40話 「ジャルダン刑務所観光」 後編
花畑の向こうに見える、旧刑務所の中にあって、かなり綺麗な外観の犬舎に向かうリアンたち。
犬舎の看守たちが、久しぶりのローフェ神官の訪問を歓迎してくれる。
アポなしにも関わらず、快く通してくれていい紅茶まで用意してくれた。
お茶のあとは犬舎の看守も交えて、犬舎全体の見学に向かうことになった。
犬舎の看守たちは、犬以外にも島固有の爬虫類や昆虫も収集もしていて、それの保管庫もあるという。
興味深くそれらの飼育された動物を見ながら、リアンはローフェ神官と元気になったキャラヘン副所長を眺めていた。
(動物園デートみたい……)
リアンは、仲睦まじいローフェ神官とキャラヘン副所長を見ながらそんなことを思う。
なんだか、まるでカップルのようなふたりで、特に見栄えも悪くないとリアンは思ったりする。
リアンが窓の外を見ると、豚や牛、羊といった家畜までいた。
食料としてではなく、ペットのような感覚で飼っているようだった。
そういえば、卵を取るために養鶏所があるといっていたが、窓の向こうにそれらしい建物が見える。
馬の姿も十頭はいて、どの家畜よりも数が多い。
犬舎の裏手にはそれなりに広い馬場があり、そこは旧刑務所のグランドだったらしい。
(そういえば、ツグング所長が馬の扱いが上手っていってたけど……。この話題、ここで出せるようなものじゃないよなぁ……)
リアンは思っていたことを飲み込み、また犬舎まで戻ってくる。
犬舎の看守たちのローフェ神官への対応は、いつものよく見る光景といっさい変化がなかった。
しかも、檻の中の凶暴そうな番犬たちまで、ローフェ神官の姿を見ると鼻を鳴らして懐いてくる。
犬舎の看守たちと、完全に元気を取り戻したキャラヘンを交えてローフェ神官が話し込みだす。
これがキャラヘン副所長の本当の姿だったらしく、看守たちも口々に彼の復帰をよろこんでいるようだった。
犬舎の看守たちを交えた、ローフェ神官とのおしゃべり会がはじまっていた。
きっとまたお話し長くなりそうだなぁ、と思いながらリアンは犬舎をひとりで見学することにした。
寝ている犬や、餌を食べている大きな犬がたくさんいるが、リアンに敵意を向けるのは一匹もいなかった。
リアンも動物には抵抗がないようで、大型犬を見てもそれほど恐怖を感じていない。
そんな中、掲示板に迷い犬のポスターを発見する。
「あれ……。そういえば、これと同じの昨日見たなぁ」
リアンがそのポスターを眺める。
「む~ちゃん、いなくなっちゃったんですよ……」
ローフェ神官が、いきなり後ろから寂しそうに声をかけてきた。
長話しには発展せず、もう犬舎の職員たちとの会話を切り上げてきたようだった。
「む~ちゃん?」
リアンが、ポスターを見ながら聞いてくる。
小さくて愛嬌のある顔をした、黒い毛をした愛玩犬が描かれていた。
「はい、とっても可愛い子でした。小さくて、身体も弱い子だったから心配です……」
ローフェ神官は悲しそうにいう。
「島のみんなから、人気の小型犬だったんだけどね。ある日突然、いなくなったんだよ」
キャラヘンもやってきて、そう教えてくれる。
リアンはポスターを見る。
失踪した直後、貼りつけられた日付が、半年も前だった。
さすがにこれは、もうダメかもしれないなぁ……、と思ったリアンだが、当然口には出さなかった。
ここでリアンはドキリとする。
写真立てに、この「む~ちゃん」を抱っこする、小柄の看守の姿が写った写真があったのだ。
きっとこの人が、ツグング所長なのだろう。
リアンが以前見た、騎士のような格好など当然しておらず、小柄だが聡明そうな表情をした、かなり有能そうな人物に見えた。
リアンはこの写真にローフェ神官が気づかないように、くるりと後ろを向き、写真を隠すと窓の外に何があるのかを、わざとらしく職員に尋ねた。
「見学した時に、何頭か馬もいたでしょう?」
犬舎の責任者が、リアンに話してきた。
「ああ、そういえばたくさんいましたね。あれも、こちらで飼っているんですね」
「そうだよ、今はもう引退しちゃったけど、森の開拓工事はあの馬を主に使っていたんだよ、会いに行ってみるかい?」
そう職員がいってくれたので、リアンたちは厩舎のほうに向かう。
厩舎にきて、職員がまず馬のチェックをはじめだした。
そして、きちんと全頭いることを確認するとホッと溜息をつく。
「いやあ、困ったことにね、きちんと厩舎に入れているんだが、時々いなくなる子が一頭いてね」
「脱走しちゃうんですか?」
「一頭だけ、どうも困った癖があるのがいてね。でも、何故かすぐ帰ってくるんだけどね、いったいあいつ、どうやって抜けだすんだか……」
犬舎の責任者が、一頭の白馬を指差して首をかしげて考える。
なんでも、この馬だけ頻繁に逃げるので、カギも厳重にかけているのだが、それでもその馬だけ時々いなくなるというのだ。
乗馬道具一式まで消えているので、誰かが使ってる可能性があるんだが、犯人の見当がまったくつかないという。
「案外、ツグング所長だったりしてね? む~ちゃんも、ツグング所長さんがつれてきて、すごく可愛がっていたのですよ」
ローフェ神官の耳打ちに、リアンはドキリとさせられる。
実はそれをリアンも考えていたのだが、ツグング所長のことはローフェ神官の前で、口に出すのはよくないと思って自重していたのだ。
でも、さすがにローフェ神官もそのことを察してか、耳打ちはリアンにだけしかしなかった。
ツグング所長が乗っていた馬、当然ここで飼育されていた子なんだろうな。
そんなことを考えながら、所長さんの豹変の報告や後任人事とか、そういった重要な手続きはどうする気なんだろう? という疑問がリアンの中に浮かんでくる。
でも、思っててもリアンが訊けるような話題とは思えなかった。
「ところでリアンくんは犬派? 猫派?」
リアンには無関係なツグング所長についていろいろ考えてたら、いきなりローフェ神官が訊いてくる。
「実家では犬と猫、両方飼っていましたよ」
「おお~、猫ちゃんは羨ましいです」と、ローフェ神官がうれしそうにいう。
「うちの子は、あんまり愛想のない子でしたよ」
実家で飼っていた、キジトラの愛想の悪い老猫をリアンは思いだした。
「名前は名前は~?」
目を輝かせ、ローフェ神官が訊いてくる。
「キジっていうそのままの名前で、犬もシロって名前でしたよ。お兄さんが拾ってくるんですけど、大雑把な人で……」
「へぇ~、お兄さんがいるんですね」
「はい、いちおう……」
何故かリアンは兄のことになると、少し暗い顔をした。
「でも、猫ちゃんは愛想が悪いのがいいんじゃないですか~。いいな、いいな~。わたしも、猫ちゃん欲しいな~」
そうキャラヘンに向かって、ローフェ神官はおねだりするような感じにいう。
「え? それ僕にいってます?」
キャラヘンが、うれしそうな顔になっている。
ローフェ神官のためにキャラヘン副所長、本当に猫用意しそうだなぁとリアンは思った。
でも、教会でひとりで寂しいだろうから、ローフェ神官の友だちに猫がいてもいいかなとリアンは思った。
そう思った瞬間、リアンは寂しい気持ちになる。
(そうか、ヨーベルさんともお別れが近いんだな……。一週間なんて、ほんとあっという間なんだな)
昨日バークとの会話でも出たが、改めて別れを自分からも意識するとリアンは寂しい気持ちになる。
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