6話 「目的地」 其の三

 ガチャリとドアを開けると、いきなりアモスがいってくる。

「リアンくんおっそ~い! あんまりにも遅いから、ヨーベルといいことしてると思って、嫉妬しちゃったぞ!」

 アモスが、あり得ないことをいってくる。

「ちょっとトイレによってたんですよ。そしたら船員さんと出会って、お話し少ししてたんです」

 リアンが、少し嘘を交えて釈明する。

「ほんとに~」

 アモスがニヤニヤしながら疑いの目で見てくる。

 胡座をかいたホットパンツの隙間から、黒い下着が見えて、リアンは見のやり場に困る。

 仕方ないので、その近くに干してあるアートンの着ていた看守の服や、バークの服に視線を移す。


「あのスパスってのには、会わなかったかい?」

 バークがいきなり訊いてきた。

「え? あ、大丈夫です」

 リアンは、また嘘をついてしまう。

 起きたことを正確に伝えるのが伝達係なのに、もう二個も嘘をついてしまった。

 リアンは軽い自己嫌悪に陥る。


「あの男は、トイレ奥の船倉に向かう部屋で、監視するように陣取ってるからな。なるべくなら会わないほうがいいよ、ズネミン船長は金のためと割り切ってるが、彼への不満がいつ爆発してもおかしくないほどだ。リアンくんが余計な被害を被ったら、本気で船長、何しでかすかわからないからな」

 バークの言葉に、リアンはこくりとうなずく。

「スパスかぁ~、あいつね~」

 アモスが、ベッドに横になってニヤニヤする。

「おまえも、できたら会わないのが吉だぞ、余計なトラブルは避けような。絶対おまえとは合わないタイプだと思うから、ほんと近づかないでおこうな。さいわいスイト副船長が、上手く交渉役をしてくれてるみたいだから」

 バークが、寝転がってるアモスの身体のラインを、なるべく見ないようにしていう。


「っていうか、アモス、おまえももう寝ろよ。その挑発的な行動楽しんでんだとしたら、相当趣味悪……」

 アートンが、ここまでいって言葉を飲み込む。

 余計な一言で、またケンカになったら不味いと思い我慢したのだ。

「あら?」

 ここでアモスが、週刊誌に興味深い記事を見つける

「ちょっと、ちょっとっ! こんな記事があるわよ。ホモ雑誌の報道欄だから眉唾ものだけど、けっこう重要な記事かもよ」

 アモスはそういうのだが、無視しているアートンやバークに怒鳴る。


「重要な情報っていってるのに、なんでみんな無視なのよ!」

 アモスがベッドから上体を起こし、怒鳴り散らす。

「じゃあ、せめて、そのジャケットだけ着てくれないか。その格好のままだと、こっちも目のやり場に困るんだよ」

 バークが横を向いたままいう。

「あんたが極上の女ってのは、ほんと否定しないけど、もう少し羞恥心持ってくれると助かるよ。ジャケット、着てくれるかい?」

 アートンも、トーンを穏やか目にしてアモスにいう。


 じと~っとした目で、甲斐性なしの男性陣をアモスが眺める。

「リアンくんの意見に従うわ、リアンくんはどう?」

「ジャケット着てください! あと、あんまり挑発的な行動は避けて欲しいです」

 リアンは即答した。

「何よ、もう、仕方ないわね」

 アモスはしぶしぶ、アーニーズ海運のジャケットを着込んだ。

「薄着で出歩くのも、できれば控えてくれると、安心します……」

 リアンがアモスを見ずに、つぶやくようにお願いする。


「気になっちゃうお年ごろか、じゃあいいわよ、仕方ないわね」

 リアンの提案に、ここはおとなしくアモスも従うことにした。

 もう少しごねて、男性陣を困らせてやりたい思いがあったのだが、空気を読むことにしたのだ。

 そして改めて、見つけた記事をみんなに見せる。

 アモスが見せてきた記事には、はじめて知るような情報が載っていた。

 それも、飛び切りのトンデモ記事だった。


「王政復古を夢見る貴族連合が、国王陛下を拉致した?!」


 見出しを見て、バークが素っ頓狂な声を上げる。

 記事を読んでいくと、現在民主主義政権となっている、エンドールの政治体制に反発した貴族連合が、クーデターもどきを起こしたというのだ。

 しかも、その決行場所こそが、リアンが参加したあのパーティーだというのだ。

 アートンが鼻で笑って記事を読む。

 バークも似たようなものだった。

「なんかあたしが、笑われている気分なのは何かしら? この不快感。謝ってほしいわね、是非ともさぁ! じゃないと航海中、ずっと不機嫌なままでいるわよ」

 そんなことをいうので、慌てて拗ねだしたアモスをアートンとバークがなだめる。


「ほら、もっともらしい記事書いてるが、今の貴族にそんな野心があるとは思えないよ。何より、国王陛下を拐ったとかさ? こんな馬鹿な……、突拍子のないこと考えられないよ」

 バークが所々言葉に詰まりながらも、アモスの見せてきた雑誌のやんわりと批判をする。

「今は国王陛下や王族は、国の象徴でしかない御方たちだぞ。当のロハンスール三世も園芸が趣味の、野心とは無縁の人って話だし……」

 じとっとした目で、にらみつけてくるアモスの視線に気づきバークは黙る。


 現在のエンドール王国の国王陛下はロハンスール三世という、五十半ばの中年男性だった。

 先王アイレハイリーンの嫡子で、ハーネロ神国を滅ぼした英雄王としての資質をまったく受け継がなかった、凡庸でどちらかといえば、風流な知識人気質の人物だった。

 先王が専制君主制から議会制民主主義に簡単に移行したのも、王太子のロハンスール三世が、あまりにも野心とは無縁の人物だったからだ。

 当のロハンスール三世も、貴族との社交にこだわりを持たず、様々な文化人や民衆、他国の使者との交流に重きを置いていたのだ。

 だから、野心やクーデターなどという言葉とは、どう考えても無縁の人物なのだ。

 ただ、下賤なゴシップ誌が書くように、彼を担ぎ上げようとする人間がいても不思議ではないのだが。


「とにかく、別にアモスをバカにする気なんかないが、この記事の信憑性は薄いよ……。可能性のひとつとして、考えられるかもしれないけどさ……。いったい誰が書いたんだよ」

 バークは本をひっくり返し、裏表紙表表紙を確認する。

 表表紙には逞しい半裸の男が肩を組んで、脳内で読むのもはばかられる卑猥な特集のロゴが並ぶ。

 裏面には精力剤の胡散臭い広告がデカデカとあり、雑誌社の名前も聞いたことがない。


「でも、僕が拉致された例の騒ぎがあった日と、事件が同時刻。同じ場所で起こってるってのは、確かなんですよね?」

 リアンが、記事の部分だけを見せてもらって読みながら訊く。

「そもそも記事で、さも真実だと語られてる、国王陛下拉致ってのが、信じられないよ。ニュースになって当然の出来事だろうに、まったく知られていないしなぁ。いや、ことがことだけに緘口令が、敷かれてる可能性もあるけどさ……。こういうゴシップ誌が、自説を拡散させるために、いろいろ考えて記事を作ってるんだろうが……。そういう眉唾話しのほうが、反響や売上に重要ってのもわかるがなぁ……」

 アートンが腕を組んで考え込むと、その場でウロウロと歩きだす。


「だからこそ、リアンくんが拉致られた、何か理由があるかもしれないじゃない」

 アモスがそんなことをいってくる。

「じゃあ、おまえは仮に国王陛下拉致があったとして、その騒動にリアンくんが巻き込まれたって考えなのか?」

 バークがアモスに尋ねる。

「可能性を提示したまでよ、あんたならそういう風な思考回路すると思ったんだけどな~。な~んか、がっかり。頭から否定ばっかで、考慮しようともしない頭の硬さだしさ。人のこと、バカ見るみたいな目で見るし。これじゃ、メンバー内で提案とかする人間減っちゃうかもね」

 アモスがバークに嫌味たっぷりで皮肉をいう。


「いやいやいや、確かに反応悪かったのは謝るよ。それに、いわれてみればリアンとの関連性も、ゼロじゃないかもしれないしな……。貴重な意見ありがとよ、頭の片隅に留めておくよ」

 バークがアモスの機嫌を直すため、なだめるように話しかけている。


(頭の片隅に留めとくかぁ……)


 リアンはバークの言葉が妙に気になった。

 パーティー当日のことを思いだそうとするリアン。

 しかし、何故かまた思考に靄がかかったようになる。

 思わずテーブルの海図に手をついてしまう。

 さいわい、誰もリアンの異変に気づかなかったようで、面倒な展開にはならなかった。

 リアンは気づかれないように平常を装う。


 その時ふと、リアンはあることが気になるのだった。

 海図には、現在の自分たちの位置が、地球儀の鉛筆削りとして置かれていた。

 それを見て、リアンは「あれ?」と思うのだ

 船は、やけに陸地から遠い場所に位置している。

 でも、さっき窓から見えた夜景は、それほど距離が離れているようには思えなかったのだ。

 見間違いかな? と思い、リアンはまた黙っていることにした。


 番頭役失格だなぁ、これじゃあと、リアンは自嘲気味に笑う。

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