41話 「廃墟のマリーン」 前編
ジャルダン刑務所の裏側には、広々とした港が存在していた。
リアンが最初に到着した港とは、比べ物にならないぐらいの大きな港だった。
建設途中のショッピングモールが存在し、広大なテラス、綺麗な人口の浜辺まで存在していた。
ヨットハーバーはほぼ完成していたが、肝心のヨットは一隻も姿がなかった。
人が自分たち以外おらず、廃墟のマリーンと化している。
リアンは呆然と、その廃墟になった港を眺める。
キャラヘンの言葉に、さらに驚かされる。
「えっ! これ、刑務所側からまったく見えないんですか?」
タバコを取りだす仕草を抑えて、キャラヘンがうなずく。
「こんなリゾート地があると知れたら、囚人たちも騒ぎだしかねないからね。作ってる間も、計画が頓挫してからもここの場所は秘密扱いさ、リアンくんも内緒にしてておくれよ。囚人たちは、ニカ研用の資材搬入用の小さな港があると思ってるようだけどね」
無人の埠頭を指差してキャラヘンが笑う。
「いちおうジャルダンから資材を輸送したり、本国から物資を受け取る時に使ったりしてるよ」
港の奥には、これまた建設途中の灯台らしきものがあった。
完成していたら、相当な規模の大灯台になっていただろうが、基礎工事のまま放置されている。
今はその隣にある、小さな灯台を代用品として使っているようだ。
「こっちの港の大きさは、すごいですね! 資材っていうと、あの工事現場で伐採した木なんかを輸送してるんですか?」
リアンが港の用途を一発で当てる。
「流石だねリアンくん、その通りだよ。あとは、僕の昔の商売仲間も時々使うよ、計画は頓挫したとはいえ、この規模の大施設さ! 金になることを見越し、何かと協力してくれてる人もいるってわけ。おっと、これも囚人たちには内緒だよ……」
キャラヘンが、こっそりタバコの箱を握りつぶしながら教えてくれた。
まだ、中身がたくさん残っているタバコが箱ごと潰されるのを見たリアンは、何も見なかったようにスッと目を逸らす。
そういえばキャラヘンは、今日は会ってからまだ一度も、タバコに火を点けていないことにリアンは気づく。
廃墟のショッピングモールを、じっと眺めているローフェ神官にリアンは気がつく。
「どうしたんですか、ヨーベルさん?」
「う~ん、あそこに死肉を食らうモンスターでもいれば、最高なんですけどね~」
「な、なんなんですか、それは……」
相変わらずのローフェ神官の言葉をスルーして、リアンはキャラヘンに廃墟と化したショッピングモールの現在の用途を尋ねる。
「生きたまま人肉を、貪り食うグールですよ~」
ローフェ神官が後ろからリアンの首をつかみ、うれしそうにいってくる。
キャラヘンがいうには基礎工事はバッチリできて、内装を綺麗にしたらいつでもテナントが入れる段階だという。
その店子先と、以前は頻繁にキャラヘンも交渉をしていたというのだった。
まだこの観光地化を諦めておらず、ビジネスチャンスと思っている店子側も当然いて、その人達が時々島にやってきたりもしているというのだ。
その話しを聞いてリアンも納得する。
こんなすごい施設を放置するなんて、僕のお父さんやお母さんは、きっと黙っていないだろうなぁとリアンは考える。
(この島から出たら、その辺りを父さん母さんに相談してみるのも悪くないかも)
「でね、そのグールは仲間を増やすのが目的ではないのです、貪り食うのが目的なんですよ。よくグールを、吸血鬼か何かと勘違いしてる人がいますが、チャンチャラおかしいですよ~。グールの怖さは、生きたまま食い殺されるかもしれないという恐怖なのに、彼らの仲間になることが、目的になっているんですよ、おかしな風潮です」
ローフェ神官は、勝手にひとりで持論を展開していたが、キャラヘンだけが納得したように返事をしている。
でもきっと彼は、内容を理解していないとリアンは思っていた。
「森を開拓して切りだした木は、あそこにも管理されてるんですね」
リアンが指差す先に、伐採された木材が積み上げられていた。
とりあえず別のことを話して、ローフェ神官のどうでもいい話題をリアンは切り上げさせた。
ふたりの関係を苦笑いで眺めていたキャラヘンが、向こうに見える大きな倉庫を指差す。
「あっちは最初、製材所にする予定だったんだよ。木材の加工も、囚人たちの刑務作業に入れたかったんだけど、危険過ぎるということでメビー副所長から却下になってね」
「アハハ、チェンソーで昔の血が騒いで、暴れだす囚人さん出てきそうですものね」
ローフェ神官が、屈託のない笑顔でそういう。
こういう話題には、全方位から参入してくるのだから、ほんと侮れない女性だった。
「この島の木は、けっこう質のいい木材らしく、高級家具の素材として重宝されてたんだよ。こんな宝の山のような島なのに、放置状態なんて惜しい話しさ」
キャラヘンの悔しそうな言葉に、リアンは納得したようにうなずく。
「あとは、僕の本業というか。まあそれ関連もね……」
ここで、今日会ってはじめてキャラヘンが暗い顔を一瞬見せる。
リアンは気になったが、ナイーブな話しになりそうな感じがしたので、触れないようにした。
「僕たちが来た向こうの港は、囚人護送専用なんですね」
「そういうことだよ」
新しいタバコの箱を取りだしながらキャラヘンが、リアンにそう教えてくれる。
しかし、またすぐにタバコを、キャラヘンはポケットにしまう。
どうやらキャラヘン、今日は一本も吸わないつもりらしい。
(やっぱり、何かあったのかな?)
リアンは気になるが、今日はキャラヘンのために余計なことは訊かないようにした。
心境の変化があったということは、何かしらの出来事があったのだろうと、リアンは察したのだ。
ローフェ神官は、廃墟のショッピングモールの向こうにある浜辺を見ている。
「あっちの海は、すごく綺麗なのです~。太陽燦々でキラキラなのです~」
「本当ですね、リゾート地として、今からでもすぐ使えそうなのに。キャラヘンさんが、勝手に工事再開させちゃえばいいですよ」
若干冗談気味に、リアンはキャラヘンに話してみた。
「タダでコキ使える悪人さん、いっぱいいるんですから~」
ローフェ神官が、また何かすごいことを被せてくる。
「ちょっと、ヨーベルさん、さすがにそれは……」
「ダメなんですか~?」
自分のいってることが間違いだというのが、信じられないといった感じでローフェ神官がリアンに尋ねてくる。
ハハハと笑うキャラヘン。
「いちおう、こっちでの煩わしいアレコレが一段落したらね。ここの工事再開の件を本社の知人を通じて、いろいろ打診してみようとは思っているんだよ。うちのボスは、今はもうこの島のこと完全に、存在を抹消してるみたいだしね……。こちらも、これ以上は待つのもアレだからね」
キャラヘンは、若干険しい顔をしてそんなことをいう。
実は彼なりに、今回の展示会中断の仕打ちは、いろいろ吹っ切れるきっかけになってもいたのだ。
「わぁ、それは頑張ってもらいたいです」
キャラヘンが受けた仕打ちのことを知らないリアンだが、純粋に彼を応援をする。
「刑務所も、この港も完成したら、すごく綺麗な観光地になりますよ!」
リアンがキャラヘンに、励ますように元気よくいう。
「うん、きっと間違いないだろうね。なので、可能な限り行動してみようと思うよ。これだけの施設なら、きっと多くの人々が興味を持ってくれるだろうからね。そのための人脈だって、きちんと構築してきたつもりだからね!」
リアンの激励を受け、キャラヘンがまるで自分にいい聞かせるような感じでいう。
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