7話 「青い人の呪詛」 後編
どうやらスパスは、この頃ますます引きこもり気味になって、部屋から出てこないのだという。
健康面でも、積み荷のチェックでも、いろいろ心配なのだが、どうすることもできずスイトも困っているという。
その言葉を聞くや、アモスがリアンを見てくる。
「聞いた? リアンくん、困ってるんだって」
アモスのいわんとすることを察して、リアンは困り顔になる。
「どうしたものかな? このままでは、彼の健康面も心配だし、大事な積み荷も心配だ」
スイトが本気で困っていると、アモスがポーチにかけたカギをジャケットの裾で隠す。
「副船長は、あんなのにも優しいのね、人間できてる~」
「いやいや、大事なクライアントだよ。それに彼、この船では孤立無援だからね、せめて、わたしだけでも接点を持ってやりたい。大きな仕事を任されて、相当なプレッシャーから、今の精神状態なんだろう。彼、よく家族写真を見ているからね、家に帰れば普通の私人なんだろうよ。今は、なんとか彼が壊れないように、わたしがしてあげないとね」
スイトはそんな、立派で優しいことをいう。
どうも本心らしく、その言葉に裏があるようにも思えない。
リアンは、感動して「すごいです!」と思わずいってしまった。
「あいにく、そこまで聖人になれないあたしは、あのオッサンはパスね、悪いけどさ。そもそも、そういう状況に自分から陥ったんでしょ? 自業自得よ。いまさら被害者ぶって同情引こうなんて、あたしなら認めないわ」
アモスがきっぱりと、スパスに対して敵対的な姿勢を見せる。
「ハハハ、アモスくんらしい気性だな。まあ、そういう考えはうちの船内にも多いからね。それに、おそらく向こうも、アモスくんとは無理だろうな、いくら君が美しくてもね」
「あら、やだ、誘惑されてる? 朝からリアンくんの前で大胆ね」
アモスが挑発的な視線で、スイトに前屈みになっていう。
「ハハハ、わたしはもう枯れたオッサンだよ、そういう色気は、船員にまた振り撒いてくれないか? きみの存在で、もう張り切り方が半端なくてね、是非とも力になってやっておくれよ。いちおう、ズネミン船長ともいってるが、ローフェ神官ともども手を出すのは禁止ってことにしてる。荒くればっかのバカどもだが、上の命令は絶対に守る連中だ、信じてくれるとありがたいよ」
スイトが、アモスを船員の女神的存在として働いてもらっていることを話す。
ビックリしたリアンだが、アモスはすっかりノリノリなのだ。
ここで余計なこといって、彼女を全否定するのはどうかと思ったので、別のことをいうことにした。
「僕、アモスのこと嫌いじゃないですよ、でも、自分を安売りするような人だったら幻滅しちゃいますよ。そういうことだけは、止めておいてくださいね。この大変な旅ですけど、最後まで仲良く、冒険できたらって思っています。ジャルダンであんなことがあって、ともに乗り越えた五人の仲間なんですから。だから、最後まで一緒に僕と故郷に帰りましょうね」
丁寧にリアンはアモスにそういう。
「やっだ~! 聞いた? 今の言葉。リアンくん、あたしのこと仲間として信用してくれるんですって、うれしいじゃない!」
アモスが飛び上がらんばかりによろこぶ。
「ならアモスくんも、リアンくんの期待に応えられるように、しっかり努力しないとな。リアンくんだけでなく、他の仲間も困らせることのないようにな」
スイトが笑いながらいう。
「そうだ、あのスパスってヤツは、絶対に部屋から出ないの?」
「ほとんど出ないが、例外として、夕食後、夕日をよく眺めているね、艦橋で」
「なるほど、そうなんだ~」
アモスが納得したようにいった途端、リアンはアモスが隠し持っている鍵束が気になってしまう。
スイトも、まさかアモスが鍵束を盗むなんて大胆なことを、してくるとは思ってもいなかったろう。
バレた時のことを想像してしまい、小心者のリアンは必要以上にドキドキする。
「じゃあ、あたしは、まずは機関部の野郎どもに、発破かけてくるかしらね。何人かケツ蹴り上げたら、よろこぶ変態がいるのよね~。朝からこっちも気合入るわ~」
アモスが口角を上げていい、リアンとスイトの前から去っていく。
「リアンくんも、仕込みの手伝いしてくれるかい?」
スイトがいってきたのでうなずくと同時に、スパスの食べ終えた食器をリアンは受け取る。
スイトから話しを聞くと、ヨーベルはなんの不満もいわず、今日も洗濯所で朝から働いているらしい。
同じように、アートンとバークもまた、甲板の掃除に朝から駆りだされているらしかった。
「君たちが来てくれて、この船に活気が出た感じだよ。感謝しないとな」
スイトがリアンに、ありがたい言葉をかけてくれる。
調理室に向かう間、リアンとスイトは他愛のない話しをする。
そこで、リアンはこんなことをいう。
「昨日、調整役や番頭役を任されて、その才能を伸ばせばっていわれたんですけど……。一日で自信が、なくなっちゃいました……」
リアンはしょんぼりしながらいう。
その理由をスイトが尋ねる。
「正確に伝えようとしたら、角が立っちゃうことが多くて。どうしても全部、正直に話せなかったり、結果、嘘をついたりしてしまうんです。これじゃあ、伝達係としては失格ですよね……」
リアンは、持っていた食器をカチャカチャと鳴らしながら悔しそうにいう。
それに対して、スイトがハハハと笑う。
「それでいいんだよ、リアンくん」
リアンはスイトの言葉に、「えっ?」という表情をする。
「馬鹿正直にすべてを話せば、当然角が立つものさ。そうなれば、人間関係がかえって悪化して、取り返しがつかなくなることが多いんだ。僕は、リアンくんがその辺りの匙加減が上手そうだから、そういった役割が向いているといったんだよ。誰それがこういってた、そんなことを馬鹿正直に、方々でいいまくってたら、どんな結末が待ってると思うかね? コミュニティーの崩壊しかないよ」
スイトが、リアンにわかりやすく理由を説明してくれる。
「リアンくんは、大前提として、誰とでもまず仲良く話しをすることができる。そして、信頼されて最初は“ ガキの使い ”みたいなことばかりかもしれないが……。次第に信用を得て、重要な伝達や交渉を任されるだろう。そこからが、リアンくんの本当の才能なんだよ。相手の顔色をうかがい、うまく情報を咀嚼して伝え、相手にも好印象を与え、また信頼を得る。そういった人間はね、すごく重宝がられるんだよ。千人にひとり居るか居ないかの、逸材だよ」
スイトが順序立てて、番頭役の重要度を教えてくれた。
それを聞いてリアンは少し安心した。
「ただ、ストレスは半端ないがね」
ハハハと、まるでズネミン船長のようにスイトが豪快に笑う。
リアンは苦笑するしかない。
でも、スイトの言葉を聞いて、リアンの中にあった胸のつっかえが取れた気がした。
大人の人は、やはりいろいろ教えてくれて、自分を助けてくれる。
いつまでも子供のままじゃいけないんだろうけど、道を示してくれる人は常にどこかにいてくれるのだ。
今は、スイトが教えてくれた言葉を、胸に刻み込もうと思ったリアンだった。
調理場に向けてもうしばらく歩いていると、リアンはボロボロのドアが気になる。
ここは、鉄板で打ちつけられて、中に入れないようになっていたので、実は以前から気にはなっていた場所なのだ。
せっかくなので、リアンは部屋のことを訊いてみようと思った。
「ここだけ、やけに古い部屋ですね? しかも、入れないんですか?」
リアンが、ドアを指差してスイトに訊く。
「ああ、ここはねぇ、なんだか気味の悪い部屋でね。この船を買い取った時に、一度アーニーズ海運の人間が掃除したんだが、それ以来掃除した社員が次々と、退職したらしくてね」
スイトが妙に、オカルトめいた話しをしてくる。
ヨーベルが聞いたら、目を輝かせて食いついてきそうな話題だった。
「退職しちゃったんですか?」
「健康状態が、突然悪化したようでね……。そういうのが、三件立てつづけに起こったものだからね、仕方なしに、こうして封印してるんだよ。そんな曰くつきの船を、平然と使わせる素晴らしい我が会社さ、ハハハ」
スイトが自嘲気味に笑いながらいう。
「誰も乗りたがらなかった船なんだが、うちのズネミンが船長に志願してな、船員もついてきて、今にいたるってことだよ」
「例えリアンくんの頼みでも、ここは開けたくないかな」
「僕はそういうのあまり興味ないので大丈夫です。でも、ヨーベルにはその手の話は禁句かもしれないですよ
「ほう、そうなのかい?」
何故かスイトの顔に、興味に似た表情が浮かぶ。
「いや、ほんと彼女、喜々としてその手の話題に食いつくんですよ。絶対、中に入りたいとかいいだしますよ。実害が出てるんですし、本当にいわないほうがいいですよ」
リアンが、ヨーベルの極度のオカルト好きを説明する。
スイトも最初は興味深く聞いていたが、本当に中に入れろとかいいだしそうと感じだしたので、リアンの説得を了承する。
調理室の前まで来た時、スイトがポンと手を打つ。
「そういえばっ! さっきの閉鎖した部屋でズネミン船長が、不思議なオルゴールを見つけたんだよな」
「オルゴールですか?」
オルゴールと聞いて、リアンは何故か引っかかる。
でも、それが何故なのかわからない。
「そいつは今も船長室にあるよ、今度見せてもらえばいいよ。妙な曲調の、いや、単に壊れてるオルゴールなのかな? ただ、外装の彫刻が綺麗でね、工芸品として素晴らしいんだよ」
「わぁ、是非見たいですね、ちょっと怖いけど」
リアンが不安そうにいう。
「いや、オルゴール自体には何も問題はないよ。この船を手に入れて、数年経つが、ズネミン船長は健康そのものだからね。きっと、良くないものは、あの部屋自体にあるんじゃないかな……」
リアンとスイトは、禍々しいオーラを放つ古いドアをしばらく眺める。
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