22話 「俗物主教」

 とある応接室に、下品極まりない笑い声がこだまする。

「ガハハハハハッ! ブヒィヒヒヒヒィッ! ムヒャヒャヒャヒャァッ!」

 人が発するような笑い声とは思えない不快なその声の主は、ネーブという男だった。

 ネーブという男は、高級感あふれるソファーにふんぞり返り、喉の奥を見せつけるように高笑う。

 醜い豚のようにブクブクと太り、頭髪の無い頭は油でも塗ったかのように輝いている。

 馬鹿デカい口からは、ダラダラと泡や涎が垂れ流されるが、それでもまだ高笑いはつづく。


 この下品極まりない男は、オールズ教会の主教という高位にある人物だった。

 僧衣は太り過ぎの体型でも着れるように、大きめに作ってあるようでブカブカだった。

 汚らしい男の品性と反比例して、僧衣の刺繍や装飾品は豪華絢爛だ。

 部屋の照明を反射して、まるで自身が発光体のように照り輝いている。

 そんなネーブの横には、布面積の狭い衣装をまとった下品な女が両サイドにいてイチャついている。

 ネーブの口元の涎を拭き、ネーブ同様ニヤニヤとして身体を怪しくくねらせている。

 そんな俗物の極みといったネーブを前にして、引きつったような笑顔の中年男性たちが、前のめりになってソファーに腰掛けていた。

 揉み手をする男たちは、年甲斐もなく媚びた笑顔のまま、ネーブとテーブルの上に視線を上下させていた。

 男たちの前にあるテーブルの上には、大量の札束が積まれていた。

 湧き上がる欲望を我慢していたようだったが、互いに顔を見合わせ合う中年男性たち。

 そして、意を決したようにひとりがうなずく。

 ひとりがガバリと札束を手に取ると、その後を追うように他の男たちもつづいた。


 用意された金を、中年男性たちがせっせとかばんに詰めていく。

 その様子を見て、さらにネーブが狂っているかのような笑い声を上げる。

「ブギャギャギャギャァ!」

 ネーブは大口を開けて、そこから涎を撒き散らし高笑いをする。

「よいぞ! よいぞ! よいですぞぉ~! 正直になりなさ~い!」

 ようやく人語を発するネーブという主教。

 パンパンとうれしそうに手をたたき、浅ましく金を引ったくっていく、そこそこ身なりのいい男たちを見下す。


 ネーブの後ろにいる護衛役らしい僧兵たちが、大金を前にして必死な姿の男たちを見てニヤリとほくそ笑む。

 一転豹変、昨日には考えられなかったような、浅ましい行動を彼らがするようになっていたからだ。

「今回の連中は、ずいぶん早く堕ちましたね」

「フフフ、新記録更新ですよ」

 幾度と見てきた光景に、当然だなといった感じでヒソヒソ話すネーブ直属の僧兵たち。

 どのような品行方正な意志の硬い連中であろうと、ネーブ主教の実弾攻撃の前に変節しない人間などいないのだ。

 まるで自分たちの力でもあるかのような錯覚を覚え、側近の僧兵たちまでも笑いがこぼれてしまう。


「ゲハハァ! これで! 交渉成立ですなぁ! お話しのわかるお方々で、大変うれしく思いますぞぉぉぉ! 後のことは、事務方に任せておけばよいでしょうぞうぉぉぉ!」

 豪快なのか下品なだけなのか、汚らしい口調でネーブが大声を出す。

 狂人のように叫び、常軌を逸した破戒僧であることを、自ら演出しているかのようなネーブの言葉だった。

「ではではぁ! さっそく、祝いの席でも用意しますかのぉぉぉぉ! グワッヒャァハァハハハハァッ! お主らの店にぃ、これからみなで出陣じゃ~ぁぁぁ!」

 ネーブは酩酊状態のような呂律の回っていない言葉を叫ぶと、両サイドの卑猥な格好の女の首筋を交互に舐め回す。

 そして、巨体をソファーから持ち上げ、部屋から出ていこうとする。

 そのあとをついていく女と、護衛の神官たち。

 入り口付近にいた銃器で完全武装した、僧兵とも思えないスーツ姿の連中が、うやうやしくドアを開ける。

 残された男性たちは、出ていこうとするネーブを気にかけながらも、まだ札束をカバンに詰め込んでいる。


 そんなネーブたちを階下に臨む上のフロアには、エンドールの兵士やフォールの警察が警備していた。

 おぞましい俗物とはいえ、ネーブは占領者エンドール王国の、国教オールズの高僧だった。

 その身辺には、ありとあらゆる組織からの警護がついていたのだ。

 本来は教会に所属する、ネーブ自身の教会直属の僧兵だけしかいなかった。

 しかしネーブという人物が巨万の富を持つという理由も手伝って、他の組織もそのおこぼれに与ろうと、彼の警護を名目にして接近してきたのだ。

 エンドールの傭兵部隊は当然として、地元フォール警察も警護を買って出てきていた。

 ネーブの移動する先々では、ありとあらゆる武装集団が大移動をするのだ。

 かといって相互連携が取れているわけでなく、互いの組織は協力するでもなく、自分たちの好きなように警護をしていた。

 ネーブは、その辺りの連携不足に関しては完全に無視し、好きにさせていた。

 自分の金を狙っていることも当然知っていたのだが、何より彼の自尊心が満たされていたのだ。

 大勢の組織が自分に気に入られようと、親鳥のあとを必死に追いかける雛のようにつき従う現状を、ネーブ自身が面白がっていたのだ。

 これは、この戦争がはじまり、ネーブが亡国マイルトロンに乗り込んできた時から発生しだした現象だった。


 建物から出てきたネーブの側に、フォールのマスコミたちのストロボが焚かれる。

 マスコミにとっても、ネーブの金に糸目をつけない買収行為は、格好のネタでもあったのだ。

 当然それだけでなく、彼の豪快な性格や破戒僧としての醜聞等といった、ゴシップ狙いでもあった。

 サイギンがエンドールに占拠されてから、わずか数日でサイギンの財界の有力者は、次々とネーブに買収されていた。

 名目はオールズ教の布教だったのだが、神官であるよりも、ネーブは大商人という顔が強い。

 実際、占領下の多くで土地を買い漁り、フォール統一後の事業を見据えてネーブは活動していたのだ。


 ネーブを乗せた高級車が出発する。

 それを囲むように、彼を警備する護衛の車も並走する。

 ネーブのやってくる場所は、噂の俗物主教をひと目見ようと多くの見物人が集まり、まるでパレードのような状況になるのだ。

 フォールという国は多宗教国家で、オールズ教しか認めないエンドールとの軋轢が、かねてより危惧されていた。

 しかし、フォールにやってきたネーブは宗教家というよりも、実業家としての側面が強い人物だった。

 オールズの教義を、市民に押しつけるような強引な手法を取らず、むしろ金をばら撒き、人気を取るような懐柔政策を取っていたのだ。

 これがネーブの計算なのかは不明だが、宗教絡みでのトラブルは、まだ目に見えて起きていないのが現状だった。

 しかしオールズ教会が、いつ宗教的な改革に大鉈を振るうのかという不安は、サイギンの市民の中には確実に存在していた。


──────────────────────────────────────


破戒僧ネーブ爆誕です。

いいキャラに描ければいいんですが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る