15話 「狙われた剣客」 其の一

 昨日ヨーベルが見つけたカジノつきホテルに、チェックインしてから出てきたリアンたち一行。

 ヨーベルがホテルの案内ガイドの、カジノホールの説明を真剣な表情で読み込んでいる。

 アモスがタバコを一本取りだして口にくわえた。

 それを見ていたヨーベルが、素早く火を点ける。

「あれ? そのライターはどうしたの?」

 リアンが、ヨーベルの手にあるライターを見て尋ねてくる。

「あのホテルにあったものです。とても可愛いイラストがあったので、もらいました~」

 ヨーベルがライターを見せてくる。

 ライターには、バニーガールのイラストがあり、周囲にトランプのマークがちりばめられていた。

 ライターには「勝利の白黒うさぎ亭」という屋号も印刷されていた。


 バークとアートンは、役場へヒュルツからの届け物を届けるためと、チルからもう少し詳しい話しを聞きに出掛ける。

 宿を出たところで、アートンとバークはリアンたちと別れる。

「いい話しを土産に持って帰ってくるよ」アートンが手を振ってくる。


 リアンたちはヨーベルの依頼で、見学可能な遺跡の資料館に向かうことになっていた。

 そこの資料館には、海中に没したティチュウジョ遺跡の、詳細な研究資料が数多くあるという。

 他にも、街にある遺跡の紹介などもされているようで、ヨーベルは朝からホクホク顔だった。

 特に、この地方で暴虐を振るったハーネロ神国の魔剣士エーリックの、宮殿跡も近くにあるらしく、そちらの見学も期待していたようだ。


 タクシーを使いたがるアモスを諭し、歩いて向かうことをリアンは主張する。

 少しでも節約をしていきたいと思うリアンの、節制がこの街にきてから顕著になりだしていた。

 しかしアモスは、リアンのいうことは比較的素直に聞いてくれるので、今回もすんなりいうことをきいてくれた。

 今もブーブー文句は垂れているものの、アモスはタバコを吸いながら街を観光しつつ目的地に歩いていた。


「エーリックってのはどういう魔神さんなの? 一般的にテンバールっていうんだよね、ハーネロ神国の幹部クラスは」

 リアンがヨーベルに尋ねる。

「リアンくん、よくご存知なのです! エーリックは、虚ろの騎士と呼ばれる魔剣士さんなのです! 彼の手にかかると、ただの鎧や剣が、命を宿したように人々に襲いかかるというのです。恐ろしいですよね~。エーリックの虚ろの軍団は、多くの戦士の死者をも配下にする死霊使いでもあったといいます。彼の呪いにかかった武器や防具は、今も現存してて、命を宿したまま眠りについているともいわれているんですよ。すごいですよね、アモスちゃん、あきゃっ!」

 ヨーベルが、アモスからとびきり重い手刀を頭に喰らい、手にしていた冊子を落としてしまう。


「フォールでハーネロ絡みの話題は禁止だって、いったのもう忘れてるわね。放っておいたらどこまでしゃべるか試してみたけど、あんたこうでもしないと止まらないじゃない。ほんと、いい加減にしなさいよ」

 アモスが煙を吐きだしながらヨーベルにいう。

「ああ、今回は僕が振っちゃった話題だから、ゴメンよ」

 リアンはオロオロと、頭を押さえるヨーベルに謝る。

「まあ、隠れハーネロファンってのは、けっこういるって話しよね。確かエンドールでも、その手の輩が細々と活動してるとは聞いたわ。ニッチなジャンルに特化した、マニアってのはどこの世界にもいるものよね。ヨーベル、あんた、なんなら、そういうジャンルを研究して、いっそ専門家にでもなりなさいよ。エンドールでは、昔ほどハーネロの話題はそれほどタブー視されてないんでしょ? フォールが滅んだら、ハーネロの話題も解禁になるかもしれないし、活動しやすいでしょうよ。どうせインチキオールズなんか、もう未練ないみたいだし、そっちの分野でやっていきゃいいのよ」

 アモスが地面に落ちた、ヨーベルの持っていた怪しげな冊子を拾い上げる。

 そして、裏に書いてあるクルツニーデのロゴマークを見て、アモスは嫌な顔をする。


「アモスちゃんが真面目に進路指導してくれました。そういう道に進むには、どうすればいいと思いますか?」

 リアンに尋ねるヨーベルだが、リアンにもわからない。

「確実なのは、クルツニーデに入ってみるとか……、なのかな?」

「それはダメよ!」

 リアンに対して、珍しくアモスの鋭い叱責が飛んでくる。

「クルツニーデは却下! それ以外の道にしな! とにかく、このバカの才能、放っておくのはもったいないわ」

 リアンに対して声を荒げたことを誤魔化すように、アモスはタバコを深く吸い込む。

「そもそもこの娘の頭で、クルツニーデなんか入れないでしょ」

「絶対に入れないと思います!」

 アモスの言葉に、ヨーベルが元気に応える。


 そんな会話をしつつ、リアンたちは交差点で信号待ちをしていた。

「そういや、昨日見かけたお人形さんみたいな人は、今日はいないですかね?」

 ヨーベルが信号の先のホテルを指差していう。

 そのホテルは、エンドール軍が本部として使っていると、教えてもらった建物だった。

「さすがに、そんなにタイミング良く会わないでしょう」

 リアンが一応ホテルの方面を探してみるが、昨日偶然見かけた赤いドレスの女性は、当然見つけられなかった。


「リアンくんが、ああいう華奢な女が好みってのは、ちょっと許せないわね」

「な、なんでですか……」

 アモスの言葉に、リアンは若干の殺気を感じてしまう。

「あたしより細い! ヨーベルに至っては、あの女からしたらクソデブよ」

「ひゃん!」と、ヨーベルが耳をふさぐ。

「ふたりとも全然太ってないですよ、そんな気にすることないでしょ」

「ヨーベルを見て、本心からそういえるの?」

 アモスが、リアンに追求してくる。

 不安そうにしているヨーベル。

 返答に困ったリアンが、ふと前方を見ると、全力でこちらに走ってくる男女の姿が見えた。


「あれ? なんだろう?」と、リアンが走っている男女を指差す。

「上手くかわしたわね、で、何?」

 アモスがリアンの指差す方向を見る。

 見ると、ふたりの男女が路地に全力で走り込み、身を潜めたような感じを受けた。

「女の人、剣を持っていましたよ~」

 メガネで視力が回復したヨーベルが、目ざとく女性の特徴を観察していた。

「追われているのかな? 物騒だね。確か、僕らが泊まるホテルのすぐ隣が警察署だったよね。案内してあげようか?」

 そういってリアンが、勝手に路地に走り込んだ男女を追いかける。


「ちょっと、リアンくん、何勝手にすんのよ。もう! 揉め事に巻き込まれたら、面倒じゃないの。さっきのが、悪人の可能性だってあるでしょ! ほんと、人のいい子なんだけど、無鉄砲ね」

 アモスもリアンを追いかけて、慌ててヨーベルもその後を追う。

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