第2章 『黒い海の魔物』
1話 「航海のはじまり」 其の一
第二章スタートします。
一章に比べて短い章なので気軽に読んでもらえればいいかなと思っています(*‘ω‘ *)
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「俺はアートン! アートン・ロフェスだ! ……まあ、見ての通りの職業だよ、今は手が離せない! 詳しく話せなくて悪いな」
やや、微妙な間を空けつつ、看守の制服を着たアートンという長身の美男子が、嵐の中、大声で自己紹介をする。
「この嵐、なんとか乗り越えてみせるから、信じてくれ! 航海時間は、こんな荒海ははじめてだが、百時間は超えてる!」
激しい雷雨の中で、必死に両足を踏ん張って舵取りをしているアートンが怒鳴る。
この嵐を乗り越えるのは、相当な技量と強運が必要だろう。
リアンはアートンという誠実そうな男性を、今は全面的に信じて、次に自己紹介をはじめたバークの顔を見る。
元々、このままじゃあ転覆も考えられる、せめて、生死をともにするかもしれない仲なんだし、自己紹介でもしておこうと提案してきたのがバークだった。
リアンは、バークさんらしいものいいだなと思ったりして、不思議と不謹慎さや悲壮感は感じなかった。
同じように全員が思ったのかは知らないが、今はそれどころじゃないだろ! という突っ込みも入らず、運命をともにするかも知れない仲間たちが各々自己紹介する。
「退屈な港湾職員で、毎日、通信機と古雑誌とにらめっこの地味なオッサンが、今日は生死の境を彷徨ってる。なんて不思議な人生だろうな。案外、俺の人生遅咲きだったらいいんだけどな、バーク・バイフだ。リアンくんとローフェ神官、こんな形での再会、複雑だけど、元気そうで何よりだよ! そっちのイケメンさんと、おねえさんはおはつだね」
バークは船室の隅のパイプにつかまりながら、揺れる船体に身体を翻弄されながらいう。
「あたしはアモスよ! リアンくんぐらいかな? 知ってるのは? この程度の揺れで動じることがないぐらい、ヤワな女じゃないことを覚えておくといいわ」
アモスは羅針盤にガッチリしがみつき、涼しい顔をしてそんなことをいう。
波の揺れが半端ないのに、微動たりもせず力んでいる感じもしない。
本当にヤワな女性じゃないんだと、リアンは驚く。
「もし、変な気を起こしたら、タダじゃすまないっていう警告も兼ねとくからね」
「おいおい、自信たっぷりなのは心強いけど、仲間に対していうセリフかい?」
バークが驚いたようにいう。
「このねえさんは、素でこういう人なんだよ!」
操舵しているアートンが大声を出す。
「実際、怖い女だから、ほんと気をつけ、……って何投げんだよ!」
アートンが、飛んできた消しゴムらしきものをかわして、アモスに文句をいう。
「自己紹介が途中よ! 口はさむなバカタレが! アモス・リーボ。ピチピチの二十四歳よ。百五十五で上から八十五、六十、八十八! どうよ、涎もんだろ? 男の性処理のためにいるような極上の女だけど、雰囲気無いヤツは大嫌いよ! 変な気起こしても、土下座しても、噛み切ってやるから、お願いしたい時はじっくり戦略練ってきなさいよ! 一筋縄じゃ攻略できない、最上位難易度の女なんだからね」
アモスという女のいう言葉に、絶句したようなその場の男性陣。
「そこにいる頭の緩い娘とは、ベクトルが違う女と思いなさいよ! あと、ヨーベル! あんたのあざとさは、島では好感度大だったけど、外の世界じゃ通用しないこともあるってのを、きちんと理解しておきなさいよ!」
アモスがヨーベルを指差していう。
船室にあった大きめの旅行かばんの中に、半身を押し込められ座り込み、ロープで縛りつけられてるヨーベルにアモスはいう。
「アモスさんの言葉の意味が、よくわからないです~。それにこの格好は、けっこう屈辱的で恥ずかしいから、チラチラ見ないで欲しいです」
ヨーベルは大きめのかばんに詰め込まれ、縛りつけられた格好のまま、両手で顔を隠して耳まで真っ赤にしている。
船体の揺れに合わせて、旅行かばんの中のヨーベルは左右にぶれまくる。
「見るなってさ! だからあんたら見るな!」
「……なんか、あんたという女性が、少しの会話でわかった気がするよ」
アモスのこれまでの言動で、バークは彼女の個性がだいたい理解できたようだった。
しかも、何故か異常に体術に優れているのか、はたまたジャルダンに現れた謎の連中のように人外の力を持っているのか。
とにかく、普通の成人女性の能力値を超えた、危険な人物であることがわかる。
セクシーアピールをしてくる割に、手癖の悪い男は返り討ちにしてやろうという、理不尽な凶暴性も持ち合わせていそうだ。
しかし、やけにヨーベルに毒舌ながらも優しかったり、リアンには弟のように接しているところを見るに、決して悪人ではないはず……、と思いたいバークだった。
(要はあれだ、変な気を起こさなけりゃ大丈夫ってことだろう。で、俺は枯れたオッサンだから平気だが、あのイケメンは大丈夫かな?)
バークは、必死に舵取りをしているアートンを不安視するが、懸命に仲間を救おうと奮闘している彼を見て、野暮な考えを改める。
「アートン、助かるために手伝えることはないか?」
「マストはたたんだ、もう大丈夫。あとは、この荒海を乗り越えてみせるだけだ、俺を信じてくれ!」
力強くアートンが宣言する。
「そ、そうか、期待してるよ!」
バークがアートンの言葉を聞き、安心したようにいう。
「ローフェ神官さん!」と、アートンがヨーベルに声をかける。
「あ、はいっ! もう出ていいですか?」
「いや、ダメですよ! 今はまだ動かないで」
かばんから出ようとするヨーベルを、アートンは停止させる。
「せめて、嵐が収まることを祈ってくれませんか? 気休めかも知んないけど、みんなが落ち着きます」
アートンの願いがこもった言葉だった。
「でも、おしっこ漏れそうで、お祈りどころじゃないのです、どうしましょう……」
ヨーベルが恥ずかしそうにいう。
彼女の隣りにいたリアンが、本当にお漏らししたらどうしようと、自分までドキドキしてきたりする。
「漏らしたけりゃ漏らしなさい、それでひとつ個性がつくわ。でも、あんたら女笑ったらただじゃすまないからねっ!」
「あんたいってること、支離滅裂で物騒すぎるよ」
アートンがアモスに抗議すると、また消しゴムを投げつけられる。
いちいち消しゴムを、ちぎって投げているアモスを見てリアンは思う。
案外、優しい女の人なんじゃないかと、この時は思ったりしたリアンだが、その考えは後日覆らされる。
「で、次! リアンくんよ! この子はすごく特殊な事情がある子だから、しっかりお話し聞くようにね!」
アモスが、リアンに自己紹介をさせる。
「えっ! 僕ですか? いったいどこから話せばいいのか……」
自己紹介だけかと安心していたリアンだが、島に流された経緯まで説明しなくてはいけない流れに、リアンは戸惑ってしまう。
口下手なリアンにとっては、かなり難しい注文だったのだ。
「みんな断片的にしか、きみが島に来た事情を知らないようだからね、アートンはさっぱりだろうしさ! リアンくん自身が総括する意味でも、一度じっくり考えてみたらどうだい! って、ちょっとまってくれ!」
ここまでいって、バークが思いついたように大声でいう。
耳をすませるバーク。
「嵐……。なんだか。止んできたんじゃないの?」
バークがいうと同時に、アモスやアートンたちもそのことに気づいた。
「おい、イケメンさんよ! どうなんだよ!」
アモスがアートンに尋ねる。
「信じられないが、風が弱くなっている、波の強さも弱まってきてるよ! 間違いない、嵐は弱まってる! やったぞっ!」
アートンが、うれしそうにガッツポーズをする。
「でかしたぞ、アートン! あの嵐を乗り越えた! すごいじゃないか!」
バークがアートンを賞賛する。
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