8話 「船上労働」 後編
パニッシュが操舵室から出ていくと同時に、スイトとアモスがやってきた。
「なんだふたりして、まるで一発やってきたみたいじゃないか! うらやましいな!」
汗だくのふたりを見て、ズネミンが羨ましがる。
「バ~カ! 機関室の船員どもを蹴り倒してたのよ! あそこ暑くてたまんないわ! もうちょっと空調、何とかならないの!」
「無茶をいわんでくれ、無茶を!」
そう抗議するズネミンが、アモスの不満を楽しげに笑い飛ばす。
「ニカイド全盛期なのに、まだ動力は石炭なのね」
「ニカイド船なんて、うちのドケチ社長が買うわけないじゃないか。あと、俺は社長から嫌われてるからな! こんなボロ船を、未だに押しつけられて仕事させられるぐらいだ。もう五年になるってのに、ずっと同じ船だよ」
ズネミンが、また社長の悪口をいう。
ここでズネミンが、アモスの上着が変わっていることに気がつく。
「お、ねえさん、そのスタジャンはジャルダンのヤツかい? なかなか今風なデザインでいいね」
ズネミンにいわれ、アモスは自分が服を着替えたのを思いだした。
「ん~、まあ、そんなとこね」
「STAFFとあるが、アモスくんはどこの部署にいたのかね?」
「え~、そんなに食いついてくるの?」
スイトにアモスがいう。
「おや、訊いちゃ悪かったかな?」
スイトが困ったような顔をする。
「ん~そうね、あそこの刑務所にあった遺跡を、管理したりしてたのよ」
ここでアモスは嘘をつく。
この嘘は、リアンたちにもいっていないことだった。
「遺跡を管理?」
その言葉に、ズネミンがやけに引っかかったようだった。
「ねえさんみたいな性格の人間に管理なんて、できるのか?」
「船長だからって、容赦せず蹴り飛ばすわよ、あたしは」
「感じたままいっただけだよ、許せ許せ、ガハハ」
ズネミンが大笑いするが、アモスは今回は鉄拳も、ケツへの蹴りも繰りださなかった。
「確かに、あそこにある遺跡は貴重品だからな、そういう人間が島にいてもおかしくないか」
「へぇ、船長、ジャルダンに遺跡があること知ってるのね?」
アモスが意外そうに尋ねる。
「ああ、けっこう有名だぞ、あそこの遺跡は」
ズネミンがさらりという。
「いちおう海の男だからね、海上にある遺跡はある程度知っていてね。ジャルダンのは、残念ながら、歴史的価値は高いが、近年クルツニーデが躍起になって探し回ってるタイプの、失われた技術を残したものとは違うようだね」
スイトがそう説明してくれた。
「歴史的価値しかないクソ遺跡ねぇ。あたしもそこは賛成ね」
アモスが、クスクスと笑ってつぶやく。
「あとな……」
ズネミンが、目をキラキラさせて何かいおうとしたのを、スイトが遮る。
「船長、そのことは内緒でいいじゃないですか……」
スイトが小声でアモスに聞こえないようにいい、ズネミンも「そうだな」といってうなずく。
いかにも怪しい行為だったが、アモスは偶然、その時のふたりを見ていなかったのだ。
アモスは別の考え事をしていて、ふたりから視線を外していたのだ。
「じゃあ、あの女何しにいってたのかしら……。クルツニーデとしての行動じゃないとしたら……」
アモスがポツリとつぶやく。
「ん? ささやくような声をだすと、色気があるねぇ! ガハハ!」
ズネミンが豪快に笑う。
アモスは操舵室を出てくると、考え込む。
「あの島のは、それほど重要な遺跡じゃなかったわけか……。確かにあの女、遺跡にはそれほど興味を持ってなかったようだし……」
ここでアモスはハッとする。
「むしろあの女、教会に用があったのかしら? 神官の格好をしていたのも、潜り込むための方便と思ってたけど、実際は、教会こそが本命だった?」
アモスは、ずっと追っていたヘーザー神官という女性の顔を思い浮かべ、いろいろ可能性を考えてみる。
ややこしい長編物語、忘れている読者もいるかもしれないので、軽く復習しておくと。
ヘーザー神官は、ヨーベルの前任の神官だった女神官だ。
ツグング所長に熱烈なアタックを受けて、辟易。
島から突然失踪した人物だった。
どうもアモスは、このヘーザー神官を追跡していたようだったのだ。
「だとしたら、あたしとんだ道化を演じてたかもしれないわね……」
アモスは悔しそうに、拳をぎゅっと握りしめる。
「もっとヘーザーに、張りついておくべきだったわ……。ツグングの行動も想定外だったし、あそこでクソチ◯ポを見つけたのも、タイミング的に最悪だったわね」
悔しさで指を噛みながら、アモスは後悔しだしていた。
「これ、綺麗なお嬢さんが、そんな言葉使わないの」
角を曲がったところに、ズネミンの女将さんがいて、ヨーベルのニコニコしてる笑顔もあった。
「アモスちゃんだったわね、何か考え事? 相談できることなら、してあげるわよ。やっぱり、性の悩みなのかい?」
女将さんが訊いてくる。
「そういうのは無縁よ、あたしは男に困ることないから」
「だったらなおさら、性病には気をつけないといけないのよ」
アモスの言葉に、女将さんがすぐ返してくる。
「女同士腹割って話すわよ、アモスちゃん」
「な、なによ……」と、女将の言葉に、アモスは珍しく身構える。
「アモスちゃんとヨーベルちゃんは、それぞれどっちの男性と付き合ってるの?」
真剣な表情で、女将さんが訊いてきた。
「愚問過ぎて鼻で笑っちゃうわ、ゴメンナサイね。両方ともパスよ!」
「あら、そうなの!」と、女将が意外そうに驚く。
「アートンさんなんて、イケメンすぎて超人気! バークさんもしっかり者で、うちらの間じゃ大人気よ」
「アモスちゃんは、ショタなので、リアンくんのことが大好きなのですよ~」
いきなりヨーベルが、そんなことをいってきた。
その直後、アモスの脳天チョップが炸裂していた。
痛がるヨーベルの額を、女将さんがなでてあげる。
アモスの暴力の件は、相手を見て加減を加えているとスイトから聞いていたので、女将さんはそんなに心配していなかった。
彼女なりの、コミュニケーションのひとつらしいと。
しかし、スイトからは旦那のズネミンが一発KOされたことは、聞かされていなかった。
これはスイトなりの、人間関係を壊さない方便としての嘘だった。
そこへリアンが現れる。
「あ、ちょうどみなさん良い所に! 昼食の用意ができたので、先にどうぞ。あと、アモスとヨーベルには、もう一度サイギンからの件でお話しがあるって、バークさんからの伝言ありましたよ」
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