1話 「航海のはじまり」 其の二
バークが、ゆっくり座り込んでいた場所から立ち上がる。
そしてオイルランプを点け、海の様子を眺める。
海はさっきまでの荒れ方とはうって変わって、穏やかになっていた。
空を見ると、雷雲も消え去り星空が瞬きだしている。
「ヨーベル!」
アモスがヨーベルにいう。
ビクリとして、ヨーベルはアモスの顔を見る。
「漏らしたか? 正直にいいな」
「漏らしてないです~、我慢しました~、わたしも死闘を演じていたんです~」
ヨーベルが、かばんに収まりながらアモスにいう。
「ほほうっ! やるじゃない! でも、キャラづけのために、ここはもう少しこのカバンに拘束しとくか」
「えええ? どういう意味ですか~?」
アモスの言葉に、ヨーベルが不満そうな顔をする。
「そんな意地悪、してあげないでくださいよ」
リアンがアモスにいい、壁にある案内板を見る。
「あっ、この船、トイレもちゃんとあるんですね」
リアンが、船内案内板にトイレのマークを見つける。
船に乗るなんてはじめてなので、そこにトイレがあるということがリアンは意外だったのだ。
リアンは、ヨーベルに固く結んだロープを解こうとする。
「ちょっと待ってね、急いでたから固結びで縛……」
リアンがヨーベルを拘束していたロープを解こうとしていると、アモスが凶悪そうなナイフでロープを簡単に切る。
そのナイフを見てリアンはゾクリとする。
「お漏らしヒロインの称号が欲しくなければ、急いで行ってきなさい。で、帰ってきたら、話しの途中だった、リアンくんの現状をみんなで考えるわよ。アートン、嵐はもう来ないのよね?」
アモスが、舵を取っているアートンに尋ねる。
「天候については断言できないが、危険なのは去ったはずだよ。ただ、結構予定より西に船が流されちまった。陸地まで距離があるから、次の嵐に遭遇しないことを祈るのみだな。で、食料と水は備蓄があるんだって?」
アートンがアモスに尋ねる。
「あたしが有事に備えて、用意してたのよ。感謝なさいよ、一週間は問題ないわ」
アモスが、案内板にある船倉部分を指差していう。
「俺とアートンは、どこに向かうかこれから検討しよう」
バークは海図を取りだす。
救難信号は嵐の前に出したので、近くを航海している船がいることを祈りながら、バークは海図のシワを伸ばす。
「で、アモスねえさん、お願いしていいか?」
「……何よ?」と、アモスがバークに訊き返す。
「照明弾だよ、二、三発打ち上げてくれないか? 少しでも救助される可能性を信じたい」
「この船で、目的地まで行けばいいんじゃないの?」
「いや、外洋に出るには小さすぎる船だし、さっきの嵐でガタがきた可能性もある。嵐の第二波も恐ろしいし、海流がやけに早いのも不安だ。陸地に着くこともできずに、どんどん外洋に流されかねない」
バークが、けっこう深刻な表情で説明する。
「ふ~ん、信憑性のある理由ではあるわね。仕方ないわね、で、どれよ?」
「下の紐を引っ張れば、クラッカーみたいに飛び上がる。のぞき込んで、その綺麗なお顔に火傷するの注意してなっ! あと、足元にも気をつけて!」
「ずいぶん優しいわね、株上げご苦労様、でも、必要な作業だろうしやってあげるわよ」
バークにいうと、アモスは信号弾を手にして甲板に向かう。
アモスが照明弾を打ち上げたのと同時に、ヨーベルがトイレから出てきた。
ヨーベルはすっきりした顔をして、トイレの前のリアンと会話を交わす。
ふたりが窓から空をのぞくと、ピンクの照明弾が打ち上げ花火のように、星空に舞い上がっていた。
「わぁ、綺麗なピンクの雲みたいです~」
照明弾の軌道を眺めながらヨーベルが、うっとりしたようにいう。
「本当だね、助けが来てくれるとうれしいね」
「ですね~」
「でも、絶対大丈夫ですよ」
「どうして?」
ヨーベルの、根拠のない言葉の理由をリアンが尋ねる。
「わたしたちは、あの大騒動を乗り越えたんですよ~。こんなチンケな場所で、死んじゃったらつまんないですよ。物語はまだまだ序盤です!」
「た、確かに、それはつまんないだろうね……」
そういったあと、リアンはブルブルと震える。
「リアンくんは、おしっこしなかったのですか?」
「僕は大丈夫ですよ、ほら、安心したら、身体中ビショビショで寒くって……。着替えとかないかな? で、できたらもっと毛布も欲しいよね」
「そういえば、この借り物のコートくれたオジサマは、大丈夫でしょうか?」
ヨーベルが、島を出る際にいきなり現れた、大柄な男性から羽織らせてもらったコートをさする。
「借り物といえば、僕も島に来るときの貸し衣装、火事で燃えちゃいました……」
リアンは、居住区の玄関に干していた貸し衣装の事を思いだして、落胆する。
「悪党を一匹焼き殺してくれたと思えば、貸し主さんは命の恩人なのです! きっと、リアンくんの役に立てて、貸し衣装も貸した人も満足ですよ」
そんなセリフをヨーベルはいうが、リアンにはいまいちよくわからない。
自分にしかわからない内容を、さもわかるでしょ? といった感じで話してくるのは、ヨーベルにはよくあることだと思いリアンはとりあえずスルーする。
「でもうれしっ!」
「何がですか?」
「だって、リアンくん普通に、ヨーベルって呼んでくれるようになったんだもん」
そういわれ、なんだか意識した途端リアンは赤面してしまう。
「コラコラ、年齢的に盛るのは早いわよリアンくん」
ここで照明弾を撃ってきたアモスが現れる。
「それに、リアンくんのはじめてをもらうのはあたしが最初って、約束もう忘れたの?」
「えええっ?!」
リアンが目を丸くして驚くと同時に、ヨーベルが「まぁ!」とつぶやく。
「刑務所の食堂で約束したでしょ? 記憶にまだ障害があるのかしら、おねぇさんとの熱いキッスで、思いださせてあげましょうか?」
アモスがリアンに迫ると、反射的にヨーベルの後ろにリアンは隠れる。
「まぁ、失礼しちゃう動き、超傷ついたわ。フフフ、でも、ますます可愛らしい。さっきのは冗談じゃなく、いつか果たしてもらうからね。リアンくんから求婚してきたのよ、おねえさんみたいな人と結婚したいって」
アモスがさらりと嘘をつき、「えええええ?」と驚くリアンと「まっ!」というヨーベル。
「さてと、こういう会話をしてたんじゃ、何時まで経っても話しが進展しないわ。野郎ふたりのとこに行くわよ。ちなみにだけど、片方はヤリチン野郎で、もう片方は童貞ね。両方モーションかけてきても、ヨーベル! 無視しとくか適当にあしらうのよ。あんまりしつこければ、あたしが……」
「あんたに俺の、何がわかんだっていうんだよ……」
そこへドアを開けて、アートンが現れる。
「純粋そうな子供に、変なこと吹聴しないでおくれよ、あんまり。とりあえず、操舵室に備蓄してあった缶詰を見つけたんだ。夕食にしよう。島から何も食べてないだろ、きみたちも」
「あたしが貯めといた飯は、食いたくないっての?」
「そ、そうじゃないよ……、なんでそんな僻みっぽいんだよ」
アモスの言い草に、アートンが怯んでいう。
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