92話 「伏兵」
「さてと~。そろそろ、このお祭り騒ぎも終わりにしますか」
曇っていた空から、ポツポツと雨が降りだしてきたのをルミアートは確認したのだ。
「刑務所の馬鹿騒ぎも、いい加減終わったようだしね。あの悪趣味な建物が、どんな廃墟になっているのか、今から楽しみだわ」
ルミアートがクスクスと笑う。
楽しいことが山積みで、どれから手をつけていこうか悩んでしまうほどだ。
ツグングという所長が、どうやって例の力を入手したのか?
そもそもこの女、遺跡屋との関係は?
あと、どうでもいいことだが、今回の暴動のきっかけ。
バックマーの力の再調査。
なかなか可愛らしい女神官と、超好みの男の子。
ちょっと考えただけで、ルミアートの興味を引くイベントで溢れているのだ。
「んん?」
その時、ロバのセザンが、ノソノソと歩いてくるのにルミアートが気づく。
「まさかこの獣も、変身したりしないわよね? さすがに、それはお話し的にしつこいわよ?」
ルミアートが、ロバのセザンを指差して笑う。
「セ、セザンは、イジメないであげてください~」
ヨーベルが恐る恐るいう。
「じゃあ、この娘はいいのかしら?」
ルミアートがアモスの側まで歩く。
アモスは、ルミアートが近づいてきたのを察知する。
倒れているアモスの懐には、地面に落ちていたハンマーが隠されていた。
アモスは倒れた振りをして、今もその機会をうかがっている。
「えっと、仲良くしませんか~。お茶なら用意しますし……、って教会がなくなっちゃいました! お茶、どうしましょう?」
うろたえるヨーベル。
「あらあら、あなたやっぱり可愛らしいわよ。オールズ神官にしとくなんて、もったいなさすぎる逸材ね」
ルミアートが、ヨーベルのうろたえ方を見てニヤニヤする。
「ん? その胸の……」
ルミアートがヨーベルの胸にあるのが、「ロズリグ」ではないことに気づいた瞬間だった。
セザンがルミアートの前に来て、軽くいななく。
「あら? 何かしら?」
ルミアートの前までやってきたセザンが、彼女の顔をじっと眺めてくる。
「ガン見してきて、ウザいんですけど、このけも……」
ベチャァッ!!
セザンがいきなり、大量のツバをルミアートの顔に引っかけたのだ。
「!!!!!」
顔中セザンのツバまみれになったルミアートが、思わず体勢を崩した。
完全に視界を奪われてしまい、ルミアートが狼狽する。
それを見た瞬間、アモスが飛び起きた。
「このけものがぁ!」
ルミアートが、顔にかかったツバを拭こうと焦る。
「!!!」
目を開けると、そこには鬼のような形相のアモスがいた。
ルミアートは防御体勢をとる暇も与えられず、アモスの振るったハンマーで顔面を強打される。
さすがのルミアートも顔を抑えてよろめく。
さらにアモスが、彼女の頭にハンマーで殴りかかる。
ルミアートが片膝をつく。
さらにさらにハンマーをフルスイングする。
さすがのルミアートも地面に両手をつく。
アモスは、すぐ側に落ちている銃に手を伸ばす。
それを拾い上げる。
そして、ルミアートの後頭部に向けて、一斉射撃をくわえる。
ルミアートの頭は跡形もなく吹き飛び、その巨体が前のめりに倒れ込む。
頭部を失ったルミアートの首から、大量の血が流れでる。
一瞬の出来事すぎて、その場にいた誰もが、動くことも声を上げることもできなかった。
そのあまりに凄惨な光景に、全員が絶句している。
アモスは銃を下ろすと、ヨーベルたちを見る。
「みんな! ここにいたら危険よ! ヨーベル、今すぐ島から出たほうがいいわ! 一緒に行くわよっ!」
返り血を浴びて凶悪な形相のアモスが、一目散にヨーベルの手を引く。
「えっ? あの? あなたは、どちらさま?」
ヨーベルが困惑しながら、謎の女に尋ねる。
「いいから、行くわよっ!」
アモスの剣幕に驚くヨーベル。
無言で、うなずくしかできなかった。
「それと、リアンくんっ!」
「は、はい!」
「あたしのこと、覚えてるわよね!」
アモスは、リアンに自分のことを尋ねる。
「は、はい、確か食堂で……」
今のリアンは、アモスのことを完全に思いだしていた。
数日前の昼食の時、グランドで囚人たちの大喧嘩があった時に出会った女性だった。
アモスという名前まで、今なら何故かハッキリとリアンは思いだせる。
その理由は、まったくわからない。
「じゃあ、こんなとこに残ってても、仕方ないでしょ。アムネークには、あたしがきちんと送ってあげるわ! それともここに残りたい?」
アモスにいわれ、リアンは首を振る。
「船? あれは、お仲間ですか?」
リアンは、浜辺の向こうに停泊している船を見つける。
「まあ、そういう感じよ。アムネークまでなら、あれでもじゅうぶん行けるでしょ。こんな島にいるよりかは、マシでしょ?」
「はい、じゃあ、よろしくお願いします……」
リアンがアモスに一礼する。
「なあっ! アムネークに向かうのかい?」
バークが、アモスに声をかけてきた。
「そうよ、何?」
「俺も、できたらつれていってくれないか?」
バークが、いきなりこんなことをいってきた。
「何でよ? まさか、ヨーベル目当てなの?」
アモスが胡散臭そうな視線を、バークに向ける。
「い、いや、そうではなくて……。ここに来る際に、そいつの仲間を騙したんだよ」
バークはルミアートの死体を指差した。
「もし、このまま島に残っていたら、俺何されるかわからない……」
不安そうに、バークはいう。
「そうですね、彼はひょっとしたら危険かもしれませんよ」
バックマーが、そういって後押ししてくれる。
「ですな、あの連中が港の職員ひとりを、どうこうするぐらい、躊躇するとは思えません」
テンザも納得したようにいう。
「特に、彼らのリーダーが、ああなってしまったとなれば……、なおさらでしょう。彼はこの島から、絶対に離れたほうがいいと思いますよ」
テンザもルミアートの無残な死体を見て、バークを助けるように提案してくる。
「頼むよ、絶対足手まといにはならないからさ。アムネークまでなんだろ? そこからは俺も、単独行動するからさ」
バークがアモスに頼み込む。
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