8話 「船上労働」 前編

 ズネミン号は、元々は旧マイルトロンの某貴族が使っていた捕鯨船だったらしい。

 船自体は貨物船なのだが、その貴族が捕鯨船として使うために改装したという。

 当時のままの銛装備を、甲板にいくつも残していた。

 船尾部分はエレベーター方式になっており、今はもう動力がないが、全盛期は銛で弱らせたクジラを船に載せるために使っていたらしかった。

「なるほど、それで、この甲板、やけにデコボコしてたんだな。クジラの血抜きの溝だったりするのか、この足場の悪さは」

 船員から話を聞いたバークが、納得したようにいう。


 バークは、元来から人たらしな面があるので、屈強な海の男とも仲良くやれていた。

 しかも、同じ甲板で働く仲間の名前や趣味を、もう完全に覚えきっていたのだ。

 酒もたしなむ程度なのだが呑めるので、船員たちから人気があった。

 知識欲も旺盛で、わからないことはすぐ訊いて、次の瞬間にはマスターしている理解力の高さがあった。

 それでいて、自分は余所者であることを自覚、決して目立ったりしようとしない、慎ましい性格をしていたのでなおさら気に入られていた。


「その貴族が没落して、ずっと放置されてたのを、うちのドケチ会社が買い取ったんだよ」

 船員が忌々しげにいう。

「アーニーズっていや、大手海運会社で評判も悪くないと思うが、違ったのか」

 側にいたアートンが訊いてくる。

 アートンの周りには、整備を頼まれた銃が大量にあった。

「一般人は知らないだろうよ、ただでさえブラックな海運業だ、そのくせ社長はケチで有名だからな。貨物船を買わずに、放置してた捕鯨船を買っているところで、人間性が現れているだろ。動くように修理はしたが、捕鯨船を無理やり貨物船として使ってるから、いつか載積オーバーで、ひっくり返りかねんぜ」

 忌々しそうに船員がいう。

「どこからか動かなくなった船を見つけてきては、買いたたくんだよ。知ってるか? うちの会社は“ 船の墓場 ”って業界じゃいわれてるぐらいだ」


 船員の会社の愚痴を聞きながら、バークはあまり落ちない洗剤を使って甲板を磨いていた。

「その洗剤も安物さ、とにかく汚れが落ちないだろ。あのクソ社長の安物買いには、みんなウンザリしてるんだよな」

 船員の止まらない愚痴に、バークは苦笑いする。


(しっかし、ほんと落ちないな? 中身薄めてないか、これ? 例のツグング所長さんの作った、神洗剤が恋しいな……)


 そんなことを思いながら、バークはデッキブラシでゴシゴシとデコボコだらけの甲板を磨く。


 一方、アートンは銃の手入れをやっていた。

 銃器の扱いに定評のあるアートン。

 船員たちが食いつくように、バークが彼をプロモーションしたのだ。

 それは見事に成功し、アートンは銃好きな荒くれ船員たちの憧れになっていた。

 船員たちの銃は、手入れがなっていないのがほとんどで、アートンはまずはメンテの仕方をレクチャーしてやっていた。

 特に海だと、潮から守るのがすごく手間なのだ。

 手入れもせずに放置していた銃を撃てば、暴発の危険も高い。

 銃のことをあまりよく知らない船員たちに、まずはその辺りの危険性や、日々の手入れの重要性をアートンは教える。


 アートンは、銃器のマスター的なポジションとして、上手く船員たちに取り込めたようだった。

 最初は海の男達と、うまくやっていけるか不安だったバークとアートンだが、興味を持ってもらうということを、最初に示すと人間関係の初動は上手くいくようだった。

 あとは、その関係を崩さないように、上手く立ち回るだけだ。

 バークは、アートンに船員には下手に出ていたほうがいい、上から目線で教えない、とにかく信頼を得ることからはじめるように勧めていた。

 実はこれは、アートンが看守だとまだ思い込んでいるバークが、彼なりに考えた処世術のレクチャーだったのだ。

 しかし、実際のアートンは囚人。

 こういった荒くれ者の、最上位ランクである囚人たちの中で、生活してきた百戦錬磨の強者なのだ。

 バークにいわれるまでもなく、自分の力で身の振り方を、どうすることもできる器用さを持ち合わせていたのだ。


 船員が、いきなり妙なことをいいだす。

「せっかくだから、この捕鯨用の銛も修理できるか?」

 そういわれ、アートンが銛を観察してみる。

 アートンの視線が、銛の構造を瞬時に見極める。

「そうだなぁ……。要はバリスタだろ? 錆がかなりひどいが、航海中になんとかすれば、全部復活できるかもな」

「ほお~! ほんとかよ!」

「おまえ、なんでも直せるんだな!」

 船員たちが、アートンのスキルに驚愕する。

 そして、さっそく今日からアートンによる、バリスタ修理がはじまった。


「これでオリヨルの怪獣も、追い払えるかもな!」

 船員が目をキラキラ輝かせながらいう。

「ハハハ、いくらなんでもそれは無理だよ、百メートル級のバケモノっていうんだろ。それに、かつて海軍が大砲をいくらぶっ放しても、ビクともしなかったって話しじゃないか。こんなバリスタ、オリヨルの怪獣にとっては、吹き矢の針みたいなもんだよ」

 アートンが笑いながらいうと、残念がる船員たち。

 バークも同じように笑っていたが、ふと年配の船員の表情が気になった。

 その人物は、航海長のパニッシュだった。

 何かヤバいこといったかな? とバークは思ってしまうほど、彼の急激な表情の変化が気になってしまった。

 そして航海長は、やや渋い顔をして、その場から離れていくのだった。

 バークは、その背中を不安そうに眺めた。


 操舵室の後方の窓から、ズネミン船長がバークとアートンの働きぶりを双眼鏡で観察していた。

「すっかり仲間に溶け込んだようだな、結構結構」

 効率よりも船員たちとの絆を重要視する、やや珍しいタイプのズネミン船長は、客人として招いたアートンたちが受け入れられて満足していた。

 露出した首元には、家族愛の文字の刺青が掘ってある。

 元々ギャングとして生計を立てていたズネミンは、人一倍そういった絆を大事にするタイプの人間なのだ。

 このズネミンという男は、船員ひとりひとりを家族のように大事にしてきたのだ。


 そこに航海長のパニッシュが帰ってくる。

「よお、ふたりの様子はどうだ?」

 早速ズネミンが航海長パニッシュに尋ねる。

「まったく問題ありませんよ。うちの船員として、正式に欲しいぐらいですよ」

「まったく同意見だな、ガハハ」

 パニッシュの正直な感想に、ズネミンが豪快に笑う。

「で、アートンだが、相当銃器の扱いが上手いみたいだな」

「ええ、あの男に任せれば、銃器の類は、すべて使えるように復活しますよ。しかも、戦闘訓練までできるようで、看守としてはスペック高過ぎなほどですよ。船長も愛用の銃、手入れしてもらえばどうですか? 最後に手入れしたの、相当昔でしょう」

 パニッシュが、ズネミンの腰にある銃のホルスターを指差す。


「それもそうだな、今夜あいつに頼んでみるか」

 ズネミンは愛着している、パーカッション・ピストルをホルスターから抜く。

「それがいいでしょうよ。古風な銃器も好きなようで、そいつを見たら、眼の色変えるかもしれませんよ。あと、人を見る目もあるみたいで、サジとマジの奴に、銃の手入れの仕方をレクチャーするみたいですよ」

「おお、あの無能ふたりにも、ようやく才能らしきものがあったのか、よろこばしいな!」

 ズネミンは、船員としてイマイチだったふたりの男が、銃の手入れなどという高度な技術が扱えるようになるかもしれないことが、本当にうれしいようだった。

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