててリアンがヒロトをなだめるようにいい、アモスの嘲笑を謝罪する。
ヒロトは、チラリと横目でリアンを見てくる。
そのヒロトの視線には、いつものような怒りに満ちた憎悪は感じられなかった。
リアンは口下手ながら、必死に言葉を選んでヒロトに優しく語りかける。
「ほら、まず、年齢も全然違う感じだし……」
リアンは、地下室にたむろしていた四人組の男たちの顔を思いだす。
「そもそも、考え方がおかしすぎる人たちだし……。物騒な計画を立ててさ。実行まで考えてなかったとはいえ、陰湿で卑怯な感じだよ。あんな人たちと一緒にいたら、ヒロトの考えもおかしくなる一方だったはずだよ」
「実際あんた、おかしくなってたけどね」
アモスが余計な茶々を入れてくると、リアンが本気で困ったような顔になる。
「とにかくね。本気じゃなかったとはいえ、かなり緻密で現実味のある計画を立ててたみたいだし。調査も精巧だったし、あんな非生産的な破壊活動を考えるなんて、立派な犯罪だよ。ヒロトには、そんな犯罪行為をする人たちとは、一緒になって欲しくないよ」
リアンが、涙を浮かべて立ち尽くしているヒロトに、なだめるようにいう。
その様子を、道行く人々が好奇の視線で眺めて歩き過ぎる。
(ずいぶん口数が多いわねリアンくん……。しかも、相当必死。このガキを、どうにかしてあげたいという思いは、本物なのね)
身振り手振りを交えて説得をつづけるリアンを、アモスは興味深げに眺めていた。
しかも、当のヒロトもすっかり毒気が抜けたようになって、リアンの言葉を聞いているようだ。
さっきまで流していた涙も枯れだし、ヒロトは顔を手で何度も拭う。
しかし……。
「ヒロトなら、もっと別の友達を見つけられるよ。きっと、同じような年齢の友達が見つかったら。そうすれば、きっと……」
リアンが、そんな言葉を話した途端だった。
「そんなの、どこにいるっていうのさ!」
さっきまで大人しかったヒロトが、突然いつもの凶暴性を取り戻したように大声を上げた。
視線も凶暴になり、リアンをにらみつける様子は、はじめて出会った時とまったく同じだった。
周囲の人々も、突然のヒロトの絶叫に驚いて足を止める。
どうやらリアンは、ヒロトにとって最大の地雷を踏み抜いてしまったようだった。
ヒロトがリアンに向き直り、無言でにらみつける。
リアンは、あまりのヒロトの豹変ぶりに戸惑い、言葉が出なくなってしまう。
アモスは、その様子を見ていたが、あえて黙っていることにしてみた。
ヒロトは怒り心頭なものの、リアンに危害を加えるような感じではない。
ひょっとしたら、ヒロトの本当の「心の闇」が見れるかもと期待したのだ。
アモスの中で嗜虐的な期待値が上がる。
「ど、どこにって……。と、とりあえず学校に行ってみたら……」
リアンがしどろもどろになりながら、ヒロトにいってみる。
あえてリアンは、アモスに助け舟を求めようとせず、なんとかヒロトをなだめようとしていた。
アモスが介入したら、また最悪の展開になりかねないと思ったからだ。
しかしチラリとアモスを見ると、彼女はニコニコして、あえて何もいわないでいてくれるようだ。
アモスなりに、ヒロトとの仲を取り持つのは、リアンに譲ろうとしてくれているようだった。
本当は違うのだが……。
しかし、そんなアモスの放置もリアンの必死の説得も虚しく、ヒロトはどんどんヒートアップしていく。
さっきすっかり乾いた瞳には、また涙で潤んで今にもあふれそうな勢いだった。
「あんたも、結局はうちのクソ親と同じだよ! 学校に行って、普通に生きていけっていうだけで! なんの解決方法も提案できない、脳なし野郎なんだよ!」
ヒロトはそう怒鳴り、ついにリアンからそっぽを向く。
その際に瞳から涙がこぼれ落ち、地面をかすかに濡らす。
リアンは、どうしたらいいのかわからないという表情で、オロオロとヒロトを眺める。
一方アモスは、ニヤニヤしながらタバコを美味しそうに吸っている。
周囲の通行人も、まだ若いカップルの痴話喧嘩かと思い、苦笑いしながら通りすぎている。
狼狽したリアンは、ヒロトをどうにかしないとという思いよりも、周囲の人々の好奇の視線が気になりだす。
そのせいでさらに狼狽したようになり、呼吸も荒くなりパニック寸前に陥っていた。
アモスの助け舟を期待して彼女を見るが、ニヤニヤとしてタバコを吸っているだけだった。
リアンはさらに混乱してきた。
「で、でも、それが一番いいと思うし……。が、学校なら、同年代の人もいるでしょ……。ヒロトの悩みを聞いてくれる人だって、き、きっと」
リアンが結局、悩んで絞りだした答えはそんな陳腐な言葉だった。
「それが一番いい案ね! フン! ありがたいわね! 感謝感激だわ!」
ヒロトが、明らかな敵意を込めた視線でリアンにいう。
そこには、橋の上で穏やかに話した少女と同一人物とは思えないような、拗ねて敵意を剥きだしにした、昨日までの彼女の姿があった。
「あたしがどんな理由でこうなったとか、まったく知ろうともせずに! 安易に、好き勝手いいやがって! 何が学校に行けば、解決するだ! あんなところに、あたしの仲間なんて、いるわけないだろ!」
ヒロトの涙声混じりのリアンへの糾弾を、タバコを旨そうに吸いながらアモスが見てる。
「あたしの大事な……。な、仲間も奪いやがって!」
握り拳をプルプルとさせ、ヒロトは唇を噛み締め、視線を地面に向けて声を絞りだす。
ヒロトはさっき縁を切った四人組を仲間と呼んだが、かなり無理をしていっているのがリアンにもわかった。
黙りこくっているリアンに、キッと鋭い視線をヒロトは突きつける。
「あんたみたいな、恵まれたヤツに! わたしみたいな、生まれたこと自体、間違えた人間の気持ちなんか、一生わかるもんか! 誰からもチヤホヤされて、悩みなんか一度も感じたことないんだろ!」
糾弾しながらヒロトは、リアンに向けて指を突きつける。
「ぼ、僕は、ヒロトにとって少しでも……」
リアンは蚊の泣くような声で、ヒロトにそういうのがやっとだった。
その言葉を聞き、ヒロトは怒りの表情をリアンに向け、くるりと背を向けて走り去ってしまう。
人混みの中に走り去っていくヒロト。
「あ、待って! ヒロト!」
リアンが慌ててヒロトを追いかけようとする。
すると、その手をガッとつかまれる。
見るとアモスが、ニヤニヤとして立っていた。
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