24話 「遺跡と英雄」 前編

 雲ひとつない青空が広がる。

 そこは、生活感あふれる閑静なアパート群が、立ち並ぶ一角に存在した。

 アパート群を抜けた先に、物々しい鉄柵と生い茂った植木に囲まれた建物があった。

 グロテスクな彫刻が壁面に混じった、ヘドロで塗装したかのような、真っ黒で奇妙な建築物が異質感を放っていた。

 あまりにも場違いなその建物は、周囲から明らかに浮いていた。

 しかし街を歩く人々は、そんな異様な建物にも目もくれず、それぞれの目的を持って歩いている。

 サイギンの街の住人にしたら、もうこんな建物当たり前すぎて、興味を引くような対象でもないのだ。


 時たま観光客が足を止めていることもあったが、立ち入り禁止の物々しい警告文が、人を威圧して追い払う。

 その異様な建築物は、頑丈な鉄柵と高い壁に囲まれていた。

 鉄柵には厳重に、鉄条網が張り巡らされている。

 その建築物の敷地内、奇妙な建物の正面入り口のすぐ前に、一台の黒い高級車が停まっている。

 フロントの前部には、高名なガッパー車の鉄仮面を象ったエンブレムが、陽の光りを浴びて反射していた。

 高級車から降りてきた三人の人物に、うやうやしく挨拶をする建物の関係者らしき黒服の人物。

 三人は入り口の装飾過剰な正面ドアから、建物の中に招かれる。


 カツンカツンと、足音が薄暗い廊下に響く。

 建物の中を歩く三人の男性を、照明を手にした無口な黒服の関係者が先導する。

 外観とは似つかわしくない、豪華でいかにも富豪の住む屋敷内部といった装飾品が並ぶ。

 照明の類が存在せず、窓にも分厚いカーテンがかかっており、異様な廊下だった。

 三人の来客者の内ひとりは、姿勢の良い白髭が立派な屈強そうな老人だった。

 老人は帯剣しており、堂々とした歩調と前を見据える視線は、未だ現役の剣闘士といった印象だった。

 その腰の剣は、ひと目で名剣と分かるほどの豪華な鞘と柄だった。


 残りふたりは比較的まだ若く、二十代前半ぐらいだろう。

 やはり帯剣しており、銃もホルスターに装備していた。

 老人の護衛役なのかもしれないが、建物の雰囲気に飲まれているようでどこか頼りなさ気で、老人のほうが明らかに頼りがいがありそうだった。

 先頭を進む案内役が、歩きながら鍵束を取りだす。

 進行方向には、古めかしい重厚なドアが存在していた。

 大きな軋みの音を響かせながらドアが開く。

 ドアの先は、地下室につづく下り階段が存在していた。

 真っ暗なその先は、案内役の照明では光が届かないようで真っ暗だった。


「足元に、お気をつけ下さい」

 案内役の黒服がいい、ゆっくりと階段を下っていく。

 こもったような足音が反射し、かなり階段を下っても目的地にはまだ到達しない。

 下に行けば行くほど通路は狭く、壁面もどこかオドロオドロしい雰囲気になってくる。

 老人はそれでも、微動だりせずに無言で階段を降りるが、若い従者ふたりは呼吸が荒くなってきている。

 かなり階段を下った先に、ようやくドアが見えた。

 鉄で作られた頑丈そうなドアだった。

 案内役の黒服が、鉄のドアをノックする。

 その音が響き渡り、気を引き締める若いふたりの従者。

「では、わたしはここで。あとのご案内は、また支部長がしてくださいます」

 案内役の黒服が、うやうやしく一礼をする。

 そして、鉄のドアがまた不快な軋み音を轟かせながらゆっくりと開く。

 

 すると……。


「いやぁっ! お待ちしていましたぁ! ヘムロニグス大老~! ここの場所は、すぐわかりましたか!」

 いきなり開いたドアの暗闇の中から、陽気な声の男が飛びだしてくる。

 建物とは対照的なまでに、明るい口調の男。

「……相変わらず、元気だな」

 男の目も見ずに、ヘムロニグスと呼ばれた老人は面倒そうにいう。

「不肖ラロック、お気に入ってもらえて光栄の極み!」

 ラロックと名乗った男は、ヘムロニグスの不快な感情を無視してつづける。

「お昼ごはんは、いかがでしたか? あそこは、わたしのオススメの海鮮料理がいっぱいです。どれがお気い入りでしたか?」

 ペラペラと、ラロックは話しかけてくる。

「くだらん世間話しはどうでもよい。目的のモノを早く見せてくれ」

 ヘムロニグスが、うんざりしたようにラロックにいう。


「夕食は、ロブスターの活造りですか? かまわないですが、初めて見る方にはけっこうショッキングかもですよ」

「そんなこと、いってはおらん。わかってていってるのか?」

 ラロックに対して、ヘムロニグスは冷たくいい放つヘ。

 出会った当初は辟易していたヘムロニグスだが、ラロックとの付き合いは無理に話しを合わせず、突き放して放置すればいいということを、ここ数日で学習したのだ。

「ジョークですよ、ハハッ! いや、ジョージでしたか~、それならそうと~」

 ラロックはわざとらしい笑顔で、不快そうにしてるヘムロニグスをまったく恐れず手をたたく。

 本人は、面白いつもりでいってるいい回しらしいが、ヘムロニグスはまったく面白くない。


 地下施設のようなその場所は、建物の外観同様真っ黒で、オドロオドロしい装飾で施された邪悪な雰囲気を漂わせる。

 怪しげな、調度品なのか何かの機械なのかもわからない物体が、ところ狭しと並んでいる。

 巨大な蛇と見紛うような、鱗をあしらった長いコードが謎の物体とところどころ連結されて、時折足元を塞ぐように横たわっていたりもする。

 怪しげな地下施設を先導する間も、ラロックはこの近所でオススメの料理店の話題を、ひとりで話している。

 ラロックの軽口を無視して、ヘムロニグスたちは黙って彼についていく。

 施設の奥にまた大きな扉があり、ラロックがそこを開ける。

 かなり重そうな扉だったが軽々と開けるラロックに、少しヘムロニグスは意外そうな顔をする。


 重々しい扉を開けると、また暗闇が広がっていた。

 ラロックが照明をつけると、その場所は広いホールのような場所だった。

 その瞬間、ヘムロニグスたちの視界に、暗闇から壁に埋もれたバケモノたちの姿が現れる。


 ヘムロニグスの従者たちが、驚いて本能的に後ずさる。

 壁に埋もれたバケモノは、鶏のような顔をした半獣半人だった。

 身体の大半が壁に埋まっていて、ミイラのように動かないそれらは、まるで彫刻のようだった。

 ヘムロニグスは無言で、そのバケモノ群の姿をにらみつける。

「これはすごい数ですね、圧巻です」

 従者ふたりが汗を拭う。

 でしょうでしょうと、ラロックが得意満面。

 壁一面に埋まった、バケモノの広場をしばらく歩く。

 そして鶏頭のバケモノ群の中の一匹の前で足を止めて、ラロックが大仰しく振り返ってそれを指差す。


「そして彼こそが! この遺跡の主である、ジョージですよ!」

 ラロックが紹介したのは、壁に埋まったバケモノの一匹。

 他のと、それほど変化がないように思えたが……。

 胸の辺りがわずかに動いていて、この一匹だけ生きているのがわかる。

 それを見てヘムロニグスは、剣に腕をかけようとするが思い留まる。


「本当は主ではなく、ただの生き残りというか死に損ないなんですけどね、ハハッ!」

 笑いながらラロックはいい、ヘムロニグスたちの反応を見て、愉しんでいるようでもあった。

「めったに部外者には、面会させないのですが~! 今日は、超スーパー特別デーですよ! なにせっ! あの英雄ヘムロニグス大老が、八十年の時を超えて、お越しくださったわけですからね! わたしもこうして、神妙にならざるを得ない!」

 チラリとラロックは、ヘムロニグスの反応をいちいちうかがう。

 ラロックをよろこばせるような反応をすることは、初日に会ってから放棄していたヘムロニグスは当然スルーする。


「ハハッ!」

 ラロックは特徴的な、人の神経を逆撫でするような笑い声を上げる。

「ハァイッ! ジョーーージ! 元気してたかぁいっ!」

 そしてこのように、場違いなほど陽気な挨拶を、ジョージと名づけているバケモノに向かって投げかける。

 ラロックの大声に、ジョージと呼ばれたバケモノはかすかに、壁面に埋もれた身体を動かせる。

 胸部が上下し、しなびた喉の辺りがわずかに動くが、呼吸音も言葉を発するようなこともなかった。

「ほ、本当に動いていますね……」

「こいつは、まだ生きているのですね?」

 若い従者ふたりが、唾を飲み込みながらラロックに尋ねる。

「ええ、もちろんですよっ! ジョージの命の息吹、もっと近くで感じてみますか? 感動して、泣いちゃうかもしれませんよ?」

 ハンカチを取りだし、ラロックはわざとらしく涙を拭く動作をする。

「い、いや、わたしは遠慮しておきます……」

「わたくしも……」

 ふたりの若い従者に、ラロックはあっさり断られる。


「ハハッ! 怖がられちゃったよ! ジョーーージ! せっかくの、お客さんなんだからさぁ! もっと愛想良く、やっていこうっていったじゃないかぁ。ハハッ! 初見さんには~、どうもシャイなヤツでしてねぇ。困ったもんですよ~」

 まったく困ったような感じをさせず、ラロックがニヤニヤとした表情でいう。

 相変わらずいちいち、ヘムロニグスの顔色をうかがうようなラロックの仕草。

「名前までつけて、まるでペットか何かのようだな……」

 相手をするのは止めておこうと思っていたヘムロニグスだが、ついラロックに反応してしまう。

 ヘムロニグスの言葉に、侮蔑が含まれているのを感じて、ラロックは少しうれしそうな表情になる。

「ペットっ! 大老面白いっ!」

 ラロックの馬鹿にしたような言葉に、ヘムロニグスは深呼吸して感情を押し殺す。

「友人! そうっ! わたしとジョージの関係は、まさにベストフレンド! 他に友達いないだろ? っていう質問にはノーコメントで、ハハァッ!」

 ヘムロニグスは、目をつむりゆっくり深呼吸をして、不快なラロックの笑いを無視する。


「ところで、これ……。危険は……、本当にないのですか?」

 未だ生きているバケモノを前にして、当然といえる質問をする従者のひとり。

「うちの、引きこもりの息子と、いい勝負でしょう~。ハハッ! ジョージも完全に成長を止め、ずっ~と、このままですよ。彼と出会って以来、十年以上ね。ちなみに、うちのは二十年モノになりますね、もう社会復帰無理ですかね? ハハハァッ~!」

 広いホールに響き渡るような大声で、自身の自虐ギャグでひとりラロックが笑う。

 微妙な空気になるが、ラロックは平然として少し歩く。

 ラロックはすぐ側にある、怪しげな機械らしき箱の前に立つ。

「ハーネロン生産の技術は、大変残念ながら失われました。ですがそのメカニズムは、おおよそですが判明しています。この遺跡自体が、ハーネロンの生産工場のようなモノなのですが……。遺跡の可動に必要な箇所が、完全に破壊されているのですよ。ほら、こことかねっ!」

 そういってラロックは、機械の壊れた箇所を指差した。

 確かにその場所は、何かで打ち潰したようにグチャグチャになっている。

 そして、ラロックは今「ハーネロン」と口にした。


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ここでまた新キャラ登場ですが、物語の重要人物登場ラッシュは構成上、どうしても避けれないのです。

第3章は、一気に今後物語で登場する重要なキャラの初出回も兼ねていたりするので、そこは申し訳ないと思っています。

さらに、この辺りから軽く触れていた程度だった「ハーネロ神国」という重要な設定も深く関わってきます。

そして毎度の事ながら、どうやって情報開示を、どのタイミングで、どの程度の分量で披露していくのかで頭を抱えています。

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