9話 「冷たい部屋」
夕食後、リアンたちはバークとアートンの部屋に集まっていた。
軽い酒とつまみを用意してもらい、ヨーベルがウキウキしながらキャンドルに火を灯してる。
「なんの雰囲気作りよ、洗濯係のエロオバハンどもから、あんた変なこといっぱい教わってない?」
アモスが薄ピンクに染まるテーブル付近を見ながら、ヨーベルに尋ねる。
「お仕事、毎日忙しくって、毎日が勉強でっす!」
「何を教わったのか訊いてるの!」と、アモスがヨーベルの頭に軽く手刀を落とす。
「洗濯のやり方と、洗剤の配合方法と、アイロンのかけ方と、糊つけの方法もです!」
ヨーベルが元気に答える。
そのヨーベルの様子を見て、リアンはひと安心する。
どうやら彼女はきちんと監督すべき人がそばにいると、サボらずに仕事をするタイプらしい。
ジャルダンと同じような業務態度だったらどうしようというのは、リアンの杞憂だったようだ。
「そうだっ! これも教えてもらいました! 絶対受けるから、オチにしときなって教わりました」
ヨーベルが目をキラキラさせながら話してくる。
「何よそれ、振りが効きすぎてムカつくから聞きたくないけど……」
「え~そんな~、つれないな~」
ヨーベルが、アモスの頬をぷにぷにしていってくる。
「どのオバハンから教わったのよ、そのウザい行動!」
アモスがヨーベルの手を払う。
「でも、どうせ一発しか使えないギャグだろうから、聞いといてあげるわよ、いってごらんなさい」
「ハイッ!」
左手で敬礼をして、ヨーベルが深呼吸する。
ここでヨーベルはコホンと咳払いひとつ。
「男の人の汁を綺麗にする方法も、上手になりました」
ヨーベルの発言に、部屋中に静寂が訪れる。
「あれ~、……面白いって話しだったのに、おっかしいな~」
ドン引きしている仲間たちを見て、ヨーベルは不思議そうな顔をする。
「ヨーベルもういいわ、あんたの口からそういうのいわれると、なんか不快感しかないわ」
アモスが冷たくいい放つと、ヨーベルがショックを受けたようにベッドに座り込む。
「うううう……、渾身のギャグと聞いたのに~。なんでこんなにも、空気悪くなるんでしょう? リアンくん、理由わかりますか?」
ヨーベルにいわれ、リアンは苦笑いするしかできなかった。
「ヨーベル、そろそろ本題に行っていいかい?」
バークが困ったように、ヨーベルを黙らせる。
「ふえ~ん、バークさんも半ギレです。リアンくん、後学のためにも、この原因を知りたいです」
リアンの片腕をつかんで訴えるヨーベルに、アモスがまた脳天チョップをする。
「さて、じゃあ本題のサイギン以降の帰路についてだけど……。その前に、ちょっと気になる情報を手に入れたんだよ」
空気を一変させるように、バークが古い新聞を出してくる
「これは、航海長のパニッシュが持っていたものなんだけどね。彼、王室マニアみたいでさ、王室のいろんな情報を集めるのが好きみたいでな。で、この“ トリオ公爵の乱 ”についてなんだけど」
ヨーベルに継いで、バークまでなんかおかしなことをいってくる。
「なんなの? 話し飛躍すぎじゃない? ほんとに意味ある情報なの?」
アモスが呆れたようにバークにいう。
驚いたのか声が完全に素だった。
「う~ん、それは……」
バークも、場の空気の異常さに気がついたのか、狼狽しだす。
「まあ、簡単にいうとだな……。トゥーライザのトリオ公爵が汚職で、その一族が一斉に貴族の座を追われた事件があったろ?」
バークが、さらに話しを飛躍させてくる。
トゥーライザ、トリオ公爵、これらについては、後日嫌というほど本編に登場してくるワードなのだが、ここでは軽く流しておく。
「あったろ? って何年前の事件よ。で? まだ、ここから長くなるの?」
アモスが、イライラしながらバークに訊く。
「いや、大丈夫、すぐ終わるよ」
バークもあまりにも反応が悪いので、ちょっと焦り気味になっていた。
序盤ヨーベルのシモネタで、空気が殺伐としすぎていたが、バークは人のせいにしたりしない。
「そのトリオ公爵の一族が犯罪組織化して、国王陛下拉致を企てたって話しらしいんだよ」
バークの言葉に、リアンとアートンが困ったような表情をする。
「らしいんだよって、誰がいってるのよ」
「いやぁ、そうだなぁ……。航海長のパニッシュの仲間の王室マニア……、とか……」
「え~と……」と、バークはどんどん声が小さくなっていく。
昼間見せた、大勢の船員から慕われているバークとは、まるで別人のような人物がそこにいた。
「どんな陰謀論だよ! それになんだよ、王室マニアって! あんた、今の発言ですっごい評価下がったの、この空気でわかる? そもそも、国王誘拐だなんて眉唾だって、あんたも口にしてたじゃない! それすら忘れたの?」
アモスが、キッパリとバークにいい放つ。
いたたまれないのか、リアンとアートンも視線を逸らす。
「ううう、す、すまん……。今のは忘れてくれるとありがたい……」
バークは素直に謝った。
なんだか一層、部屋の空気が冷めたようになる。
「次は誰が評価下げるの? アートンあんたか?」
じっとりした目で、アモスがアートンにいう。
「お、俺は別に話すことないよ……。銃の手入れ頼まれてるから、そっちが忙しくって」
アートンは、手入れを依頼された銃を持ち込んで、ずっとメンテ作業をしていた。
「じゃあ、バークとヨーベルの評価が下がったのは、認めるわけか?」
アモスが、小悪魔めいた笑いでアートンにいう。
「ちょっと、細かい作業に集中したいから、黙ってていいか?」
アートンは分解したズネミン船長の銃を、パーツごとに分けていく。
逃げるように、アートンが分解した銃に没頭する。
「フフフ、アートンすら匙を投げるこの空気……。リアンくん、きみになら、どうにかできるかしら?」
アモスがリアンに話しを振る。
「ど、どうにか、できるかわからないですけど……。スイトさんから、こんなモノもらいました」
リアンは、部屋の入口付近にあった段ボールを持ってくる。
箱の中には服装や靴、かばん等があった。
「船員さんが、サイズの合いそうな、もう着ない服を探してくれたんですって。あの格好のまま、サイギンの街を、歩き回るわけにはいかないだろうって。このかばんは、スイトさんが特別にくれた、ブランド物みたいです」
リアンが出してきた大きめのかばんには、どこかで見たような、有名ブランドのロゴがあった。
「餞別だっていってくれてました、断るのも悪いと思って、ありがたく受け取りました」
やや考えてから、リアンは上目遣いの視線でみんなの意見をうかがう。
「……それで良かったですよね?」
「ああ、リアン、助かるよ、明日改めて船員たちに礼をいわないとな」
バークがよろこんでくれる。
冷めた空気が回復したのも、バークにとってはよろこばしかったろう。
「本当だ、こんないいものくれるなら、今夜中にズネミン船長の銃は、きちんと仕上げておかないとな」
アートンが机に向かい、バラした銃の手入れをテキパキとはじめる。
「あたしのは、ないのかしら? 飛び切りセクハラまみれな衣装でも、入ってると期待してたのに」
アモスが、箱の中を漁りながら残念そうにいう。
「入ってたら入ってたで、また文句いうんだろ」
アートンが、アモスに思わずまた突っ込んでしまう。
「それを向こうも期待して、体張ってボケてくるんじゃないのかよ。まったく、幻滅だわ。しっかし、アーニーズ海運のジャケット地味すぎるわよ!」
アモスがさっそく不満を口にする。
「好意でくれたんだから、そういうの口にしないでおくれよ」
バークが今度は突っ込む。
「うん、せっかくのいい関係なんだし、この関係性を壊さないようにしようよ」
リアンにもいわれ、アモスも折れる。
「わかったわかったわよ、我慢すりいいんでしょ! このダサい、ゴキブリの幼虫みたいな、茶色いジャケット着込んで歩くわよ」
アモスのいう通り、茶色いジャケットは、光沢のないゴキブリの幼虫のような茶色をしており、灰色にくすんだエルボーパッチがついていた。
「せめて、そっちの紺色のほうがあたしはいいわ、リアンくん明日交渉してよ。交渉係の腕の見せどころよ!」
アモスはリアンの背中をポンとたたいて、彼が持っていた箱にジャケットを放り込む。
「このいいかばんは、オールズさまの僧衣がビッタリ入りますね~。他にモノが入らなくなるんですが、みなさん大丈夫でしょうか?」
ヨーベルが、ブランド物のかばんにオールズの僧衣を詰め込んでいた。
確かに、かばんはそれだけでパンパンになってしまう。
「僧衣は絶対に見られるわけいかないし、そこでいいよ。そのかばんは、ヨーベルの持ち物にしな」
バークがそういうと、ヨーベルがピョンと跳ねてとってもよろこぶ。
「アートン、あんたの看守の制服もけっこう目立つわよ。なんだったら処分しなさいよ、もうしばらく着る機会ないでしょ」
「んっ? そ、そうだなぁ……」
アモスにいわれ、アートンはやや考えてしまう。
死んだニヘイ現場監督の形見となる制服なのに……、と思ってからハッとして、アートンは捨てることを約束する。
あの制服は確か、暴動の当日に、メビーの野郎が嫌がらせでよこしたヤツだった。
赤い腕章がなんだかすごく目障りで、嫌な記憶が思いだされる。
しかし、当のメビー副所長も、あの暴動で結局どうなったんだろうか? アートンの心に、やや寂しい思いが去来する。
「さてとっ!」
アモスが宣言する。
「先程、失笑を買った陰謀論を展開してくださった、バーク軍師さまですが! サイギン以降の、帰路についてのご高説で、名誉挽回のチャンスといきますか?」
「うっ……、嫌ないい方だな」
バークが、飲んでいた酒を少し吹きそうになっていう。
「嫌味でいってるから、そう聞こえて当然よ!」
アモスがキッパリという。
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