最終話 「ジャルダン島からの逃走」

 アモスは、懇願してくるバークを眺める。

 そしてニヤリと笑う。

「そうね……。あんた確か、港の事務員のバーク、だったわよね?」

「えっ? 俺のこと、知ってるのか?」

「あたしは、なんでもお見通しよ」

 驚くバークにアモスはそういうと、先ほどルミアートが投げ捨てたナイフを拾う。

「でも、妙なことしようとしたら、わかってるわね?」

 ナイフを手にした瞬間に、異常なほどの殺気を漂わせながらアモスがバークにいう。

「ああ、もちろんだよ……」

「じゃあ、いいわ。サポートメンバーとして、特別にくわえてやるわ」

 ナイフを腰のポーチにしまうと、次にバックマーとテンザを見る。


「そっちのふたりは、いいのね?」

 アモスが尋ねる。

「わたしたちは、問題ありませんよ」

 バックマーが、涼しげにいう。

「っていうか、あんたらふたりは誰なのよ」

「そんなことより、今は急いだほうが、よくありませんか?」

 テンザが、アモスの問いかけに答えずそういってくる。

 答えをはぐらかされたようで、アモスはちょっとイラッとするが、ここは我慢する。

 雨が本格的に降りだしてきたのだ。


「ローフェ神官さまでしたっけ?」

「はい?」

 バックマーが、ヨーベルにこっそり声をかけてきた。

「もし何か、今後お困りのことがあれば、わたしを頼ってこられるといいでしょう。アムネークで、“ バックマー ”という男を探してみてください、きっとあなたの力になれますよ」

「あ、はい……、ありがとうございます」

 ヨーベルは、バックマーに感謝の一礼をする。

「えっと……、そうだ! リアンくんを助けてくださって、本当にありがとうございました」

「いえいえ、間に合って、本当に良かったですよ」

 ヨーベルのお礼に、バックマーが笑顔で応える。


「えっ? 助けて……、くださったんですか?」

 今の会話を聞いて、リアンが驚く。

 そして今になって身体を見回し、どこも怪我をしていないことにリアンは気づく。

「あれ? ど、どうして?」

 リアンはポカーンとしてしまう。

 確か、暴徒から相当傷めつけられたような記憶があったのだが……。

 そんなリアンの手を、アモスが勢いよく引っ張ってきた。

「さっ! 急ぐわよ! あの女の追手が来たら厄介よ! あんたも来るなら、急ぎな!」

 アモスがバークに怒鳴る。

「ああ……」

 バークは消し飛んだ教会をチラリと見て、複雑な表情をする。

 ポケットから出した小さなカギをチラリと見て、それをしまう。


「じゃああんたら、この死体の後始末あとはよろしく!」

 アモスが、リアンとヨーベルの手を引き浜辺に向かう。

「そうだ! セザンも、よろしくお願いします! バイバイ、セザン! また絶対に会いに帰ってくるから!」

 ヨーベルがバックマーとテンザに、ロバのセザンのことを託して茂みから浜辺に走る。



 土砂降りになりだした雨。

 雷鳴も轟きだしていた。

 地面に広がっていた血だまりと、いくつもの死体が雨に打たれる。

 リアンやヨーベルたちを乗せた船が、沖へ向かって出発していくのが見える。


「そういえばですよ、バックマーさま。わたしらが聞いたのは、ヘーザー神官という人が、いるとのことでしたが……。さっきの女性はそうではないでしょう。聞いていた人より若いですからね。いったい誰だったんでしょう?」

 テンザがそんなことをいう。

「そうですね、それに……。あの方は、そもそも神官さまでもないでしょう」

 バックマーがサラリという。

「おや? そうなのですか? 確かに、神官にしては若すぎますが……」

 テンザが不思議そうにいう。

 バックマーはヨーベルが神官ではないことは、なんとなくわかっていた。

 胸に懐中時計をつけたオールズ神官なんか、聞いたこともないからだ。


「ヘーザー神官さんのことといい……。すべては島の職員さんにお訊きするのが一番でしょうが、しばらくはそれどころではないかもですね」

 バックマーは教会跡を眺める。

「せっかくの歴史ある教会が、見るも無残ですね……。あと、ルミアートさまも、おいたわしや……」

 ため息をついたバックマーが、ルミアートの死体に祈りを捧げる。


「本格的に降ってきました、そこにあった車が使えるようなら、港に急いで戻りましょう」

 テンザが、教会近くに停めてある車に走る。

 ゆっくりとバックマーもその場を離れ、テンザが車が動くらしいことを報告してきた。


 すると、奥で倒れていた首のなくなったルミアートの死体の指が、ピクリとかすかに動く……。



 リアンたちを乗せた船が、ジャルダン島からどんどん離れていく。

 リアンは凍える身体を毛布に包み込み、船内でヨーベルと並んで座っていた。

 船を運転しているのは、刑務所の看守の男の人のようだった。

 その看守に、アモスという謎の女性が何やらいろいろ文句をいっている。

 もうひとり、船に同乗しているバークという港の職員がいて、じっと窓からジャルダン島を眺めている。

 彼がどうして同行する必要があるのかは知らないが、リアンにとってバークという人物は、話しやすくて気を使う必要がない気さくな人だったので、特に不満も不安もなかった。

 やけに明るく陽気な人だったんだが、何があったのか、今は神妙な顔をして遠ざかる島をずっと見ているだけだった。


 大量の雨が窓を打ち、波も高くなり船の揺れも、だんだんと激しくなっているのがわかる。


(アムネークに、この船で帰れるのかな?)


 リアンは少し不安になってきた。


 ジャルダン島のどこかに、雷が落ちた。

 雷鳴が、リアンたちを運ぶ船内に轟く。



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