21話 「悪女の金」

「リアンくん、どうしたのよ?」

 立ち上がったリアンにアモスが声をかけ、彼と同じ方向を見る。

 噴水の先にある公衆トイレに、デモを終えたのか抜け出してきたのか、数人のデモ参加者の姿があったのだが。

「うわっ!」

 アモスが思わず嫌悪感タップリの声を上げるほど、その連中の容姿は異様だったのだ。


「何? あの気持ち悪そうな集団? 衣装も最悪、体型クソデブで、頭髪超ウケルんですけど!」

 アモスがゲラゲラ笑い、デモ参加者の容姿を嘲笑う。

 ヨーベルは目が悪いので目を凝らしてアモスのいう、面白そうな人々を見たそうにベンチから立ち上がる。

「さっきのデモに参加してたみたいね、愛国鉢巻キモ~!」

「わたしも、その人たち見てきていいですか?」

 ヨーベルがそういって公衆トイレに向かおうとしたのを、慌ててリアンが手をつかんで制止する。


 公衆トイレ付近には、デモ参加者の妙な男たちが数人いたのだが、リアンはその中にヒロトの姿を見たような気がしたのだ。

 しかし、立てかけたのぼりとデモ参加者の死角に隠れて、ヒロトらしき少女の姿はもう消えていた。

 リアンはヨーベルを制止しながら、もう一度ヒロトらしき少女の姿を見つけようと目を凝らす。

 しかしヒロトの姿は見つからず、リアンは気のせいだったのかな? と思う。

 公衆トイレ周辺に集まっていた、デモ参加者たちは四人。

 個々人のあまりにも特徴的な外見と、独特の愛国ルックが相まって、最悪といっていいほど悪目立ちしていた。

 同じ噴水広場にいた他の人々もそれぞれが手を止めて、その奇妙な一団を眺めていた。


「あいつら絶対、しゃべり方も早口でキモいわよ。豚三匹の中に、一匹ヒョロガリが混じってるわね、ヨーベル少しでも肉恵んでやりなよ」

 アモスが口元を歪めて、そんな罵詈雑言を吐く。

 愛国心のないアモスのような人にしたら、そういった活動をする人間など、奇人変人の類で侮蔑の対象に過ぎないのだろう。

「お肉ですか~、上げられるのなら差し上げたいですね~。ついでに身長も~」

 目を細め、手を額に当てて公衆トイレ方面を眺めるヨーベルがいう。

 一方リアンは、その集団の中に見かけたようなヒロトの姿を、相変わらず探していた。

 今姿が見えないのは、トイレに入ったからかな? とリアンは思う。

 リアンのぼうっと虚空を見ている様子を見て、ヨーベルがクスリと笑う。

「リアンくんも、上の空が多いですよね~。やっぱり似たもの同士、気が合いそうです」

 急にヨーベルからいわれ、リアンは照れる。


「どんな妄想活劇を、描かれていたのですか? あの人たちがテロを起こそうとしたのを、単身でやっつける妄想ですか? 男の子なら誰でもする妄想ですね、わたしもけっこう好きな展開ですよ」

 ヨーベルが勝手に、そんな荒唐無稽なストーリーを決めつけてきて、リアンは思わず苦笑いする。

 ヒロトを見たかも、ということは、リアンはここではいわないようにした。

 先ほどの母親との確執話しでの反応の件もあったし、今ヒロトのことを話すと、またふたりによる、できれば耳にしたくない話題が再燃しそうだったからだ。

「不思議キャラはさぁ、ヨーベルだけでじゅうぶんよ? リアンくんは、そういうのとは無縁でいて欲しいものね。ボケ役がパーティーに四人もいたら、いくらあたしでも突っ込みきれないわよ」

 ひとしきりデモ参加者を嘲笑ったことでもう飽きたのか、ベンチに腰掛けアモスはリアンにいう。


 アモスがタバコを地面に投げ捨て、新しいのを取りだしたのを見つけたヨーベルが素早く反応する。

 ドヤ顔のヨーベルに、アモスは何故かイラッときて反射的にチョップを食らわしていた。

 理不尽な手刀を、「良くやった!」と好意的に捕らえたヨーベルは、とてもうれしそうだった。

 リアンはデモ隊参加者から視線を逸らすと、無言でベンチに座る。

 アモスの吸うタバコの煙がまとわりつく。

 嫌煙家でもないリアンは特に気にすることもなく、アモスの顔を見て口を開く。

「ちょっと気になる人をね、見つけたような気がしたんです。ごめんね、人違いだったかもしれないです」

 リアンはベンチの上にあった地図を、手持ちのかばんにしまいながらいう。


「何? あの連中の中に、知ってる顔がいたの?」

 アモスが訊いてくる。

「あ、いや、見間違いだったみたい」

 リアンは、頭をかいてごまかす。

 照れ臭そうな仕草をするリアンを、アモスは黙ってしばらく見つめる。

 アモスに凝視されて、体温が上昇する気分になり、リアンがモジモジする。

 ここまで真剣に見つめられると、赤面してしまう。

「リアンくんもさぁ……。実は、見えないモノが見える、とかいうのは嫌よ?」

 アモスが、いきなりこんな謎の言葉をいう。

「そんなことが……、できる人いるの?」

 驚いて反射的にリアンがアモスに尋ねる。


 アモスはずっと黙っているが、かなりの頻度で「他人から認識されなくなる」という、チート級の能力を躊躇なく扱っていた。

 その能力をどういった経緯で入手したのかは、まだ語る時期ではないのであえて秘匿しておくが、とにかく相当厄介な能力なのは間違いなかった。

 ジャルダン島ではその能力を使い、自分からリアンの前に姿を表すまで、ずっとアモスは隠密活動をしていた。


 しかしそんな無敵クラスの能力だったが、ジャルダンの最終日にあっさりと見破ってくる、術の効果がないバケモノ女が現れたのだ。

 ルミアートという大女だったのだが、アモスを含めたリアンたちは名前すら知らない。

 バークが唯一知っていたはずだが、話しの流れで少しその名を使っただけだったので、失念してしまったのだ。

 バークらしからぬ、ど忘れだった。

 そんなルミアートの存在が、アモスにとってあまりにも衝撃だったのだ。

 ジャルダンで能力を看破してくる人物と遭遇して以降、自分の能力は万能ではないと察したアモスは、けっこう慎重になっていたのだ。

 リアンも実は気づかない振りをしているのでは? と、ついアモスは不安から、口にしてしまったのだった。

 しかし出会ってから数週間経ち、それは杞憂だということもアモスは理解していた。


 そんな時、ヨーベルが「ん~!」とうなるように声を上げる。

 ヨーベルが再びベンチから立ち上がると、噴水の向こうの公衆トイレを凝視する。

「ひょっとして……。向こうにある建物は、アイスクリーム屋さんでしょうか?」

 ヨーベルのいきなりの発言に、リアンとアモスは唖然とする。

「こ、公衆トイレだけど……」

「どうやりゃ、あれがそう見えるのよ……」

 リアンとアモスから呆れ気味にいわれ、ヨーベルはガッカリしたような表情になる。

「違いましたか~、残念です。甘いものが、超食べたいモードに突入したのです!」

「なんだそりゃっ!」

 唐突なヨーベルの言葉に、アモスは反射的に手刀を彼女の頭に落とす。


「そういえばヨーベル、目悪いんだったよね?」

 ここでリアンが、思いだしたようにヨーベルに尋ねる。

 リアンもすっかり忘れていたことだった。

「はいっ! あんまりよく見えないのですっ!」

 リアンの問いにヨーベルがハッキリ答える。

「頭だけじゃなく、目まで悪いのね」

 アモスがサラリと毒づく。

「の、逃れらねぬ因果律なのです」

「うわ、ほんと頭悪そうな言い回し! でもその分、顔が可愛いから~とでも思ってるんでしょ? ほんとムカつく娘ね! 憎たらしいったらありゃしないわ! 全部計算でやってるんでしょ、目が悪いのもそういう設定でやりたいの?」

 アモスがそういうが、セリフにはそれほど悪意はこもっていない。


「ま、まさかぁ~」

 しかし、ヨーベルは意味ありげに視線を逸らす。

「あっ! やっぱ、この女要注意ねっ!」

 アモスが、またヨーベルにちょっかいを出そうとする。

 その様子を見てて、リアンがポツリとつぶやく。

「ヨーベルが、とっても美人な女の人なのは間違いないけど。アモスもじゅうぶん、綺麗な人だと思うよ? ひょっとして、気づいてないんですか? 正直もったいないですよ。黙っていれば、きっとすごくモテ……。えっ?」

 アモスが呆然とした顔で見てきたので、リアンは驚いて言葉を止めてしまう。

 何か余計なことをいったのだろうか、リアンはと不安になる。


「……リアンくん、今の何それ?」

 アモスが、眉間に皺をよせてリアンに尋ねる。

「え? ど、どうしたの?」

 アモスの意外な反応に、リアンはまた戸惑う。

「僕、何か気に触ることいっちゃった?」

「悪いことは、いってないけどさ……。急にそんなこといってきたら、おねえさんビックリするわよ」

 アモスが妙にしおらしく、ニコリとしていう。

「ああ、良かった……。何か失言しちゃったのかと」

 リアンは安心したように、胸をなで下ろす。

 そしてチラリと、側にある時計を見る。

「あの、ところで……。みなさん、お腹空きませんか?」

「ペコペコですよ~」

 すぐさまヨーベルが声を上げる。

「あら、もうこんな時間なのね」

 アモスも時計を見ると、時刻は正午近くになっていた。

「じゃあ、何か食べに行くか!」

 そう宣言して、アモスはベンチから立ち上がる。


「とても良いアイデアです~!」

 うれしそうにヨーベルがいい、手をたたく。

「でも、あんまり無駄遣いできないし、宿に帰って……」

 リアンがそういうや、アモスがポーチから大金を出してきた。

 その金を見てリアンとヨーベルが驚く。

「な、なんで、そんな大金を!?」

「わぁ、すごいです!」

 リアンとヨーベルもベンチから立ち上がり、アモスの手にする大金を見つめる。

 アモスは五十万フォールゴルド近い大金を、ポーチから無造作に取りだしたのだ。

「まあ、ちょっとね! お金のことなら、気にする必要ないわよ。あと当然、細かい詮索はなしね!」

 アモスの言葉に、リアンがどうしたらいいものか悩んでいる。


「それから、あのふたりにはもちろん内緒よ」

 アモスがお金の束を、パラパラとめくりながらそんなことをいう。

「ふたり?」

 リアンが首をかしげる。

「アートンさんと、バークさんですか?」

「と~ぜん!」

 ヨーベルの言葉に、アモスがキッパリといってのける。

「この金があるって知ったら、ヤツら働かなくなるじゃない! あいつらには、しばらく働かせておいて、その間、あたしらは観光よ!」

「そ、それはさすがに……」

 アモスの提案は、さすがにひどいと思ったリアンが渋る。

「ひどくもなんともないわ! 少なくともアートンは! 昨日の失態の報いとして、この街での強制労働は絶対よ!」

 まるで、当たり前だといわんばかりのアモスの言葉。

 その強引なものいいに、リアンは二の句を継げられず黙ってしまう。


「う~ん……。何か、危険な香りのするお金です~」

 ヨーベルが、アモスの大金をにらみつけて邪推する。

「余計な詮索は、なしっていってるでしょ!」

 アモスのチョップが、ヨーベルの額に突き刺さる。

「ほら、行くよっ! 気前のいい綺麗なねえさんが、奢ってあげるからさ! なんでも好きな物食べさせてあげるわよ!」

 満面の笑みで、アモスはリアンとヨーベルを誘う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る