23話 「コマンド部隊」 前編

「サルガ」という作品にとって重要な組織の初登場回になります。

作品にとって主人公クラスの存在にもなりますので、覚えていてくださるとありがたいです。


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 そんなネーブを警護する中に、特殊な腕章をつけた武装集団のメンバー数人がいた。

 隊員総数十数人の小規模な組織だが、エンドール軍やフォール警察も一目置く、通称「サルガ」というコマンド組織だった。

 その「サルガ」の隊員が数人、二階のフロアから遠巻きに警護の任にあたって、ネーブ主教の俗物一行が出ていくのを黙って見ていた。


「サルガ」の有能さは、同業者には広く知られているが、ネーブ護衛の任務の件に関しては、それほど他の組織から警戒されていなかった。

 彼らはおこぼれに与ろうと、ネーブにおもねるようなこともせず、直接的な警護ではなく、後方の安全確認といった、地味な任務を率先して行っていたからだった。

 今回の任務も、建物内外からの狙撃を警戒しての周辺警護を請け負っていた。

 建物の外には大量の護衛の数。

「サルガ」がいなくても大丈夫なので、今日はもうネーブ警護の任を休止するのだ。

 そしてこれからネーブ主教が行うのは、側近や取り巻きを集めた乱痴気騒ぎなので、「サルガ」だけはそこへの参加は自重しているのだ。

 そんな「サルガ」の行為をお高く止まりやがってと、ライバル組織は苦々しく思う反面、ネーブとの浅い付き合い方に関しては、不本意ながら黙認していた。

 ライバル組織たちには、「サルガ」の連中が来ないほうが恩恵も増えるので、という目論見もあったのだ。


「サルガ」の隊員たちは椅子に腰掛け、ねぎらいの言葉をかけてくる施設の従業員に、軽い食事と飲み物を頼んだ。

 今日は、ネーブの乱痴気騒ぎの開始時間がいつもより早いので、かなり早めに開放されたのだ。

 ふたつのテーブルに別れて座る、計六人の「サルガ」の隊員。

 従業員は、この人たちはネーブに従わなくていいのか? 的な疑問の顔を浮かべながらも、マニュアル通りに注文を取って厨房へと向かう。


「こんな時間から酒かよ」

 隊員の中でも一番の長身の男が、呆れたようにいう。

「今日はもう、俺らの仕事は終わりだからな。明日まで、あの豚の顔も見なくて済むんだよ」

 頭髪をまるで牛の角のような形にセットにした、珍妙な髪型の黒人の大男が長身の男にいう。

「そういうことだよ、だからキネちゃんも酒にしておくかい?」

 別のテーブルに座っていた、傭兵とは思えない、どこにでもいそうな中年女性が、長身の男に声をかけてきた。

「いや、俺はこの後ももう少し、調査をする予定なんでね。遠慮しておきますよ、奥さん」

 キネと呼ばれた長身の男が、中年女性の誘いを丁寧に辞退する。


「相変わらず真面目っすね」

 関心したように、同席する隊員のひとりがいう。

 残った「サルガ」の隊員の多くはスナイパーらしく、机の上でライフルの分解、整備をはじめる。

 物騒なライフルの銃身が、テーブルの上にところ狭しと広げられ、手慣れた手つきで解体されていく。

「しかしネーブ主教、噂に違わぬ俗物ぶりだな、はじめて実物を見たが想像していた以上だったぞ」

 キネが眉をしかめて、先ほどまで目を点にして眺めていた、ネーブ主教という人物の生態に、面食らったようにつぶやく。

 その素行の悪さは当然知っていたキネだが、今回実物を目にするのははじめてだったのだ。


「だろぅ? どうだ、あそこまでテンプレ通りの生臭坊主だと、感心すらするだろう?」

 キネにそういったのは、同じテーブルに着く頭髪を角の形にセットした、ツウィンという黒人の男だった。

 彼の独特の髪型は、南の大地にある祖国の部族での、勇者の証というものらしかった。

 しかし、その真相は不明で「本当かよ?」と、今でも疑っている仲間もいたりする。

「まったくだな……。あの男は、普段から素でアレなんだろ?」

 キネが、逆に関心したようにいう。

「ひとりきりの時は、さすがにどうかは知らないが、衆目があると四六時中、あのテンションでいつづけるんだぞ。どこからそのパワーが出てくるのか、教えてもらいたいほどだ。六十超えたジジイなのに、生命力がみなぎってるからな。ある種、神々しさすらあるわな」

 ツウィンもキネ同様、関心したようにいう。

 最初は、理解し難い荒唐無稽な俗物と思ったのだが、あそこまで極まってると、畏敬の念すら生まれてくるものだった。


「しかも、あの俗物のおかげで、エンドールに対する反感も、少なくなっているというしな」

 キネが一冊の雑誌を、かばんから取りだして机に置く。

 雑誌の表紙には、ネーブ主教の特集記事を組んだ見出しが並ぶ。

「自分から進んで、汚れ役をやってくれているのだとしたら、大したものだ」

 雑誌をチラリと見て、ツウィンが腕を組む。

「そこまで考えているというのは、俺としては疑問だが……。真意を図らせない、未知数の度量の持ち主であるのは確かだな。あそこまでわかりやすいキャラで、わかりやすい行動を取るのも、本能なのか計算なのか判断がつかん。人事に疑問が多いって評判の、バフロイ大主教体制だったが……。五主教へのネーブ抜擢は、教会にとっていろいろ大きな誤算だったかもな」

 キネが、雑誌の表紙を飾るネーブの醜い姿を眺めながら、そんな持論をいう。


「おいおい、また深読みしすぎじゃないか?」

 ツウィンが半笑いで、キネお得意の陰謀論好きを小馬鹿にしながらいう。

 ツウィンに茶化されてキネの口元が歪み、テーブルの水を一口飲む。

「そもそも、教会本部にしたらだ」と、コップの水をテーブルに音を立てて置くキネ。

「どうでもいい存在と思って、重要ポストに置いた無能が、ここまで影響力を持つことになるなんて想定外だろ。今頃、本国の教会幹部どもは、顔面蒼白なんじゃないか?」

 キネの言葉を受けて、ツウィンは少し考え込む。

「……うむ、それだよな。ローの旦那も、今後の教会の動きを把握しておくべきだといって、俺らも、ヤツの護衛と身辺捜査を任されたんだが……。もちろん、その重要性を俺だって理解してる」

 本題に入る前に予防線めいた前置きをして、ツウィンは深いため息をつく。


「だが……。そもそもヤツがやることといえば、今日見たような醜態を晒しながらの買収工作と、街中の美女を集めての、乱痴気騒ぎしかないわけだ。正直いえば、羨ましい気持ちもあって、ただただ不快で苦痛でしかないない……」

 ツウィンのやけに正直な感想に、キネは失笑しそうになる。

「毎日毎日、緊張感もなく、あの下品な行動を繰り返すだけですよ。最初は、クズっぷりが新鮮で楽しかったんですけどね」

 後ろのテーブルから、ツウィンの部下のヒーメルが笑いながらいってくる。

「仕事をしろよ、楽しさを求めてる場合か」

 キネににらまれ、ヒーメルがバツの悪そうな顔をする。

「ガハハ、そういえばそうだな」

 ヒーメルと同じテーブルにいる、髭面のスナイパーが銃を分解しながら豪快に笑う。

「あんたのスコープが賊ではなく、ピチピチの若い娘っ子ばっか狙ってることは、あたしゃ知ってるんだからね」

 髭面の親父に、中年女性が忌々しいといった表情でいう。

「おいおい、何憶測でいってるんだ、か、勘弁してくれよかあちゃん」


 髭面の男と、中年女性はバレント夫妻。

 夫婦そろって凄腕のスナイパーなのだが、一見するととてもそうは見えない。

「小父上の銃身の動きで、だいたい予想つきますよ。まあ、賊が現れてくれたとしたら、頭を吹き飛ばすお楽しみは、わたしひとりのもので……」

 ライフルの手入れをしながら、どこか陰鬱そうな表情の、一番スナイパーらしい雰囲気を漂わす男がいう。

 彼はキュラス。

 孤児だったのをバレント夫妻に拾われ、スナイパーとしての英才教育を受けた、「サルガ」屈指の狙撃手だった。

 マイルトロン戦、クウィン要塞戦で、狙撃による戦果を上げた凄腕スナイパーだった。


「俺だって、おまえにいわれなくてもわかってるよ、それぐらい」

 ツウィンが、不満そうにキネにいう。

「うんざりしすぎて、愚痴もいいたくなるんだよ。自分でいうのもなんだがよ! 俺らみたいなスペシャリストを、こんな閑職に押し込めてるんだ、おまえだって同じ気持ちだろ?」

 ツウィンがなんのてらいもなく、自分のことをスペシャリストといい、キネに同意を求めてくる。

 実際「サルガ」は、戦闘集団として超一流ぞろいの精鋭で、それは軍も間違いなく認めている事実だった。

 だからって自分でいうなよ……、とキネは内心思うがあえて口に出さないのは、やはりキネ自身もそう思っていたりするからだった。


「だがな……。ネーブは今後、エンドールにとって重要な人物になるっていう、親父の読みは間違いないだろう。低俗な俗物と安易に見下して、その警備を疎かにするわけにもいかないだろ」

 キネは、「サルガ」のリーダーを“ 親父 ”と呼ぶが、別に実父というわけではない。

「サルガ」の構成員は十数人、全員がリーダーである人物に「ある共通した」関わりを持った人々たちだった。

「そりゃまあ、否定はしないよ。当然、警備の任務だって、バレントの親父以外、真剣だよ」

 ツウィンの言葉を聞いて、バレントの親父がまたガハハと高笑う。

「ネーブの教会での影響力は、この開戦以降天井知らずだからな。その要人警護なわけだから、重要性も認識している。ヤツが仮に害された場合の最悪のシナリオも、いくら俺にだって想像つくよ」

 考えることは、苦手だと常日頃からいいづつけているツウィンは、自分が脳筋キャラだという事実を自覚していた。

 彼は、潜入と爆発物の扱いと近接戦闘に特化した、生粋の戦闘工作員だった。


「しかしだなぁ……。完全に裏方で、遠目で様子をうかがうだけの、出歯亀任務であるのには違いないわけだ」

 泣く子も黙る「サルガ」の戦闘員が、退屈そうにため息混じりに愚痴を吐く。

「なぁ?」と、ツウィンは後ろのテーブルにいる仲間に同意を求める。

 諦め気味の表情で、肩をすくめる四人のスナイパーたち。

 彼らもツウィン同様、ネーブ主教の護衛任務のつまらなさに、諦めと憤りを感じていたのだ。


 ここで施設の人間が、食事と酒を持ってきてくれた。

 テーブルに料理が並べられていく。

 本来この施設は講演ホールなのだが、ネーブが取引きによく使うので、中に入っていたレストランがネーブの関係者に、能動的に食事を提供するようになったのだ。

 商魂たくましい、フォール人らしいフットワークの軽さだった。

 料理を並べ終わり、従業員がうやうやしく去っていく。

「正直サイギンでの任務は、親父が俺たちの飼い殺し状態を避けるため、やや強引に作った感じが強いってのもあるな。そのせいで、かえって退屈してるんだがな……」

「おいおい、おまえまで旦那批判かよ、珍しいな」ツウィンが驚いたようにいう。

 キネは、リーダーである親父さんには絶対服従で、その人間性や能力を高く評価していて、強固な忠誠心を持つ人物として仲間内で認識されていたのだ。


「多少、愚痴もいいたくもなるさ……。おまえ同様、こちらも似たような退屈な任務だからな」

 酒には手をつけず、キネは水の入ったグラスに口をつける。

「治安を脅かしかねない、反乱分子の調査だと聞いたんだが……。その連中がどいつもこいつも、しょうもないヤツらばかりさ」

 グラスを空にしたキネが、忌々しそうに吐き捨てる。

「ああ~、ゲンブの野郎も、相当愚痴ってたな……」

 ここでツウィンが、さらりとゲンブという名前を口にする。

 リアンたちが泊めさせてもらってる宿に、宿泊している三人組の一人だ。

「この街での、俺らの立ち位置は……。雑用係、そう思っておくしかないか」

 ツウィンがまた、後ろのテーブルの仲間たちのほうを見ていう。


「でも、平和なことは、いいことじゃないかい。あんな凄惨な戦闘があったんだからね。今は、息抜きとしては、いいじゃないかい?」

 バレント夫人が、クウィン要塞戦でのことを少し話し、大きなリゾットを小皿に別けて仲間に配るという気遣いを見せる。

「まあね、でも……」

 バレント夫人に同意するキネだが、内心は不満で満ちていた。

「じきに、また大きな戦闘も控えているだろうしな。バレント母ちゃんのいう通り、休息期間と割り切るしかないんだろうな」

 ツウィンが料理を頬張りながら、不満そうなキネにいってくる。

 だが結局ツウィンのいう通りなのだろう、これ以上口を開くと愚痴しか出ないと判断したキネも、料理に手をつけはじめる。


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サルガのメンバーはリーダーと、あと隊員のキネ、ツウィン、ユーフの計四人を覚えておけば大丈夫かと思います。

それ以外のキャラは、覚えてくれたらすごい!って感じです。

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