7話 「青い人の呪詛」 前編
その夜、リアンは夢を見ていた。
この感じ、例のアレだ!
リアンはいつもと違う、夢の空気感を敏感に感じ取った。
意識すると、視界が開けてくる。
どうやら、どこかの船室のようだ。
船室は、赤茶けた錆で覆われ、足元には青い光がビチビチと跳ねている。
その光景を見て、リアンは綺麗と思うこともなく、気持ちが悪いという思いが先に立つ。
しかし、これが夢であることを思いだしたリアンが、意識を集中させると自分の姿が宙を舞った。
天井付近まで漂うと、リアンは部屋の隅の作業台に、ひとりのうごめく男がいるのに気がつく。
真っ青な人間だった。
全身が青いのだから、そう形容するしかなかった。
だが、彼は確実に人の姿をしていた。
服は着ているのかどうかわからないが、青い人という形でしか、リアンには認識できなかった。
夢独特の、抽象的なあの感じだろう。
そういえばリアンは、以前も似たような経験というか夢を見たような気がする。
どこでだっけ? と考えるが、突然耳に呪詛の言葉が聞こえてくる。
船室の隅の作業台で、何かを作る青い人がいる。
その青い人は、どうやら低い声質から、男性であることがわかる。
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
まるで抑揚のない経文のように、ずっと同じ言葉をつぶやいている青い人物。
しかし、その言葉にはいっさいの感情がない。
リアンは、いつの間にか男の上空に漂っていた。
哀れみの視線で、青い人物をリアンは見つめる。
「何いってんだろう? この人」
リアンはそう思うが、不思議と悲しみは湧き上がらなかった。
嫌悪感からか、自業自得、ざまぁ見ろという感情が湧いてくるのだから、妙に不思議だった。
青い男のことなど知りもしないのに、何故かそういう感情が出てくる。
男は、何かを作っているようだった。
残念ながら、リアンにはそれが何かはわからない。
ただ、オルゴールのような精密機械な感じがした。
細かな部品が、青い光を発して、作業台の上に転がっている。
ひたすらブツブツ、「死ね」といいながら、細かな部品をオルゴールの箱に詰め込んでいく。
よく見たら、同じようなオルゴールは、複数個作業台の上に見えた。
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
「死ね……」
同じ文言をしつこくいう、青い人の足元には、何故か大量の青いエビが跳ねている。
「エ、エビ?!」
リアンがゾッとする。
リアンが、軽い悲鳴を上げて目を覚ます。
寝汗で濡れ、リアンは息も絶え絶え状態になっていた。
窓からは陽の光が差し込んでいた。
ベットから上体を起こし、周囲を見るが、足元にもベッドの上にも何もいない。
(えっ? 足下に何があるっていうの?)
自分が、何を探しているのかもリアンにはわからない。
悪夢を見たらしいことは覚えていたが、どんなものか、まったく覚えていなかった。
ソファーに寝ていたアートンと、ベッドにいたはずのバークがすでにいない。
時計を見ると、朝の七時を回ったところだった。
大きく深呼吸してベッドから降りると、リアンは悪寒を感じて両腕をさすり、数歩足踏みをする。
手の甲を見ると、少し赤い斑点のようなものが見えた。
どういうわけだか、アレルギー反応が出ているようだ。
何故なのかはわからない。
主にカニやエビのアレルギー反応なのだが、時間が経つと収まるので、今までそれといった処置をリアンはしてこなかった。
何か治療薬でもないものかと、思いながらドアを開けて外に出る。
船室を出ると、すぐにアモスと出会うことになった。
アモスは何故か、どこかの鍵束を持っている。
リアンに気づかれ、鍵束を一瞬隠そうとしたアモスだが、それを止めてチャラチャラと振り回しだす。
「おはようございます」と、まずリアンが挨拶をした。
「おはよ、リアンくん、今日も寝ぐせが可愛いわ」
アモスが、リアンの髪を触ってきたのでドキリとする。
「もうっ! 寝癖があるのはほんとよ、きみちょっとあたしのこと警戒しすぎ。おねえさん、ショック受けちゃって、入水しちゃうかもよ」
アモスがそんな冗談をいいながら、鍵束をポーチのフックにかける。
「アモス、そのカギは……?」
「ウフフ、今はまだ内緒、でも、ここだけの秘密よ、いいわね。リアンくんだから見せたのよ」
アモスがそうささやいてくる。
「え、そ、そんな……。まさか悪いこと、考えてるんですか?」
リアンが、アモスの言葉に困ったような表情をする。
「違うわよ、ほら、この奥の」
アモスは、トイレがある方向の通路を指差す。
「なんとかっていう、クルツニーデがいる船倉の鍵よ」
「も、もっといけないよ! 何考えてるの! あんなとこに入ったら、どれだけ怒られるか! ズネミン船長からも信頼を失っちゃいますよ。それに、もし歴史的遺物だったら、壊した時にどうするんですか……」
リアンがけっこう真剣にアモスに注意をする。
それを、じとっとした目で見ていたアモスだが、急にニコリとなる。
「やっぱりリアンくんは、人間的に信頼おける男の子ね。誠実だったり信義に厚ったり、それでいて臆病な所は、人間としてとても大事だからね」
アモスが笑顔でいってくる。
「いやいや、褒めたってダメなものはダメですって。カギ、返しにいきましょうよ……」
リアンがアモスに、困ったような表情で訴えかける。
「でもね、あたしは平気なのよ、そのうち、リアンくんにだけ見せたげるわ、わたしの力。毎回、そんな反応があると、いちいち面倒だしね。説明兼ねて教えてあげるから。楽しみにしてなさいね」
アモスがリアンに、意味のわからない言葉を発する。
「そ、それ、ほんと意味がわからないです……」
「今はそれでもいいの! でも、問題は本当に起きないから、安心してなさいって」
というアモスだが、最初から何かしらやらかす気満々だった。
じゃなければ、鍵束をくすねてくることなんて最初からしない。
そして、大好きなリアンくんを騙すことになったとしても、特に気にしてもいない傲慢さが、彼女の絶対的な強さでもあった。
「あら、スイト副船長じゃない。今朝もダンディね、おはよう! 例のヤツなんかに朝食届けたの? ご苦労なことね」
アモスが通路の角を曲がってきた、スイトに挨拶する。
「やぁ、ふたりともおはよう、ぐっすり眠れたかい?」
スイトは、食べ終わった食器を持っている。
「不健康そうなヤツだけど、飯はちゃんと食うのね」
アモスが空の食器を見て、意外そうにいう。
「ここのお料理は全部美味しいから、あの方も食べてくれるんですね」
リアンが、なんだかうれしそうにいう。
自分も調理の手伝いをしているだけに、完食してくれるとうれしいものだった。
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