6話 「目的地」 其の二

「で、サイギン到着後だが、船はフォールをどんとん南下して、最終的に南の大陸まで向かうみたいだな? このまま海の男になるってんなら、話しは簡単だが、そうはいかないのがリアンくんの事情だろうな」

 バークの言葉に、リアンは露骨に困ったような表情が出てしまう。

 いくらリアンでも、このまま南の大陸まで船旅をする気はなかった。

「サイギンという港町で、船を降りるのは確定するとして……」

 バークが海図のサイギンの部分を、指差してトントンとする。

 さすがのバークも、サイギンという街がどういう場所か、よく知らないのだった。


「その後、陸路を通ってエンドールまで、戻らなきゃいけないわけだが……」

 地図上の陸路を、指でなぞるバークが困惑する。

 少し考えただけでも、その行路がとてつもない大変さだというのがわかったからだった。

「運良くサイギンから、エンドール行きの船があるかもしれないが、運賃はとてつもないだろうな」

 アートンが腕を組んで考え込む。

 金なんて、このメンバーの誰も持っていないのだ。

「港で船を探すのもひとつの手段だと思うから、いちおう候補にはしておこう。どうやって、金を工面するのかが問題だがな……」

 バークが肩をすくめる。


「海路ではなく、陸路で帰るとなると、一番の問題は、このクウィン要塞だな……。ここでの戦闘が継続している以上、地理上先に進行することがまず不可能だ」

 アートンが、クウィン要塞の場所を指し示していう。

「ここさえ突破できたら、鉄道を使って、一気に旧マイルトロン王国に入ることが可能だからなぁ。旧マイルトロン王国の強みは、なんといっても国民を使役しまくって作った大鉄道網の存在だからな」

 バークは海図には描かれていない、鉄道のある場所を覚えているようで、一直線にエンドールまで指でなぞる。

「そんなに、長い鉄道があるのですか?」

 リアンが、驚いたような顔になる。

 一方、ヨーベルが椅子の上で船をこいで、今にも寝落ちしそうなのを見つける


 リアンはいったん会議を中断し、ヨーベルを隣の寝室に引っ張って、寝かしつけることにした。

 今日のヨーベルは、一日中洗濯室で洗濯のレクチャーを受けながら、ズネミンの奥さんたちと働いていたらしい。

「よく頑張ったね……」

 実は怠慢なヨーベルを知っているだけに、リアンはヨーベルの頑張りを心から賞賛するのだ。

 ただ、明日から「もう働きたくない」といったらどうしようとか考えてしまうほど、まだヨーベルを信用しきれていないリアンだった。

 ベッドに入ったヨーベルは、挨拶すらせずにそのまま寝落ちしてしまった。


 リアンはヨーベルの寝室から出ると、ふと気になって奥の通路に進む。

 何かトイレのほうから、話し声が聞こえてくるのだ。

「スパスの野郎、何考えてるんだ。一度も荷物の再結束もさせないなんて、正気じゃないぞ」

「もし、中の荷物、あいつの大事な遺跡が、荷崩れでもしてたらどうする気だ」

 どうやら、ズネミン号の船員の四人が、スパスという怪しい黒服について話し合っているようだった。


「もしや、海難事故を装う詐欺師とかじゃないのか?」

「明日スイト副船長に相談して、その辺りの可能性がないか訊いてみよう」

 不安そうに話し合う船員たち。

「スイト副船長が、みすみすそんなことを許す契約を交わすとは思えない、それはないだろう」

 スイトのことを完全に信頼している航海士が、そこは心配なさ気にいう。

「しかし、積み荷の荷崩れは本気で心配ですね。確か、クルツニーデの連中が、絶対に近よるなっていって全部作業したんですよね」

「ああ、その分、集積作業が楽だったが、今になって積み荷がやたら気になってきやがる」

「で、スパスって野郎ですが、ズネミン船長は完全にブチ切れてますが、スイト副船長はよく毎回相手できますよね」

「毎食食事も届けているって話だし、俺なら絶対無理だ……」

 ひとりの船員が、首を絞めるアクションをする。


「さ、悪口はここまでだ。どこに耳があるかわからんぞ、特に船倉にはスパスの野郎が陣取ってるからな」

「ヤツも、よくあの場所から動かないですね」

「ガーディアン気取りなんじゃないか、案外」

「ガーディアン?」

 聞き慣れない言葉に船員が訊き返す。

「ほら、遺跡を守る聖獣とか、そんな感じのだよ」

「ああ、なるほど、でも俺はアモスねえさんの聖獣になりたいねぇ」

 ひとりの船員が、ニヤリとした口元になる。

「こら、止めとけ! あのねえさんは、高嶺の花すぎるし、手出したら怖そうだからよ。お前も見たろ、あのねえさんの腰のポーチにある物騒なナイフを」

 船員のひとりが、アモスがいつも腰に装備しているナイフのことを口にして、少し震える。


「いつでも臨戦態勢って感じっすよね……」

「そうだぜ、下手に手出して、オリヨルの怪獣の餌になるのはゴメンだぜ。あと、同行してる中の、誰かの女かもしれないしな」

「あのイケメンアートンすかね、羨ましい限りですね」

 にやけていた船員が、悔しそうにつぶやく。

「案外、あのバークってヤツかもな、アートンには、妙に当たりが強いからなあのねえさん。とても恋人関係には見えない」

 船員たちの話しが、妙な方向にシフトしていく。

「もしさ、アモスねぇさんがフリーだったら、アタックかけてもいいか明日船長に訊いてみましょうか?」

「案外船長が、アモスねえさんにベタ惚れな感じなんすよね、見てる感じ」

「それは確かにあるな、昔の女将さんにそっくりな気性だもんな……」

 船員が納得したようにうなずく。


「おい貴様ら! うるさいぞっ!」

 スパスの怒鳴り声が響き渡る。

 船員たちは面倒くさそうな表情になり、ゆっくりとその場から離れていく。

 どうやら会話を聞かれていたようだが、特に困った様子でもないのは、スパスという人物が、誰からも人望を得ていないということが周知だからだった。

 いまさら嫌われたところでなんなのだ? という思いが、スパス、船員双方に存在していたのだ。

「クソ忌々しい、体力バカの底辺労働者どもめ! このトイレも使えないようにしろと、明日スイトに伝えておくか! いちいち耳障りな会話が聞こえてきてうるさい!」

 スパスはそういうと、船倉付近の自室に足音に怒気を響かせて帰っていく。


 リアンは、運良くスパスにも船員にも見つからずにすんだ。

 みんなのところに戻ろうと歩いていると、窓から遠くに綺麗な夜景が見える。

「あれはどこの都市だろう?」

 感動したように、リアンはしばらく夜景を眺める。

 きっとケロマストという、エンドール最西端の都市だろう。

 左手側に見えているのが旧マイルトロン領の、シジャンバルという都市に違いない。

 いずれにせよ、こんな場所から、こんなにも美しい夜景を眺められるなんて、数日前には考えられなかった。


 部屋の前に帰ってきた時に、リアンはふと足を止める。

 何か違和感を覚え、思わす振り返ったのだ。

 しかし、リアンにはその正体が何かわからなかった。

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