23話 「コマンド部隊」 後編
「そういえばだっ!」
食事を平らげたツウィンが、紙ナプキンで乱雑に口元を拭いながら、急にキネに話しかけてくる。
「なんだよ」とキネが尋ねる。
「おまえは確か、ウタとフォーンの仕事を引き継いたんだよな?」
ツウィンが、食後の酒をグラスに注ぎながら訊いてくる。
「ああ、そういったろ」
キネはツウィンの勧める酒を断り、小声で面倒そうにいう。
皿の上にあるウィンナーをフォークでいじるキネは、任務に明らかに不満なのが態度でわかる。
「おまえやゲンブの反応から、だいたい予想はつくが。調査対象、実際のところ、どんな感じなんだよ?」
ツウィンが訊いてくると、「わたしも興味があります」と、後ろの席のキュラスも同様に訊いてくる。
「そうだな……。連中の占領に対する反感は、露骨で攻撃的なのは確かだ。しかも、かなりの行動力があり、用意周到にデモを起こしている……。個々のデモ集団は、まだ結束してなくて、今現在は大きな脅威ではないにしろ、予断を許さない」
キネが胸から手帳を取りだし、パラパラとめくる。
メモには、ミミズがのたくったような文字の体を成さないモノが、乱雑に書き殴られている。
キネ以外には、とても読めそうもない、文字とは思えない代物だった。
「おいおいおい……。今のおまえのセリフを聞く限りじゃ、相当な脅威を感じるが?」
ツウィンが、驚いたようにいってくる。
「そうかもしれないがな!」
ここでキネが、パタンとメモ帳を閉じて語気を少し強める。
「しかし連中に、デモ活動以外の行動をする度胸はないだろうよ!」
さらに強めの語気でそういうや、少し感情を落ち着かせるように深く息を吸い込む。
「連中も、エンドールが住民感情を意識して、強く出れないことを知っているから。それを大前提に、動いているんだよ。だから、口先だけは殉死上等で威勢はいいんだよ」
キネは、相当な怒りを我慢しているようで、低く声を押し殺して吐き捨てる。
「まるで連中、日常の鬱憤を晴らすためにデモに参加して、ただ馬鹿騒ぎしているような感じだ」
キネの言葉を聞いた瞬間、その場にいた「サルガ」の面々が大笑いをする。
「笑い事じゃないよ」
不快そうな顔をして、キネは憮然とする。
「わたしも、そろそろ頭を吹き飛ばしたいです。実力行使を起こしてくる、おめでたい殉死志願者でも注文したい気分ですね」
大真面目な表情で、キュラスがやけにブラックなジョークをいい、バレント夫妻がつられて笑う。
「……それとだ」
寡黙なキュラスが、軽口をいうとは珍しいなと思いながら、キネは不意に真顔になり口を開く。
「ほぼ、間違いないと思うが……。連中を、扇動してる存在がいる……」
キネは、周囲に部外者がいないのを確認して、小声でそう話す。
「煽動?」
ツウィンを含めた、その場全員の表情が曇る。
「ああ、もちろん操っているのは、エンドール側だろう」
キネの言葉に、場の空気が一気に引き締まる。
「おい、確かなのか?」
ツウィンが訊いてくる。
「もちろん、俺の経験上の直感でもあるがな。確証らしいものはつかんでいないが、それを感じさせる、やけに手慣れた手際の良さが、あの馬鹿どもと不釣合いなんだよ」
キネは憶測でいうが、他のメンバーは特に疑いもしない。
彼らはキネの諜報工作員としての、その能力の高さを信用しているからだ。
「それにだ。ウタとフォーン、ヤツらも何かつかんでいたようではあるな」
キネはデモ集団の監視を前任していた、ふたりのことを思いだしていう。
「あのふたりのことだ、確信持てるまで、口には出したくなかったんだろうが。それとなく、引き継ぎ時にほのめかしていたよ。地雷踏んで自爆しないようになって、ニヤニヤ笑いながらな」
キネは引き継ぎ時での、ふたりの印象を思いだして少しイライラする。
「また謀略好きの連中が、裏で動いているってことか……」
ツウィンが、苦々しげにいって酒をあおる。
「その手合い、心当たりが多すぎるからな」
キネは自嘲気味に笑う。
実際自分たちも、その手合いに入るからだ。
「とにかくだ。ウタとフォーンがいい残したみたく、藪蛇突いたらそれはそれで面倒だからな」
「そうだっ! あの連中は、どうなんだ?」
ここでツウィンが、あるひとつの組織を思いだす。
「ひとつ、デカイ団体があったろ? なんたら革命、なんたら解放戦線とかいう、いかにもな名称の連中が」
「ああ、あそこか……」
キネは露骨に、バカにしたような表情をする。
「あそこの連中は、自分たちの信じている平和活動の一環として、反エンドールを叫んでいるだけだ」
「平和を掲げているのに、革命やら解放やら、ずいぶん物騒な団体名なんだな」
ツウィンが素朴な疑問を口にする。
「こいつらはエンドール占領以前から、母国フォールに対して、軍縮を叫んでいたような脳内お花畑な連中だぞ。組織としては強固だが、出自は暇を持て余した金持ちどもが、道楽で設立したものらしい。“ 北の帝国さま ”で流行った、革命ごっこに乗っかっただけの、自称先進知識人のお遊びだよ。権力に反発するのが、カッコイイと思っているだけのクズ野郎、その手の輩ってことだ。しかも四十年も前にできた組織で、残る構成員も死にぞこないのジジババばっかりだ。革命という言葉の魔力から、未だに醒めてない老害だ」
キネが、語るのも忌々しいといった感じで、巨大な自称平和集団をとことん蔑む。
「ああ、なるほどな。手段としての政治活動が、自分たちの目的になった、本末転倒のバカどもってことか」
「まあ、そんな感じだな」
キネがツウィンの言葉を肯定する。
「集会している所に機銃一斉掃射、まとめてミンチにして、夢を抱いたままあの世に送ってやりたほどだ。武力より対話、なんか笑える活動原理を掲げてやがるしな。本気でエンドールに対して、実力行使をしてくるような事態はまずありえんよ」
ここでキネは、先程出してきたメモ帳をまた開く。
「あんな死に損ないどもよりも、把握しづらい小規模な連中の方が気味が悪い。今はそいつらを、重点的に調査してるが……」
メモ帳を見て、キネはここで大きくため息をする。
そして、今まで頑なに手をつけていなかった酒を一息で飲み干す。
「今話した通り、どいつもこいつも救いようがない、ゴミみたいな連中だよ。むしろ、ネーブのお守りのが、マシだと思えるほどにな」
「ガハハ! 今は哀しき宮仕えの身だよ!」
「そうそう、辛抱の時なのよ」
キネの飲みっぷりを見て、バレント夫妻が笑いながらいう。
「そういえば聞きましたか?」
ここでは一番の下っ端のヒーメルが、思いだしたようにいってくる。
「あの連中が、動いたそうですよ」
このメンバーの中では一番若いヒーメルは、丁寧な口調で話しだす。
「あの連中?」
ヒーメルの言葉を聞き、キネが心当たりのある人物を思いだす。
「ああ、パルテノ主教か……。何故かマイルトロン領から、フォールにやってくるらしいと話題になっているな。こっちでもまた、面倒を起こしまくりそうだな……。軍部の頭痛の種が、ひとつ確実に増えたな」
キネがいうパルテノ主教は、ネーブ同様「五主教」と呼ばれる、オールズ教会の五人の主教のひとりだった。
神職にありながら実戦僧兵集団を率いる、相当な武闘派主教として悪名が高い人物だった。
今回の戦争を聖戦と勝手に称して、率先して戦闘に参加してくる、血みどろの狂信者集団だった。
マイルトロン領内でその存在は軍部よりも恐れられ、血の気の多い旧奴隷階級の若者を、自身の僧兵集団に編成して、一大勢力を持つようになった危険人物だった。
「いや、そいつもそうなんですが、俺が聞いたのは別のヤツなんですよ」
ヒーメルがそういって、キネのいうパルテノ主教だけじゃないことを話そうとする。
「パルテノ……、ではないのか? だとしたら、他に気になるようなのいたか?」
キネとツウィンが互いに顔を見合わせて考える。
「誰なんだい? 気になるじゃないかい」
バレント夫人も、興味津々のようだ。
「驚くなかれ! 大老ヘムロニグスですよ!」
ヒーメルの言葉に、本当にその場の全員が驚く。
「何っ!? あの爺さんが!?」
バレントの親父が、身を乗りださんばかりに驚いて、ヒーメルに尋ねる。
「ええ、あの爺さんも、ずっとマイルトロンから動かなかったのに、突然のフォール入りですよ。一団引き連れて、すでにこの街に滞在しているらしいです。シャッセとチヒロが、ホテルで大老御一行さまを目撃したようです」
ヒーメルは、実際に見かけて直接話しを聞いた、同じ「サルガ」の仲間の名前を出していう。
「なんのために、わざわざフォールに? っていうか……。あの爺さんそもそも、マイルトロンに来てたこと自体、理由がわからないんだよな」
キネが不思議そうに、歴戦の英雄として「生きる伝説」クラスにまで存在が巨大化した老人の、フォールにやってきた目的を考えようとする。
「なんでも、ハーネロ期の遺跡を巡っているって話しですよ」
ヒーメルがそう教えてくれる。
「ハーネロの遺跡を?」
キネが驚いたようにいう。
「ほほう~、ってことはなんだ。昔を懐かしんで、フォール観光でもしに来たのかもな。老い先短いだろうし、最後の思い出作りなんだろうな」
腕を組んで、納得したようにツウィンがいう。
「そんなわけあるかよっ!」
キネの言葉に、ツウィンが眉をしかめる。
「……いい加減、ちょっとは冗談通じるようになれよ」
呆れ気味にツウィンがいい、バレント夫妻が笑う。
そんな笑い声を無視して、キネは考え込む。
(……ハーネロ戦役の英雄が、今さらフォールになんだというんだ)
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新しい情報、次々増えて申し訳ないです。
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